4視えるようなったもの
「トントン」
捨て猫である目の前の少年の過去を聞いた日のことを思い出していると、歩武の部屋をノックする音が聞こえる。慌てて思考の海から現実に戻ってノックした相手に声をかける。部屋をノックする相手など両親かミコしかいない。
「ミコでしょう?宿題をやっているだけだから、入ってもいいよ」
ガチャリ。
歩武の返事を聞くなり、すぐにドアが開き、歩武の妹が顔を出す。
「毎回、よく当てられるよね。私以外にもお姉ちゃんの両親だって部屋を訪れることもあるのに、どうして私だってわかるの?」
「それは、まあ、ミコは足音を立てないで歩くことが多いでしょう?だから、何も音がしなかったのに急にドアをノックされたら、ミコかなって。お母さんたちは階段を上る音から大きいから、音でわかる」
「音、ねえ。まあいいや。お姉ちゃんが私のことを気にかけてくれていると思うことにする。それはそうと、結局、こいつを家に置くことに決めたんだよね」
部屋に入ってきたミコは勝手に歩武のベッドにダイブした。そして、我が物顔でゴロゴロとベッドの上で転がり始めた。あきれたように歩武が見つめるのも気にしていない様子だ。そのままの状態でミコは何気ない様子で、歩武が気にしていることを直球で問いかける。歩武の悩みの種となっている猫耳少年は不機嫌そうに部屋の隅でうずくまり、歩武たちの会話に耳を傾けていた。
「セ、セサミのことは、私が面倒を見ることに決めたの。この世の中の人間すべてがセサミの元飼い主のようなひどい人間じゃないでしょ。捨てられたセサミを拾わない非情な人間ばかりでもない。動物を大切にしている人もいるんだってことをわかってもらおうと」
歩武はミコに自分の今の気持ちを伝えようと必死に言葉を紡いでいく。
「やっぱり甘いなあ。お姉ちゃんは。そんなだから、変な奴らに取り憑かれたり、目をつけられたりするんだよ」
「わ、わかっているけど、あんなものが視えてしまったら、私にできることがあるんじゃないかって」
歩武の目に映る景色は、セサミが家にやってきてから急激に変化した。今まで視えていなかったものが突然、視えるようになった。
「やっぱり、見えるようになっちゃったかあ」
「それはオレのせいだけじゃない。お前の力とオレの力が合わさって視えるようになったんだ」
懸命に言葉を探して自分の今の素直な気落ちを伝えようとしているのに、妹のミコには伝わっていないようだ。それどころか、歩武も気になってはいたが触れていなかったことについて言及し始めた。それに便乗して、今まで口を閉じていたセサミも口を開く。
「あの、私の話を聞いて」
「お姉ちゃん、ごめんね。視たくないものが視えてしまって怖かったでしょう?そのせいでお姉ちゃんが他の人間からいじめられるようなことがあったら、今度こそ私は」
「べ、別に私は彼らが視えることで、いじめられるようなことはないよ。むしろ、セサミみたいな霊を救えるかもしれないって思ったの」
歩武はここ最近見た光景を思い出す。それは、自分が思っている以上に彼女に大きな影響を与えていた。
○
最初に異変に気付いたのは、少年に出会った次の日の登校時間のことだった。その日、ミコはクラスの係りの仕事があると言って、先に家を出て学校に行ってしまった。
「行ってきます」
歩武とミコが一緒に登校しないことは珍しい。小学校のころからずっと、一緒に登下校するのが当たり前となっていた。中学校でもそれが日常となっていたので、一人での登校が歩武には新鮮に感じた。
母親に挨拶して家を出る。隣に妹のミコがいないため、当然話し相手はいない。一人黙々と通学路を歩いていると、視界に見慣れぬものが通り過ぎた。思わず足を止めて、目を凝らして確認すると、それは鳥のような半透明の何かだった。
「カーカー」
カラスの声が遠くから聞こえる。鳴き声につられて視線を声のした方に動かすと、そこには黒い、よく見るカラスが電線に止まっていた。そして、歩武が見た見慣れぬ半透明の鳥のようなものも隣に足をかけて止まっていた。
「ねえ、お母さん。あのカラス、一羽で寂しそうだね」
「そうかな。仲間が来るのを待っているのかもしれないよ。あっくんも、幼稚園の仲間が待っているから、早く幼稚園にいきましょうね」
「うん」
どうやら、歩武には見えている半透明の何かは、他の人には見えないようだった。歩武はもう一度目を凝らして、電線に止まっているカラスを見る。しかし、すでにカラスは飛び立ち、半透明な存在も黒い通常のカラスも電線から姿を消していた。
○
「おはよう。遠野さん」
「お、おはよう」
カラスのことで頭がいっぱいになりながらも、歩武は学校に到着した。玄関で靴を履き替えていると、同級生に声を掛けられる。最近は、ミコの影響なのか、名前を馬鹿にされることなく、普通に話しかけられ、多少の会話をクラスメイトとできるようになった。
