第44話 呪いの声

「なんだ今のは?!」


 その声を聞いただけで、頭が重くなる。

 そして、心の奥底がすごく重く沈みクラクラするのだ。

 手の平をみると、びっしょりと汗をかいているんだ。

 こんな事、こっちに来てから初めてのことかもしれない。


「ひ、ひい」

「な、何!?」

「いや……いや。いやーっ!!」

「これ、気持ちわるぅい」

「うう、リューマ……」


 はっ、何をぼやッとしているんだ俺は?

 そうか、これは死への恐怖か。そのせいで体が縮こまっているんだな。

 パァッン!!

 自分でも涙目になるくらい、両頬を叩く。

 痛い、でもこれは生きている証拠だ、まだ俺は大丈夫。


「すうっ……、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!!!!!!」


 ダンジョン内がビリビリと振動する。

 近くにいた五人は、あまりの音量に両手で耳を塞いでからしゃがみ込んだ。


「……はあっ、はあっ!!」


「……んもう、いきなり大声ださないでください!!」


 一番最初に抗議してきたのは、明日香だった。

 精霊に護られているせいか、回復が早いようだな。

 他の子達も、俺の咆哮で我に返る。

 手を開いたり閉じたりして、動けるようになったのを確認している。


「リューマ、この先にいるのヤバい奴。

 帰ろう?ね!」


 いつもは平然としているミィヤが、余程恐ろしかったのか、震えながら訴えてきた。

 顔は真っ青になり、唇まで紫色に変わっている。

 一体この先に何がいるというのか……。


「俺もそうしたいけど、今やらないと他の誰かが行かないと行けなくなる。

 そうなったら、行くのは響子ちゃんとこの子達だぞ?」


「それは……」


「俺が勝てない相手なら逃げてこよう。

 でも、勝てるなら今のうちにやってしまおう」


 正直、坂本達はどうでも良かったけど、一緒にいる鈴香達が危ない目にあうのは嫌だと感じる。

 まだ数日一緒にいるだけだが、とてもいい子達だと分かった。

 俺に出来るなら、危険は取り除いてあげたいんだ。


「リューマがそう言うなら……」


 しかし、一緒に行くのは危険な場所に連れていくのと同じだ。


「ただ、どんな奴が現れるか分からないから、着いてきたくなければここに残ってもいいよ?」


「「!!」」


 予想していない提案だったのか、みんな驚いた顔で俺を見てくる。

 そして堪らず、鈴香が声を上げる。


「オッチャンだけ行かせるわせないでしょ!

 さっきは変なの聞こえて驚いたけど、私は絶対行くからね?」


「わ、私も行きますわ。私達ですら慄く相手なら、普通の人達では戦えない。そんなのを放置したら、村の人々が、安心して暮らせないですわ」


 星香の言葉に瞳月も明日香も頷く。

 どうやったらこんな立派に育つのか。坂本達とはだいぶ違うな。


「分かった、十分気をつけて行こう。相手がどんなのか分からない以上、俺が先頭に進むからね」


「はい、分かりました」


 星香がそう、答え鈴香達もそれに頷く。

 ミィヤも、手をギュッと握ってきてから『うん、行こう』と言った。


 俺が先にゆっくり進み、皆が後に続く。

 階段から離れてすぐ、黒いモヤがまとわりついてきた。

 毒かと警戒するも、視界が悪くなるだけで体には特に異変は起こらない。


「精霊の話では、毒ではないみたいです。

 ただ、魔力が含まれているので魔法の威力が下がるかも、だそうですよ」


「魔法ねぇ、うちらの中で魔法使いいたか?」


「ええと、私は使えますが……、薙刀の方が早くて最近使ってないですわ」


「魔力高いのに勿体ないな。しかし、それなら問題なさそうだな。明日香の精霊スキルには影響ないのか?」


「それは、大丈夫みたい。精霊って魔力による影響が少ないんだってさ」


 なるほど、じゃあ結果的に問題なしか。

 いや、前が見えにくいのはとても問題なんだけどな!


 灯りは手に持ったランタンしかないのだけど、自分たちの周りしか見えない。

 だから下手に急いでしまうと、後ろにいる鈴香達とはぐれる可能性があるので、ゆっくりゆっくり歩く。


 時間が掛かるのと、見えないストレスのせいかやたらと疲れるな。

 しかし、魔物も魔獣も全く襲ってこない。

 このフロアは、一体なんなんだ?


