第9話 寛解への道(6) ~アニマルセラピー~
「ところで、イレーネ様。動物はお嫌いですか?」
ん? 突然の話題転換に少し戸惑ったが、正直に答える。
「嫌いというか、むしろ好きよ。前から猫ちゃんを飼ってみたかったのだけれど、肌を傷つけられるとダメだといって許してもらえなかったの」
「そうですか。実はお忍びの警護となると、ロタールと私だけでは若干不安があるので、私の従魔を連れて行きたいのですが…」
「従魔というとどんな?」
「大型の
「豹というのは、見たことがないけれど、大きい猫ちゃんみたいなものかしら?」
「ま、まあ、そんなところです…」
ラパンツィスキ様は少し首を
だとすると、猫好きの私としてはちょっと期待してしまう。
「では、明日連れてきますので、お嫌いでなければ、警護に連れて行くということにしましょう」
「楽しみにしているわ」
そして翌朝。
期待でワクワクしていると、ラパンツィスキ様が朝のヨガにやってきた。
思わず駆け寄ってしまう。
「おはよう。アマンドゥス。待っていたのよ」
「おはようございます。イレーネ様。その様子だと、だいぶ楽しみにされていたのですね。
では、バルツ。入りなさい」
すると黒豹が悠然とした足取りで部屋に入ってきた。
大きい。頭胴長は150センチメートルくらいある。しっぽまで入れたら私より大きいくらいだ。
全身漆黒の毛は黒光りしている。
そして
「カッコいい…」
私は思わず
「バルツっていう名前なのね。この顔つきは雄でしょう?」
「ええ。そうですよ」
「ならバル君だね。触れるかしら?」
バルツはラパンツィスキ様の横でゆったりと横たわっている。
初めての場所でも緊張はしていないようだ。
「大丈夫ですよ。でも、ゆっくりとした動作でお願いしますね。急な動きをすると攻撃されると思って警戒されてしまいますから」
さすがにこの大きさだとちょっと恐怖感がある。
ガブリと噛みつかれたら、手首くらいは簡単に食いちぎられそうだ。
私はラパンツィスキ様に言われたとおりに、そっと手を近づける。
バルツは、不思議なものでも見るような目で私のことを見ている。とりあえずは、警戒していないように見える。
「バル君。いい子だから、触らせてね」
猫を可愛がるみたいに、あごの下をそっと撫でてみた。
バルツは、目を細めて喉をゴロゴロと鳴らしている。
「うふふっ。なんだか猫みたい」
「どうややイレーネ様のことを気に入ったようです」
「あのう…私、前々からの夢があって…バル君のお腹に顔を
またちょっと甘えた声でお願いしてみた。
「バルツもイレーネ様のことを気に行ったみたいだから良いでしょう。優しくしてくださいね」
私はバルツの横腹にそっと顔を埋めた。
猫よりはちょっと固めの毛だが、ふんわりとした気持ちのよい感覚に思わず、頬ずりをしてしまう。
お日様のようないい匂いがする。
ああ幸せだ…
現実の嫌なことを全部忘れて、このままバルツに逃避していたい…
「それではもうその辺にして。今はヨガの時間ですから…さあ行きますよ」
「ええっ。もう少しーっ」
「イレーネ様。アニマルセラピーといって、動物を
それはいいのですが、きりがないですから、とりあえずヨガに移りましょう」
「は~い」
そして日課のヨガを終わり、ラパンツィスキ様と朝食をとった。
その間も、バルツはラパンツィスキ様の横におとなしく控えている。ちょっと
朝食が終わるとラパンツィスキ様は淡々と言った。
「さあ。一服してお腹が落ち着いたらウォーキングに行きますよ」
「ええっ。もう一度モフモフしたい~っ」
「それはウォーキングが終わってからにしてください。
今日は何のためにバルツを連れてきたと思っているんですか?」
「それは…私の護衛のためですけどぉ…」
「では、町へ出る準備をしてください。ワンダさんお願いします」
「はい。承知いたしました」
私は、お忍びのため、ワンダに手伝ってもらい、あらかじめ準備していた商家の娘風の服に着替える。
髪はあまり華美にならないように簡単に束ね、あまり高級には見えない髪飾りで留める。
お化粧も最低限のナチュラルメイクにした。
私は、鏡の前に立つと、くるりと回って全身をチェックした。
さすがはワンダだ。この姿を見て、誰も皇族とは思うまい。
そこに商家のボンボン風な服をきたラパンツィスキ様とその従者風な服を着たロタールが入ってきた。
が、思わず「クスッ」と失笑してしまった。
2人とも似合っていない。
ラパンツィスキ様はノーブルなイケメンぶりに服が負けているし、ロタールの
「イレーネ様はお笑いになりますが、イレーネ様の方こそ、その気品に服が負けておりますよ」
「えっ。そうかしら…」
「まあ、こういうのはぱっと見がそれらしければ十分ですからよしとしましょう。では、行きましょうかお嬢様」
「お嬢様?」
「さすがにイレーネ様の名前を出したら身分がバレる可能性がありますから、今日は一日『お嬢様』と呼ばせていただきます。我々のことは普通どおり呼び捨てにしてください」
「わかったわ」
そして3人と1匹は皇城の門に向かったのだった。
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