11一人ではない夜
「ごちそうさまでした」
両親はミコがいなくても全然かまわないようだった。歩武がミコは一緒に夕食を食べないと伝えても、一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐにあの子は気難しいからねえというだけで、怒ることはなかった。
夕食を食べ終えると、すぐに歩武は自分の部屋に戻る。部屋に残してきた彼らを放っておくことはできない。両親は歩武が慌てて自分の部屋に戻る様子に苦笑していたが、中学生は宿題が多いのね、と特に怪しまれることはなかった。
「ミコ、話はどうなった?」
歩武が自分のドアを勢い良く開けると、そこには予想外の光景が広がっていた。夕食時の短期間に何があったのか、歩武のベッドの上で、妹と人外二匹が仲良く川の字になってすやすやと寝息を立てていた。セサミとウサギはもとの動物の姿に戻っていた。その光景は、心癒されるものがあったが、癒されている場合ではない。
「ええと、これはいったい」
確かに歩武もいつもと違う体験をしたせいで、とても疲れてはいる。しかし、あまりにも非日常なことが置きすぎて、歩武は疲れているのに目はしっかりと冴えきっていた。とてもではないが、彼らの隣で気楽に眠れる心境ではなかった。彼らにはまだ聞きたいことがたくさんあったのに、気持ちよさそうに寝ている姿を見ていると、起こすのも悪い気がした。
○
歩武は彼らを起こさないようにそっと自分の机について、今日やるべき宿題を鞄から取り出して進めることにした。当然、彼らの存在が気になるし、今日の出来事で頭はいっぱいである。思うように勧められなかったが、何とか40分程で終わらせた歩武は、明日の支度をする。宿題をしている間も、彼らが起きる気配はなく、何度か机から顔を上げてベッドを見ても、すやすやと気持ちよさそうに目を閉じていて、彼らに変化はなかった。
「お風呂に行ってくるね」
宿題を終えて風呂に入る時間となっても起きない彼らに、小声で声をかけた歩武は、今度は音を立てないようにそっとドアを開けて自分の部屋を出た。
ガチャリ。歩武が部屋から出て、完全に部屋にミコたちだけになると、彼らはパチッと同時に目を開く。
「なぜ、寝たふりをする必要があった?」
「そうでもしないと、われたちに質問しまくるだろう?お前たちはお姉ちゃんの質問に全て答える自信があるのか?」
「僕はやましい過去なんてないから、別に大丈夫だけど、それより、言葉遣いが変わっているよ。われ、なんて今時の中学生は使わない」
彼らは歩武の質問攻めを避けるために寝たふりをしていたが、歩武は気づくことはなかった。
○
結局、歩武が風呂から上がって部屋に戻っても、彼らはまだ眠ったままだった。しかし、寝相がいいのか、一人と二匹はベッドの片隅で器用に丸まっていた。まるで、部屋の主である歩武の場所を開けているかのような位置取りだった。そんな可愛らしい様子に、くすっと笑いがこぼれる。
「まあ、ベッドは広いし、今日はミコたちと一緒に寝るかな」
妹のミコは小学生のころ、よく自分の部屋から抜け出して歩武の部屋を訪れることがあった。夜中に突然部屋をノックされて驚いて目が覚めたが、枕を片手に『お姉ちゃん、一人は寂しいから一緒に寝てもいい?』なんて上目使いに言われてしまっては断ることもできない。毎日ではなかったような気がする。確か、週に2回か3回ほどだったと懐かしい思い出がよみがえる。
「中学生になってからは一緒に寝ていないな」
久しぶりに一人ではない夜に心が躍っていた。中学生にもなって、一人でなるのは寂しいなどと言うことはないが、誰かがそばに居ると思うと、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「お休み、ミコ、セサミ、アル」
彼らの小声で話しかけ、歩武も彼らの寝ているベッドにもぐりこむ。5月になり、気温も初夏に近づいてきたため、布団は薄い掛け布団一枚でも充分だった。ミコたちは布団もかぶらずに寝ていたが、歩武はベッドの端の方に丸まっていた布団を足で引き寄せて肩までかけて目をつむる。
誰かがそばに居る夜
なんとなく、こんな日を自分は望んでいたのかもしれない。自分の近くで寝息を立てる彼らにつられて、歩武もなんだか急に眠気を感じた。部屋の明かりを消して、そのまま歩武も眠りについた。自分の家に居候することになったウサギに無意識に名前を付けていたことに気付くことはなかった。
〇
「お姉ちゃん、朝だよ」
「ううん。後10分……」
「別に今日は土曜日だから、寝てても構わないけど、私は出かける用事あるから、先に起きるよ」
「ミコ?」
うっすらと目を開けると、そこにはミコの呆れたような顔と、その後ろに見知らぬ顔が二つ見えた。歩武は慌てて跳ね起きると、ミコに逆に驚かれてしまった。起きないと思っていたらしい。部屋の外を見ると、すでに日が高く昇っていて、部屋に光がさしていた。
「ええと、昨日はミコたちが寝ているのを見て、私も眠たくなってそのまま」
「そうそう。あまりにもぐっすり寝ているから、こいつの警戒心ってやっぱりないんだなと思ったわ」
「僕も思いました!歩武さんはもっと他人や僕たちみたいな存在を警戒した方がいいです!」
歩武が目を覚ましたことで、ミコの後ろの二人も次々と歩武に話しかける。そこでようやく、彼らが人間ではなく、先日見かけた捨て猫と中庭で見かけたウサギであることに気付く。
「お、おはよう。セサミに、アル」
「お姉ちゃん!」
「昨日はありえないと思っていましたが、僕に名前を付けてくださったのですね!」
「やっぱり名前を呼ばれると嬉しいものだな」
名前を呼ぶのは無意識だったが、彼らに喜ばれたので、これからは積極的に名前を呼んでいこうと、ひそかに心の中で思った歩武だったが、それを快く思わない者が一人いた。
「お姉ちゃん、もしかして、今の名前って、もしかしなくても、そこにいる猫とウサギのことだよね」
「う、うん。せっかく一緒に住むことになったんだから、名前は必要かなと思って。勝手に名前をつけちゃいけなかったかな?」
『迷惑ではないよ(ぞ)』
ミコに言われて、はっと自分のした行為を振り返る歩武に、名前を付けられた二人は首を振って否定する。しかし、ミコの言葉は続いていく。
「名前を付けるという行為は、人間が思っているより、複雑で繊細な行為なんだよ。ほいほいと名付けちゃいけないの。自分のペットならまだしも、歩武にとっては得体のしれないあいつらに、なんでそう簡単に」
「だって、名前を呼ばれないのは寂しいでしょう?」
「寂しい?」
歩武は自分の名前に対する思いをミコたちに話すことにした。
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