第25話
僕は少しだけ木内と話しをしてもいいんじゃないかと思った。僕自身が持つ、秘匿すべき毒性を、奴ならもしかしたら理解できるかもしれないと希望を抱いたのである。
それがぬか喜びと変わり果てたのはすぐだった。
「女なんかいない方がいいなんて、笑わせるよ。この前まで店の娘に熱を上げてたくせにさ」
カウンターの奥で中年女が紫煙を燻らせながら愉快そうに暴露を行うと、木内舌打ちをして睨みつけばつが悪そうに酒を煽る。それは、これ以上はやめてくれという降伏のサインである事が明確に示されていたのだが、女は止まらなかった。
「酒なんざ飲んでる暇があったら甲斐性をつけなよ。そんな見窄らしい格好してちゃ、売女だって寄り付かないんだから」
中年女はせせら笑い二本目の煙草に火をつける。酔っているからなのか怒っているのか定かではないが、木内の顔はその煙草の先端のように赤くなり、ずっと酒を身体に入れていった。その勢いは止めどなく、いい加減止めた方がいいのではないだろうかという頃合いにボトルへ目をやると、半分は残っていた中身がすっかり空となり、ガラス越しに反対側が透けて見えるのだった。
「帰る」
随分と低く、唸るような声だった。どうやら顔が赤かったの怒気によるものだと分かった。
「二度と来ない」
プライドを傷つけられ我慢ならなかったのか、木内は中年女にそう吐きつけると、財布から札を一枚出してカウンターに置きさっさと店から出ていってしまった。諍いに巻き込まれた挙句取り残され大変に迷惑だったが、木内にしてみればそんなもの関係なく、自分の感情の方が大事だったのだろう。やはり奴は嫌いだと、改めて認識する。
「あんなのと付き合うのは止めときな」
木内を見送りもせず笑っていた女が煙草を消すと、椅子に座り僕に向かってそう言った。
「あいつはね。大きな事を言うくせに何にもできないんだよ。人前では見栄張っていい格好するけど、透けて見えるね。あんたも、分かるだろう?」
僕は黙って頷き酒を舐めた。
出会って間もないが、木内は確かに中年女が言う通りの人物であるように思えた。一人ではなにもできない小心者なくせに、そんな自分を受け入れられない、矛盾を許せない人間。それぎ木内だ。実に退屈で度し難く低俗ではあるが、いや、だからこそ僕と似ていて、嫌悪感を抱く。木内を否定するのは、自己否定と同じなのだ。
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