第19話

 頭の中では取り留めのない物事が浮かんでは消えていく。いずれも要領を得ない内容だったが、共通して憂懼ゆうくを孕んでいて、胃の内容物がせり上がりそうになった。思考は記号のように言語化できず、不安定だった。だが、いつの間にか一定の傾向を持って固まる。ここまできて僕は、どうにかここから逃げだせないかと考えるようになっていた。

 とうにそんな状況でもなくなっているのに、僕は一時凌ぎ的な逃避行動を選択するための言い訳を探し始める。


 両親の世話をしなければならない。


 持病が悪化した。


 親戚から仕事を紹介してもらった。


 さまざまな虚偽が浮かぶも、それを口にする場面を想像すると臆してしまう。もし、工場長が怒り狂って詰め寄ってきたら、あるいは、冷淡な目で僕を見据えたらと思うと、とても喋る気にはなれないのだった。


 元来僕は臆病で、人と接する事に難を持っていた。誰かと話すだけで疲れてしまうし、たまに会話した時など下手を打ったのではないかといつまでも考え込んでしまうものだから、極力付き合いは避けていた。ただ、そうした大人しい面だけが顕となるのであればいいのだが、時にその臆病さが暴力性へ変化してしまう事がままあるのだった。他者に対する敵愾心や同僚を殴った時のようにである。

 この性質は人間としてあまりに不適合で、人と真っ当に付き合うことのできない枷となっていた。もしこの時、嘘をついてそれを咎められたりしたら、その不適合が顔を出さないとも限らない。心の中で悪態を取る程度ならば問題ないが、あの日、人を殴った自分という人間を考えると、相手を怒らせたり呆れさすような真似はできないのだった。




 工場長が再び僕の前に現れたのは、丁度、拳の痛みが蘇ってきた頃だった。


 

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