ループ・ザ・館

ゆーり。

ループ・ザ・館①




夏の休みに行き先を一切決めずに車で旅を、そんな名目で始めた旅行でとんだトラブルに出くわしていた。

山道ともなれば月明かり以外の光が全くなく、車のライトでも消せば数メートル先ですら見えなくなってしまうだろう。 行き先がないのであれば道に迷うという概念自体がない。

そんな言葉を真に受けて、進め進めと車を走らせてみたものの方向感を失い、カーナビの現在地が道なき場所を指していれば不安にもなるというもの。


「スマホが繋がらないんだけどー!」

「マズいよなぁ、この状況・・・」 


沙里(サリ)は窓からスマートフォンを出し手を振っているが、電波状況は改善されない様子。 大貴(ダイキ)は地図と睨めっこしているが、やはり状況把握ができないよう。

少しばかり他人事のような言葉に苛立ちを抑え、フロントミラーから二人のことを眺める。

抜け駆けはしないという協定を結んではいるが、沙里と大貴が後部座席に並んでいる状況は現状の遭難よりも心配に値した。


「こんな暗がりでバックで戻るとか絶対に無理だからな。 このまま先に進むけど、電波入ったら教えてくれよ」

「おっけー!」

「いやー、悪い。 運転を代わりたいのは山々なんだけど、俺が運転したら三人谷底行きかもしれないからさぁ」

「別にいいけどさ」


山道までは大貴が運転していた。 コンビニで食料を買い込み、運転を変わった時に大貴はちゃっかり後部座席に乗り込んだのだ。

地図を見るため、と言っていたが思えば助手席に持ってくればよかったのではないかと思った。 ただそれも悪いことばかりではない。


「尚斗(ナオト)ー。 これさっき買ったポッキーの新味! あーんして!」


沙里が時折後部から手を伸ばしては口元にお菓子を持ってきてくれる。 もし助手席に大貴が座っていたなら、大貴からお菓子を受け取ることになっていただろう。 役得というヤツだ。


「ん・・・。 轍があるな。 ここは車が通っているのか、少し安心したわ」

「よく見えるなー。 俺は夜目が利かないから、って、道広くなったな」

「あぁ。 もしかしたら抜けられるかもしれない」


確かに道の広い場所に出て普通車ならすれ違えるくらいの場所までやってきた。 だがそのまま進んでも一向に山を下りる気配はなく、辿り着いた先には大きな屋敷が建っていたのだ。


「うーわ。 幽霊屋敷キタコレッ!」


沙里はそのようなことを言いながらスマートフォンを屋敷へ向けている。 道はどうやらここで途切れていて、今から戻るのは体力的にもガソリン残量的にも厳しい。


「こういうのは結構あるあるだけど、案外そういうのって馬鹿にできないと思うんだよ」

「ん、つまり?」

「実は鍵が開いていて、俺たちはあの館で寝泊まりすることになるということ」

「不法侵入じゃん。 大貴のフィクション脳が許しても、俺の現代倫理学が許さねぇよ?」

「じゃあ尚斗だけ車で寝るか?」

「・・・沙里は?」

「楽しそうじゃん! 探検してみよー!」


二人の言葉が誰もいない前提なのが話にならないと思った。 だが確かにこれだけの館、全ての部屋が埋まっているということもないだろう。 三人は車から降りる。

コンビニで買ったお菓子も大半を食べ尽くし、できることなら助けがほしい。


「すみませーん!」 


だがノックをしても声をかけても反応がない。


「いないのかなぁ? やっぱり捨てられた廃お屋敷だったりして」

「見ろよ。 あそこに電気がついているだろ? 電気が通っているのに廃屋っていうことはないだろ」


困っていると大貴が勝手に扉を開けていた。


「二人共! やっぱり鍵が開いているぜ」

「って、おい! 流石に勝手に入るのはマズくないか?」

「そんな悠長なことを言っている場合かよ。 俺たちは命の危機に瀕しているんだぞ?」

「いや別に、瀕してはいないだろ・・・」


そんな尚斗の言葉を無視し、大貴は率先して中へ入り声をかける。

 