「ねえ、最近、中庭の花壇が荒らされているみたいだけど、遠野さんは知ってる?」
「花壇が荒らされる……」
「その反応だと知らないみたいだね。なんか、誰もいないのに花壇の花がぐちゃぐちゃにされているんだよ。最初に見つけた生徒が美化係で、一生懸命に植えた花が台無しになったとかで先生に訴えたら、その後がどうにも不気味でさ」
世間話をしながら二人は教室に向かう。その間にも歩武は不思議な出来事を目の当りにしていた。
「アレ?」
「……ってことがあってさ。誰もいないのに荒らされるってやばいよねえ。花壇に置かれた監視カメラには誰も映っていないから、これはもう怪奇現象っていいよね」
「高木さん、学校にペットを持ち込んじゃ……。いや、何でもない」
「私の話し、聞いていた?いきなりペットとかドウシタノ?」
「別に、肩に何かゴミがついているみたいだから気になって。それで、不気味な話って何」
歩武は廊下を歩きながらも、ある一点を凝視していた。歩いている途中で突然、隣を歩いていた同級生の肩に半透明な何かが姿を現した。朝見た半透明の鳥と同じようなものに思えた。彼女の肩の存在も、他の人間には見えていないようだった。歩武は目をこすって確認したが、何度見ても同級生の肩に何か乗っている。
それは、何かの動物に似ているように見えた。いったい何に似ているのか。同級生の話を聞き流しながらも懸命に考えるが、しっくりくる動物が思いつかない。
「急に私の肩にゴミがついているって、そんなわけないでしょ。あっ、もしかして私の肩に幽霊でも見えた?」
「えっ」
歩武のぼうっとした様子に、彼女が冗談めかした言葉を口にする。予想していなかった言葉に思わず驚きの声を上げてしまう。
「ゆ、幽霊。そうか、ゆうれい……」
「まさか、本当に視えているの?いったい、何の霊が遠野さんには視えているの?」
「わからない……。何か動物っぽいシルエットなんだけど」
「動物……。まさか、でも、そんなことはありえない」
同級生の言葉に素直に言葉を返す歩武だが、特に気味悪がられることはなかった。彼女は歩武の言葉に何か心当たりがあるらしく、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
そうこうしているうちに二人は廊下を歩き終えて、教室は目の前に迫っていた。
○
『わかった!』
「おはよう。高木さん?だっけ。おねえちゃんも家ぶりだねえ。それで、何がわかったのかなあ」
二人の声がハモりを見せたところで、急に隣の教室から妹のミコが出てきて、歩武たちの前に立ちふさがってきた。何やら不機嫌な様子で二人に問い詰める。笑顔なのに不機嫌だとわかるのは、目の奥がまったく笑っていないこと、口調がまるで尋問しているかのような圧があったからだ。
「おはよう。ええと、遠野さんの妹さん、だったよね。わかったっていうのはその」
「ミコ、私のクラスメイトを脅すのはやめて。私は彼女と世間話をしていただけで、いじめられてもいないし、傷つけられてもいないよ」
「だとしても、私が知らないところで、二人で意気投合しているのを見るのは嫌。世間話なら、何がわかったのかを私にも話してくれるよね」
どうしても、歩武と同級生がハモったことが気に入らないらしい。特に秘密にするようなことでもないが、なんとなく歩武はミコに話しにくかった。それでもしぶしぶ口を開きかける。
「あのね、実は」
「ねえ、あなた、家でペットを飼っていたことある?」
しかし、それはミコに遮られてしまった。歩武も口にしたペットという単語に、びくっと身体が反応してしまう。ミコには同級生の肩にいる存在が見えているのかもしれない。漠然と思った歩武だが、口にすることはなかった。それよりも、肩の存在の正体がわかりそうなことに興味がわいた。黙ってミコと同級生の会話に耳を傾けることにした。
「ペットって、さっきも遠野さんが口にしたけど、二人の中で流行っているの?」
「いいから、さっさと答えなさい。もうすぐ予鈴が鳴るんだから、さっさと答え合わせをしましょう」
「よくわからないけど、まあ、隠すことでもないからいいけど。私が飼っていたのは」
「キーンコーンカーンコーン」
タイミング悪く予鈴のチャイムが鳴り、その話はここで中断となってしまった。ミコが廊下のスピーカーに舌打ちするがどうしようもない。廊下でいつまでも話したら、担任がやってきて注意されてしまう。
「タイムアップね。いいわ。昼休みにでも詳しいことを聞きましょう。もちろん、お姉ちゃんと私、あんたの三人でじっくりと」
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