 ゲームとかだと、こういうのはいきなり出てきて襲ってくるパターンが多いからな。油断は禁物だよな。

 『探知サーチ』の魔法で辺りを確認しようにも、このモヤのせいで発動出来ない。

 耳を澄ませつつ、ゆっくりと進むしか方法がないのだ。


「…!? リューマ、今何か聞こえた」


「マジか? …俺には聞こえなかったけど。

 鈴香、何か聞こえたか?」


 振り向いて鈴香達にも確認する。

 しかし、首を傾げるだけであった。

 ハーフリングであるミィヤにしか聞こえないのかな。

 それとも空耳か?


「…!! また、聞こえた」


「ええ? そんなの聞こえない…」


 その時だった。

 微かだが、ウウォォォーーー…と、何かの鳴き声のような呻き声のような濁った声が聞こえてきた。

 進みつつ、音に注意していると今度はハッキリと声が聞こえた。


「この先に何かいる! 全員、注意しろ!」

「「はい!」」


 最新の注意を払い、各自武器を構えて進む。

 そのうち、人らしき声や金属がぶつかるような音、そして爆発するような音などが聞こえてくる。


「誰かが戦っている?」


「坂本達なのかな?」


 近付くにつれて、声もはっきりと聞こえてくる。 


「ぐはああっ」


「こ、これでどうだっ! ファイヤーストーム!」


「もう、体力がもたないぞ坂本! くそ、お前が誘ってきたせいで!!

 おりゃあああっ! ダブルスラッシュ!!」


 どうやら、何かと戦っているようだな。

 これは急いだほうがいいか?

 せめて、相手が可愛い女の子だったらやる気も出るんだが…。

 そうしたら、助けられたヒロインよろしくムフフな展開に…。


「ん、リューマ。今、何か変な事考えた?」


 うご、痛いっすミィヤさん。

 緊急事態の時でも容赦ないっすね。

 というか、勘が働きすぎ。


「はははは、何のことだろうか。というか、肘鉄やめてくれ」


 さて、現実を見ようか。

 どうやら、この先の道を抜ければ奴らがいるみたいだ。

 自然と小走りになり、先を急ぐ。

 しかし部屋に入ると、真っ暗闇に入り込む。

 あれ、もしかして行き止まり?道を間違えたか?


「あれ、ここは行き止まりか?」


 と思ったけど、行き止まりじゃなかった。

 濃くなっているモヤを突き抜けると、地面に男達が倒れていた。


「……て、お前ら何してんだ?」


 どうやら坂本達だな。

 戦ってたんじゃなかったのか?

 呼吸を荒げて起き上がろうとする奴や、地面に這いつくばって既に動けない者もいる。

 えーと、もしかして全滅しちゃった?


「くそ、お前なんかに助けられたくなんか……」


 最後にその一言を残し、意識を手放してしまった。


「……。えーと成仏しろよ?」


「川西さん、まだ彼等死んでないですから!

 気持ちは分かりますけど……」


 星香に言われて、わりいわりいと片手で謝る。

 だってなー、最後まで憎まれ口叩かれちゃうと、助ける気も失せる。


「オッチャン、来るよ!」


「坂本達は、私達が治療しておきますから!」


 そう言って、明日香と瞳月が坂本達を抱えて入口側へ運んでいく。

 そのまま後ろで治療するつもりだろう。

 嫌な性格しててもクラスメイトだからね、死なれたら目覚めも悪くなるんだろう。 


「ミィヤ、お前も明日香たちと一緒に下がってくれ」


「私も戦える!」


「いや、俺が全力でやるとミィヤにステータスを分けてやれない。

 だから、下がっていてくれ」


「……分かった。じゃあ、勝って」


 そう言って、頬にキスをして後ろに下がっていくミィヤ。

 ……おおおーっし!やる気でたぜ!

 ちゃっちゃと、片づけてやらああ!


「はぁ。オッチャンも男なんだねぇ」


「まぁ、やる気が出てくれたのはいい事かと」


 後ろから何やらツッコミが入ってきたが気にしない。


 目の前には二体の巨大な魔物。

 一体は、全身が岩のようにゴツゴツしていかつい巨人。

 もう一体は、まるで死神のような見た目の大きな亡霊だ。


「さあ、全力でいくから覚悟しろよ!」


 腰に掛けてあった、ホルダーから黒斧を外し構える。

 そして俺は二体に飛び掛かっていくのだった。

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