「すみませーん! 誰かいませんかー?」


大声を出すも館内は静まり返っていて人がいる気配を感じられない。


「わぁ! 凄く綺麗な館」


続いて沙里と尚斗も館内に足を踏み入れる。 館内はガラリとして無駄はなく綺麗に整備されていた。 もしかしたら別荘として活用されているのかもしれない。


「誰もいないなら勝手にお邪魔しちゃいますよー!」


そう言って大貴は躊躇いなく入っていく。


「おい、流石にマズいって!」

「もし家主が現れたら、その時に事情を説明すればいいよ」

「そうかもしれないけど・・・」

「あ、電話があるよ! 電話で助けを求めてみる?」


沙里はパタパタと駆けていき、アンティーク調の電話の番号をジコジコし出す。 普段見ることのない装飾品にテンションを上げているようだ。


「いや、俺たちはどこにいるのかも分からないんだ。 太陽が出て明るくなれば道も分かって帰れるかもしれないし、勝手に使うのは止めておこう」

「それもそうだね」


二人はずかずかと中へ入っていく。 流石に尚斗には躊躇いがあった。 突っ立っていると大貴が来て尚斗の背中を叩く。 


「何をしてんだよ! 早く入ろうぜ!」

「おいおい、痛ぇな・・・」

「あ、強く叩き過ぎた。 悪い。 にしてもこの館、鍵がかかっていなくてよかったよなー」

「よく人の家に躊躇なく入ることができるよな・・・」


正直ここまで暗い山道を運転してきて体力的にも精神的にも疲れている。 なるべく汚したりしないよう配慮しつつ、家主に会ったら説明するということで受け入れようかと思い始めた。


―――まぁ、確かに命の危機か。

―――・・・あぁもう、ここまで来たらなるようになれ!


遠慮ない二人にを見ていれば自分だけ気にしているのが馬鹿らしくなってくる。 もう割り切って尚斗も扉を閉め中へと入った。 内装を見ているだけで好奇心が疼く。

ここまで来たのなら開き直り館内を探索してみるのもいいのかと思った。


「あ! ここキッチンじゃない?」


沙里の声のする方へ向かえば確かに出来上がっている料理が並べてあった。 豪勢な食事が疲れた身体を呼んでいる。


「やっぱり誰か住んでいるんだよ!」

「じゃあ尚更助けを求められるじゃん」

「どうして大貴はこの事態を前向きに捉えることができるんだ・・・」

「あ、水も通っているみたいだよ! ここで過ごせるならもう問題はないね」

「そうだな。 今日はこの館で過ごさせてもらおう。 そして主人が来たら事情を説明しよう」

「もう勝手にしてくれ・・・」


そういうことで今日はこの館に泊まることが確定した。 乗り気でない尚斗だったが、森で死ぬくらいならと思い二人に付き合うことにした。


「あ、見てよ! 豪華なお風呂もあるじゃん! 私入ってきてもいい?」

「沙里って本当に風呂好きだよなぁ。 いいよ、いってらー」

「バスローブもある! 助かるー」

「勝手に風呂も借りて大丈夫なのか・・・?」 


沙里は風呂へ行く。 見送ると大貴が尋ねてきた。


「そんなに不安か?」

「当たり前だろ」

「自分たちがピンチだと言うのによく人のことを心配していられるな」

「そういう大貴たちも全く遠慮がないのはおかしいから・・・」


とは言ってみたものの背に腹は代えられず、沙里が風呂から出るのを待つと用意されていた食事に手を付けることにした。 そして深夜になり寝る時間となる。 その時になっても家主は結局現れなかった。


「部屋はたくさんあるみたいだし、一人一部屋使えばよくない?」

「そうだな」


沙里の提案により沙里を部屋の真ん中にして別々の部屋で眠ることになった。 綺麗に整えられていて違和感を覚えるが、それ以上に疲れた身体が睡眠を欲している。


「じゃあ、おやすみー」

「おやすみ! 明日は頑張って森を抜けようね」


今日はこれで解散となり尚斗も眠りについた。 だが深夜二時前に手洗いで目が覚め部屋を出る。 用を済ませ自分の部屋へ戻ろうとしたところ、沙里の部屋の前を通って考えた。


―――・・・別に変なことを考えているわけじゃないけど。

―――大貴から一歩先を取るためなんだ。

―――少しでも沙里に近付きたい。

―――でも、抜け駆けはしないっていう約束なんだよなぁ・・・。


ただ先程車の後部座席にちゃっかり座った大貴のことが頭に浮かぶ。 抜け駆けという程ではないが、先に行動したのは大貴。 なら少しくらい。 そう考えていたその時だった。

沙里の部屋からドサリという重たい音が聞こえたのだ。


―――・・・何だ?


まるで人が倒れたような音だった。


「沙里? ・・・大丈夫か?」


声をかけてみるも返事がない。


「開けるぞ?」


心配になってドアを開けた。 そこで息を呑むことになる。


「・・・ッ!」


部屋の中ではベッドの下で血で染まった沙里が倒れていたのだ。



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