殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達
博元 裕央
・第一話「蛮王蛮姫となり文明帝国に落ち延びる事」
〈
一人の女が海行く船の中、船倉で眠り夢を見ていた。非現実ではなく過去の夢、そして、戦争の夢を。
過ぎ去った過去の事実を回想する夢の中で、彼女は王であった。女王ではなく王であった。即ち男装し鎧兜に身を固め、男としての偽名をバルミニウスと名乗り王をしていた。
文明帝国レーマリアを中心として囲む四方辺境、東の
父王の早逝、有力だが暗愚な後継者候補の兄弟達が跡目争いで揃って自滅した事による後継者の不在。その間に他部族の食い物にされる民草。見過ごす事など出来なかった。それ故に男児を名乗る為に先王の隠し子に身をやつし、不安定な権力基盤で若くして継がざるを得なかった
そして勝った。戦と武に天稟があり、勝ち続け、短時間で周辺諸部族を平らげた。
独立部族が散在していた
故に何れも文明国から蛮族とされ、獰猛な戦闘力を恐れられた同地方の諸部族達を、自らも蛮族王の一人として切り従え、時には国を乗っ取られる後先の危機を何も考えぬ愚か者が呼び込んだ様々な異国の傭兵や手先をも蹴散らし、
だが、部族連合国の統一王としての戴冠を控えた前日。
「お主、やはり女か!」
譜代の家臣共と服属した族長の内何名か等からなる数名が寝所に侵入。
「かーっ!男んふりして王ば騙って戦とは、卑しか女ばい!」
「女が王など
枕元に置いた男物の衣と明日の戴冠式に用いる儀礼用の武器をひったくり、口々に喚き立てる男共。
その愚にもつかぬ主張を聞き流しながら彼女は思考と観察を行った。何故この身の秘密がばれた? どこから漏れた? 怒りを燃やしながら状況把握の視線を走らせる彼女の目に映ったのは、族長達の中に混じった、跡目が途絶えた兄弟共の争いの中に後継の器量が無いとしてそもそも加われずにいた腹違いの弟の姿。卑屈だが気色の悪い感情を込めた目で此方を見、引ったくられた衣を犬が骨をしゃぶるような執着心で以て掴んでいる。
確信する。あの馬鹿が姉の性別を知って漏洩し、煽動したのだと。望みは何だ? 部族長の地位か、それとも統一者の座か? いや、あの短絡が服を着て歩いているような馬鹿の事だ。前々からどうも己を見る目がおかしかった。私を抱きたいが、一人では怖いから他人を巻き込んだか?
「そっがどうした!
何たる愚行と女は呆れ怒った。一歩手前まで迫った、
故に怒号する。愚異母弟にも反吐が出るが、乗った馬鹿男共にも呆れ果てた。己が女である事がそんなに許せなかったのか。男尊女卑が兎にも角にも統一を主導できる能力より他の全てより大事か。それともそれを嗅ぎつけてまで己を追い落とそうとする程、全部台無しにしてでも己の地位と面目と優位が保てればそれで良かったか。
「やかましか!
「
「……!!」
返ってきた叫びから理解する。その、両方か。
族長として負けた事に変わりは無いくせに、己より能力で劣っている癖に。性別を理由に逆らうかという女の言葉に、
だが彼女は更に野蛮であった。故にその怒りは誰より速くその怒りは誰より強い。皆まで言わせず。言葉すら言わず。駄犬共に議は不要と、衣服と一緒にあったものとは別に臥所の中にすら持ち込んでいた部族伝統の鉈の鞘をひっ掴み……
「チェストォオオオオオオオオオッ!!」
「ぎゃおおおおおおおおおおおおっ!?」
その後響いたのは、女の悲鳴ではなく凄まじい大音声。チェストという、
「……下らなか」
そこで彼女は目を覚ました。密航者として船倉に潜り込み、壁に凭れて座ったまま休んでいた、女性としては長身で男装も無理なく成立させていた、二十歳を超えるか超えないかの若々しくすらりとした体を立ち上がらせ呟く。夢の中も今も、同じ鉈を帯びていた。女は子供を生むだけが価値だという男の、子供を産ませるという男の価値を切り落としてから殺すのに用いた武器。己を己だと宣言する為の牙。今は、レーマリア領側南
「ふん。飽き飽きもしちょったし、せいせいともしたわい……」
あの一件で、彼女は己の故郷を見限った。その場に居た族長共を全員叩き斬り、駆けつけてきた族長の郎党共も叩き斬り、女に継承権が無いのは
「お客様方~、港に着きました~」
遠くから船員が乗客に呼ばわる声が聞こえ、船室を出る。誰一人頼れる者の無き中持ち出した宝飾と
「あ、お客様、……!」
「? (……ふん、まあ良か)」
すれ違った船員が見咎めた、かと思ったら何かしてくるかと思ったらぽかんとしてこちらに見とれるばかりだった。その反応に逆に一瞬きょとんとしたが、彼女、本名をアルキリーレという北の女は構わず船端を蹴りレーマリアの港に上陸する。
ドレスこそ時代遅れで地味だが、背中に流れる髪は本物の黄金と見紛う程輝く豪奢な金髪。それと宝石めいて煌めく青空色の瞳、大理石彫刻じみた滑らかな色白の肌が相まって船員が見とれるのも当然の、一個の芸術品かとも思われる今や男装の鎧兜から解き放たれた凜とした己の美貌をさして意識せぬままに。
蛮族の地にあってレーマリアの令嬢達が霞む整った顔立ちに生まれ育ったのは、もしかしたら母親がレーマリアあたりから略奪された美姫であったのかもしれない。しかしそんな美貌を持ちながらなお彼女の形は猛々しさを感じさせた。その様はあたかも黄金に輝く獅子が美女の形をとったかのようだった。
荒々しい
最早愛するものも無く、最早愛する心も無く。何処へ行くあても、何をするあてもなし。さて、どうするか。
そう己の今を冷たく突き放した心で思いながら、
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