22作戦会議②~お泊り~

「もし、先輩がいいというのなら、ぜひ」


 歩武は、中学生女子が同じ年頃の男子の家に泊るという事実に気付いていなかった。彼女の頭の中には、いかに早く妹であるミコを救うことができるかということしかなかった。それ以外の常識などの大事なものがすっかり抜け落ちていた。


「本当に妹のことが好きなのか、それとも、あまりに彼女に依存しているのか……」


 清春は後輩の将来が急に心配になった。妹のために行動する姿は姉妹愛として微笑ましいと言えなくはない。とはいえ、そのためにはなんだってするという危うさがあるので、心配になるのだ。


 この子は、妹という存在を失っても、正常な精神を保っていられるだろうか。


 そんなことを口にすることはしないが、それでも心配になり、清春は今回の自分の提案について言及する。


「そんなに簡単に男の家に泊るなんて言わない方がいいよ。それに、女子はお泊りグッズを準備しないといけないでしょ。両親についてはどうやって説得するつもりなの?今日、オレの家に泊るという選択肢は、あまり現実的ではないな」


「先輩が泊まるって聞いたんではないですか?もしかして、先輩は私が女子で、私との間に何かあるとでも思っていますか?そんなこと、絶対にありえません。そこら辺の下心ありありの女子と一緒にしないでください!」


「おや、気付いていたのかい?」


 どうやら、後輩の頭の中は、妹を助けるためだけに使われているだけではないらしい。常識についても頭が回っていたようだ。感心していると、続いて衝撃的な言葉が続いて、清春は驚いてしまう。


「私だって、先輩の家に泊るなんて、本当はしたくないです。それに、先輩の言葉でようやく先輩が男だって思い出しました。まあ、だからと言って、今回は急を要することなので」


 最初に提案したのは先輩です。責任は取ってもらいます。


 とてもきれいな笑顔で言われてしまったので、断ることができず、清春はただ、うんとうなずき、自分の家に彼女を案内するしかなかった。


 空はどんよりと曇り、星が見えることはなかった。まるで、清春の今の心の中のもやもやを体現したような天気だった。



「遅いねえ。歩武」


「先輩を家に送るだけなのに、時間がかかりすぎじゃないか」


「ちょっと、歩武の様子を見に行こう!」


「その前に、下の様子も確認した方がいい」


 歩武の部屋に残っていたセサミとアルは、おとなしく部屋で歩武たちの戻ってくるのを待っていた。しかし、一向に戻ってこないことにしびれを切らし、こっそりと彼女の後を追うことにしたが、先に彼女の両親の様子をうかがうことにした。



「歩武、戻りが遅いわねえ」


「彼氏と言っていたんだ。積もる話もあるだろう。彼に任せておけば大丈夫だ」


「そんなこと言って、心配なのがバレバレですよ。夕刊が逆さまになっていますよ」


 両親はリビングで歩武の帰りを首を長くして待っていた。どうやら、まだ帰宅してないようだ。一階のリビングのドアの隙間から様子を確認したセサミとアルは顔を見合わせて頷き合う。


 ポン。


 リビングの扉の外で突如、白い煙が立ち上る。何事かと両親がソファから身を乗り出して辺りをうかがうと、扉の前に、先ほど自分たちが送り出した娘と彼氏と名乗った男の姿があった。


「お母さん、ごめんなさい。急だけど、私、今日は先輩の家に泊ることにしたの」


「歩武さんを僕の家に泊める許可をください」


 突然、姿を現した二人の姿に両親は戸惑うが、彼らの目を見ているうちに、何も考えられなくなる。


 数分後、両親は何事もなかったかのように二人で夕食を取っていた。




「お泊りセットはないけど、それはオレの家の物を貸すとして、問題は君の両親をどうやって説得するかだよね」


「それは」


 歩武たちは止まっていた足を動かし始めた。清春は彼女の圧に負けて自分の家に招くことを許可したが、内心は焦っていた。先輩として顔には出さないように気をつけながら、後輩が泊まる際の問題点を指摘する。



「こんなところにいたのか」


「まったく、不純異性交遊はダメだよって、言ったよね?」


 歩きながら二人が会話していると、後ろから聞き覚えのある声がした。まさかと思って振り返ると、そこには歩武にとってはすでに見慣れた二人の少年が立っていた。


「セサミ、アル!どうして?」


 思わず彼らの名前を呼んでしまう。清春はこの状況を面白そうに見つめるだけで何も言わず、成り行きを見守っていた。


「どうしてって、家主が家に帰って来なかったら、心配するでしょう?ただでさえ、歩武が妹だと思っているあいつが帰って来ないのに、君まで帰って来なかったら、僕たちはどうしたらいいの?」


「そうだぞ。オレ達を家に住まわすと決めたのなら、オレ達にも気を配るべきだろう?」


 彼らは口々に歩武が帰宅しないことを責め立てる。しかし、責められる筋合いはないと、歩武は反論する。


「し、仕方ないでしょ。ミコを助けるためには早い方が良いって言ったのは、セサミたちでしょう?お母さんたちが帰ってきちゃって、話とかも中断になったから、どうせなら、先輩の家に泊ったらどうかって言われて」


「それでホイホイついていくとか、甘すぎ」


「まったく、これだから、あいつも心配性になるわけだ」


「ううう」


 彼女の反論は大して彼らの心に響かず、逆に呆れたような視線を向けられてしまう。どうしようもなくなり、助けを求めるように先輩の方に顔を向けると、先輩も同じような表情を浮かべていた。いったい、自分のどこに呆れられる要素があるというのだろうか。



「その顔は、オレ達の思っていることがまったくわかっていない顔だね。わからせるためには結構な時間がかかりそうだ。とはいえ、そんな悠長に話している時間はないから、この件は、君の妹を救出してから、じっくりと彼らと君の妹と話し合うといいよ」


「この男の言う通りだ。とりあえず、オレ達の気持ちはまた時間があるときに、じっくり聞かせてやるよ」


「ということで、歩武はこれから、この男の家に行くの?それなら、僕たちもついていくけど」


 どうやら、歩武に呆れた理由はまたの機会に教えてくれるらしい。納得いかないが、仕方ない。


「わかった。先輩、今日はよろしくお願いします」


「なんだか、意味深な言葉だね。まあ、こちらこそ、よろしく。さっそくだけど、オレの家に案内するね。意外と遠野さんの家と近いんだよ」



 こうして、歩武と清春、セサミとアルの四人で清春の家に向かうことになった。いつの間にか雲はなくなり、夜空には星が見えるようになっていた。



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