第3章  見知らぬ世界 〜 交差点(2)

 交差点(2)

 



 色とりどりの靴が見えた。前後左右至るところから、それは次々現れては視界の隅に消えていく。驚いて顔を上げると、やはりそこにいたのは人型なんかじゃまるでない。

 ――さっきのやつらが、また色付きに変化したのか……?

 そんなことに気が付くと同時に、雑踏のざわつきが降って湧いたように聞こえ始める。まさに行き交う人混みの中に、彼はたった1人で立っていた。そして更に、

 ――こいつら、俺のことがぜんぜん見えてない! 

 それどころか、瞬の身体は無いものと同様だった。彼らは平然と歩いてきて、誰もが眉一つ動かさずに彼の身体を通過していく。そんな事実に呆然とする中、女子高生何人かが彼のすぐ前まで近付きつつあった。きっと箸が転がったくらいのことだろうが、いかにも楽しそうにケラケラと笑い合っている。そしてその内の1人が、瞬と重なった途端一際大きな声を上げた。

 「キャーバッカじゃないの!?」

 「キャー」という声が脳天に響いて、「バッカじゃないの」の後は、雑踏のざわめきですぐに聞こえなくなる。

 ――いい加減にしろ!

 何だか無性に腹が立った。

「おまえら! いい加減にしろよ!」

 声を限りに叫んではみたが、誰1人立ち止まるどころか振り返りもしない。みんなそのまま歩いていって、再び交差点の真ん中は瞬だけになった。

 ――俺はこれから、いったいどうなるんだ?

 しかしそんなことを考える時間さえ、この世界は見事に与えてはくれない。

 実のところ、さっきからちゃんと目には入っていたのだ。しかし瞬はそれどころではなくて、それが何であるかという疑問さえ浮かばなかった。しかし突然、重なり合うエンジン音が響き渡り、やっとそれが車なんだと悟る。というのも、彼の知っていた車とは、前から見ればすべてが縦長だったのだ。四角い角ばった形で、ヘッドライトはまん丸だって決まっている。ところがそこに並んでいたのは、まるでそんな見え方とは程遠い。そして今度はあっという間だ。恐ろしさにしゃがみ込む間もなく、彼は車の流れの中に放り出される。猛スピードで走り抜ける車の波に呑まれ、あっという間に彼の身体は見えなくなった。時折チラチラ姿を見せるが、すぐに後続車の色と重なり消え失せる。ただ首辺りから上は消えないことも多々あって、そんな時にチラッと、瞬の表情を垣間見ることはできたのだ。

 彼の表情から、今や怒りや恐れは完全に消え失せていた。まるで能面のような顔だけがあって、まっすぐ向いた視線は車の流れを捉えているように見える。ところがその眼球は微動だにせず、実際彼の目には何も映っていなかった。

 そうして30秒くらいが経過した頃、瞬はその場から消え失せ、再び己の世界へ舞い戻っていった。

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