あの風を探しに

矢田川怪狸

第1話 

 2026年の夏の終わりごろ、僕はその小説に出会った。

 それはとある無料の小説サイトに投稿されたもので、始めは誰の目にもとまらなかった。

 僕は長年の夢だった編集者として、とあるラノベレーベルの編集部に配属となったばかりで、新人発掘の練習のために書く小説サイトに並ぶ素人小説をひたすら読み漁っていた時期だった。

 それは、そんなときに見つけた一作だった。


 作者の名前は『ハナサカG子』。ペンネームとしてはふざけているが、身バレ回避のためのアカウント名としてはよくあるパターンだ。

 アカウント名のおふざけ感に反して、内容は甲子園を目指す高校球児たちを題材とした、実にしっかりとした青春文芸。


 最初見た瞬間から、どこか違うことは感じた。

 有象無象玉石混交種々雑多な良作駄作入り乱れる投稿小説の中で、その小説だけが異彩を放っていた。

 たとえていうならば何の匂いもしない世界の中に、ただ一条の風が吹いたような――土と汗と涙の匂いがする風が吹いたような精彩が、その作品にはあった。

 しかし乍ら新人だった僕は、『題材が現代向きではない』という理由で、この玉を石くれの山の中に投げてしまった。つまり、いい作品だが書籍化することはないだろうと、見限ったのだ。


 次にその作品に巡り合ったのは、それから二年後のことだった――

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