第2章  異次元の時 〜 矢島愛菜

 矢島愛菜




 5人ずつ向かい合ってもゆったりできるテーブルに、2人は互いの顔を遠くに見ながら端と端に座っていた。結婚して6年、矢島は55歳、妻愛菜も33歳になって、最近では2人が夕食を共にするのはかなり珍しいことだった。ところがここひと月、矢島が週に1、2度早く帰ってきたりする。そんな時は彼が夕食を済ませたのを見計らって、愛菜はダイニングへ姿を見せるようにしていた。ところが今日、うっかり顔を出すと知らぬ間に矢島がテーブルに座っている。食事に一切手をつけないで、ジッと何もない空間を見つめているのだ。彼は入り口に立ち尽くす愛菜に気付くと、何をそんなに驚いているんだと言い、

「さあ、食べようじゃないか、今夜はステーキだぞ、こりゃ旨そうだ!」

 そう続けてから分厚い肉をギリギリと切り始める。

 最近では、食事する矢島を見ているだけで、愛菜は吐き気にも似たムカつきを覚えた。己の健康を考えれば、好きなものばかりを食べていていい筈はない。これまでの好物ばかりの食事が、様々な病気を引き起こしたのだ。それなのにここのところ、また好きなものばかりを料理人に作らせるようになった。

 ――自分の健康管理もできないなんて、まるで動物じゃない!

 本能の赴くままに食事に食らいつく。そんな矢島の姿が、どうにもだらしなく低レベルに思えた。寝室だけは一緒だったが、愛菜はいつも夜中まで起きていて、矢島が寝入ってからベッドに入るようにしている。当然そうなるとイビキはうるさく、なかなか寝付けないことも多かった。それでも、愛菜は起きている矢島と過ごすより、いつでもそっちの方を選びたいと強く思った。

 ――早く食べ終わって、さっさとここから出て行ってよ!

 そう念じながら席に着き、部屋の隅に並ぶ使用人3人のうちの1人に、フランスの高級メーカー、クリュッグのヴィンテージシャンパンをボトル1本持って来させる。極薄のクリスタル製グラスに乱暴に注ぎ入れ、まるでビールのように喉奥へと流し込んだ。愛菜はそれから、並んだ色とりどりの料理には一切手をつけずに、矢島が出ていくのをただひたすらに待ったのだ。

 元々、惚れた腫れたで結婚したわけでは勿論ない。これだけの金持ちなら、多少のことなら我慢できる。そこそこ裕福だった実家とは比較にならない資産家で、性格の不一致だので別れることを考えれば、賭けてみるに充分値する相手に思えた。

 ――裸一貫、ここまで登り詰めた人なんだから……。

 きっと、欠点を打ち消すくらいのパワーの持ち主だ。そんなふうに思って、愛菜はよく知りもしない男との結婚を決断していた。そして思っていた通り矢島に、言い出せばきりないくらいたくさんの欠点が見つかる。それでも最初の頃の彼には、愛菜の不平不満を笑い飛ばすくらいの器量があった。ところが次々と病気が見つかり、追い討ちをかけるように事故や怪我が続いた。日に日に矢島から男らしさが消え失せ、まるで生まれたての姑のように小言を口にするようになる。

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