第23話 刑事の勘

 大阪府西成区の商店街に今時のチェーン店ではなく、ちょっと古い感じの、でも昔ながらで人の入りやすそうな居酒屋がある。


 仕事帰りのサラリーマンから作業着姿の職人がついつい一杯ひっかけたくなってしまう匂いがしてくる。


 それに加えてまたこの店に来たくなってしまう理由があるから、この店に客がいない日はない。


 咲薇は関東から帰って1日休んだ後、もうすでにバイト中だった。現役女子高生でモデル体型の美人は言うまでもなく看板娘で人気者だった。仕事に疲れた大人たちが咲薇に癒されに来る。


『サクちゃんはこの休みどっか行ったんか?』


『行きましたよ。1人ぶらり旅』


『そうやん、サクちゃんはバイク乗れんねんもんなー。カッコえぇわー。今度俺もケツ乗してくれよ』


『はは。女のケツ乗るてそれどーなん?言うとくけど、あたしの後ろ乗ったら多分落ちるよ』


『いやー、サクちゃん可愛い顔して言うこと物騒やな。でも君1人てホンマに彼氏とかおれへんの?実は何人か転がしてんちゃう?』


 ここでは日に何回もそんな話が出てくる。ここに通う者の大半が咲薇目当てで咲薇の仕事はそういう客の相手である。


『おったら休みに1人ではるばる関東なんて行かないですよ』


『か、関東~!?君チャレンジャーやな。わざわざバイクで何しに行ったんや』


 その行動力にはやはりみんなが驚いた。


『そんな驚くことでもないよ。あたしと同じような子も向こうにいっぱいおったし、神奈川の子も今度単車でこっち来るてゆーてましたよ』


『はぁー、今の女の子は行動力あんねんな。尊敬するわ。ただ、えぇ年頃やのにサクちゃんみたいな子もったないなぁ。今の男の子はどこに目が付いとんのやろか…ほなサクちゃん。今日バイト終わったらデートでもしよか』


『うーん。今日は忙しいかな~』


『いっつもやん!』


(彼氏…か)


 咲薇はそんな話になる度ある人を思い出してしまう。だが決まって悲しくなってしまうので、それが顔に出てしまわないようにせめてバイトの間だけでも考えないようにしなければならない。


 しばらくして1組の客と入れ替わりで見慣れない坊主頭の男が入ってきた。


『いらっしゃいませ。なんにします?』


『とりあえず瓶でビールもらおかな』


 男は1人でちびちびと飲み始めた。取り出したメモ帳をにらんで考え事をしている。


(なんや、あのオッサン)


 そのまま眉間にしわを寄せながら男が2本目のビールを頼み店に来て1時間が経とうかという頃、咲薇はその男が自分を見ていることに気がついた。


『あ、すいません。何かお持ちしますか?』


 注文を取りに咲薇が近づくと意外な言葉が返ってきた。


『暴走侍、風矢咲薇さんやな。鏡叶泰くんの幼馴染みの』


 言われて咲薇はドキッとした。


『西成署の松本言うもんやねんけど、ちょっと話聞かせてもろてもえぇかな?』


『…なんですか?』


 咲薇はまず疑いの目を向けた。


『叶泰くんが亡くなったとされる1年前のあの日、君どこで何しとった?』


『その日は家にいましたよ。次の日ニュースでそのことを知ったんです。前にも警察には言ったはずやけど、まさか今更あたしのこと疑ってるんですか?』


『いや、もう1度洗い直さなと思ってるとこなんや。悪く思わんといてくれ。ほな叶泰くんがリンチやなくて刺殺されたんは知っとると思うけど。彼、何故刺されたと思う?』


『そんなん、分かる訳ないやないですか』


 咲薇は少し強めに言葉を返した。


『そうやろなぁ…じゃあ、誰が刺したと思う?』


『は?なんで刺されたんかも分からんのに刺した人間が分かる思います?』


 咲薇はいかにも迷惑そうな顔をした。そして話は次に思わぬ方向に進んでいった。


『今ここらで起こってる暴走族襲撃事件。あれ、単なる無差別の犯行や思うか?ついこの間も京都の方のチームの女の子がやられとんねんけど、その子まだ意識が戻れへんねん。このまま俺の予想通りになったらどえらいことになるで』


『…どえらいことて?』


『犯人は色んなチームに火種を残して回っとる。こんなことが続いたら何かをきっかけに戦争が始まるかもしれん。それも、死人が出る位のな。おそらく犯人の狙いはそれや』


(そして、そいつはその時に何かをするつもりに違いない…)


『この事件は俺が担当や。もうこれ以上ケガ人も、ましてや死人なんぞ出す訳にはいかんねや。それでや、一見無差別にも見えるけどな。俺の中やと、どうも叶泰くんのことがやっぱり引っかかりよんねん。1年前の事件と何かつながりがあるのかもしれん思てな。せやから今、彼の周りをもう1度洗い直しとんのや』


 咲薇は力強く話すこの中年の男に何も言えずにいた。


『最後に1つ聞かせてくれ。疎井冬、もしくはアヤメという女を知らんか?2人は姉妹らしい』


『…知りませんけど』


『そうか…悪かったな。ごっそうさん。もしこれから何かあればいつでも俺に教えてくれ』


 そう言うと松本は1万円札を置いて出ていってしまった。


『あっ、あの!お釣り!』


 咲薇は呼び止めたが、松本は後ろ姿のままいらないと手を振ると歩いて行ってしまった。


(叶泰…)

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