2捨て猫
「にゃー」
それを見つけたのは、5月の連休前のことだった。中学生になると部活動が始まるが、まだ体験入部の時期だったので、歩武はその日も部活を見学することなく、放課後はすぐに帰宅していた。どの部活に入るのかは決めていなかったが、ミコがおすすめする部活にでも入ろうかと楽観的に考えていた。きっと、妹も歩武と同じ部活に入りたがるだろうとも思っていた。
ミコと一緒に帰宅しようと隣の教室を覗く。今日は日直だったのか、真剣な顔で学級日誌を書いている妹の姿を見かけたため、歩武は一人で帰宅することにした。そこで猫が捨てられている現場を目撃するのだった。
「かわいそうだけど、うちでは飼えないしなあ。ごめんね。誰か、心優しい人が拾ってくれるのを待っていてね」
帰宅途中に不自然に置かれた段ボール箱を見つけた。川沿いを歩いていたら、歩道の真ん中にその箱は置かれていた。これでは歩く人、自転車で通る人の邪魔になるだろう。興味本位で箱の中を覗いたら、猫の鳴き声がして、中には小さな白い子猫が入っていた。全体が白い毛でおおわれていたが、耳の部分と尻尾の先端だけが黒かった。
いつから置かれているのか、子猫は衰弱していた。朝は見かけなかったが、目を閉じてかすかに鳴き声を上げるだけで、一晩もしたら死んでしまうだろうと予測できるほどに弱っていた。
とはいえ、歩武は子猫を家に連れて帰ることはしなかった。歩武の両親は猫が大嫌いだった。自分の家の庭で野良猫が我が物顔で歩き回り、糞尿をまき散らしていく姿を見ていたら、そう思うのも無理はない。
中学生の歩武はそこまで猫が嫌いなわけではなかったが、両親の気持ちを考え、なくなく子猫を家に持って帰るのを断念した。
○
「うわあ。こんな人目の付く場所に堂々と捨てる人がいまだにいるんだあ。とはいえ、うちには到底もって帰れないしねえ」
歩武が見つけた子猫を妹のミコも帰宅途中で目撃した。ミコも自分の両親が猫を嫌っていることを知っていたため、拾って持って帰ることはしなかった。しかし、それ以外にも猫を拾わない理由が彼女にはあった。
「ごめんねえ。私の家はもうすでに定員オーバーなんだよね。誰か、心優しい人が現れるのを待つか、もういっそ、現世はあきらめて来世に期待した方がいいかもね」
子猫の目線に合わせてしゃがみこんで話しかける姿は、人々の注目を浴びていた。しかし、誰も捨て猫と中学生の間に割って入る者はいない。
「じゃあね。運が良かったらまた会いましょう?」
ミコもまた、子猫を拾うことはせず、そのまま帰宅した。
○
「ねえねえ、ミコ。帰りに捨て猫が入った段ボール箱を見かけなかった?」
ミコが帰宅すると、姉の歩武が挨拶もなしに話しかけてきた。
「さあ?見かけなかったかな。もし見かけたとしても、拾って持って帰れるようなうちじゃないから、どうしようもないけどね」
「そ、そうだよね。でも、見かけなかったんだ。よかったあ。誰か、心優しい人が拾ってくれたのかも」
「そんなに猫が心配だったなら……」
「いなかったってことは拾われたってことだから、もう、その話は終わりにしよう。そうだ!ミコはどの部活に入るか決めた?私は特に興味がわいた部活がなくて、できればミコと同じ部活に入りたいんだけど」
歩武はミコが猫の入った段ボールを見かけなかったことに安堵していた。そのまま、話題を変える姉の様子にあきれたミコだが、表情に出さないように気をつけながら、何事もなかったかのように会話を続ける。
「まったく、お姉ちゃんは他人任せだねえ。私は……」
結局のところ、この姉妹は互いに依存しあって生きてきた。これからも、それが続くのだと二人は勝手に思っていた。
しかし、それはただのまやかしに過ぎないとわかる出来事がすぐそこまで迫っていた。
○
「なあ人間、お前はオレを見捨てたな。そのせいで、オレはこの世から去ることになった。お前がオレを拾ってくれさえすれば、オレは」
歩武の目の前には猫耳と尻尾を生やした美少年が不機嫌そうに立っていた。髪が黒と白の混ざった変わった色合いをした、瞳の色が金色の少年だが、どこかで見たことのある気がした。少年の言葉と照らし合わせ、歩武は自分の予想を口にする。
「もしかして、先週、私が見かけた段ボールに入れられていた捨て猫さん、ですか?」
「ふうん、少しは勘の働くやつだな。だが、そんなことはどうでもいい。オレはあの後……」
歩武の予想の見事に当たっていた。しかし、猫がケモミミ美少年になることは漫画やアニメの中でしかありえないと思っていた。とはいえ、夢なら何を言われても、何が起こっても不思議ではない。歩武は今起きている現象は夢だと考えることにした。
猫耳を生やした美少年は歩武が別のことを考えているとは知らず、自分に起きた出来事を話し始めた。まるで自分が悲劇のヒロインであるかのような悲壮感たっぷりの話し方だったが、聞き手は歩武一人で、彼の話を適当に聞いていた。
「……ということで、オレはそのまま誰の手にもわたることなく、保健所とかいう場所に連れていかれた。そして、安楽死という、人間からしたら苦しまなくても済む方法で殺された。だからこそ、オレは決意した!」
「夢を見るってことは、私はそんなにあの猫のことが気になっていたんだ。でも確か、ミコが帰る頃には、すでに捨て猫の入った段ボールはなかったって言っていたような」
「おい人間。オレの話を聞いているのか!」
「えっ?ああ、聞いてる、聞いてるよ。あなたが段ボールに捨てられていたネコさんで、何でか知らないけど、私の夢に出てきたってことだよね?だとしたら、私の取り憑くのが目的?でも、あなたを見捨てた人は私以外にもたくさんいたよね。どうして、私の夢に出てきたの?私は特に霊感が強い人ではないし、家系的に視える人はいなかったと思うけど」
「全然、オレの話を聞いていないなお前。別にお前じゃなくても、オレを見かけて無視した奴は大勢いた。だがな、どうやら最近の人間は、霊が視える奴がめっきり減ったらしい。だから、オレのことが視える奴もなかなか見つけることができなかった。だから」
「私はその珍しい人だったわけだ。でも、どうして?」
「それはきっと、お前の近くに……」
○
「ジリリリリリ!」
バチン、目覚ましの音で歩武は目が覚めた。辺りを見渡すとそこは見慣れた自分の部屋で、歩武はパジャマを着てベッドで寝ていた。いつも通りの光景でほっとしたが、ほっとするのはまだ早かった。寝起きで周りをよく確認できていなかった。
「あいつ、よくもオレの言葉の邪魔をしてくれたな」
「アレ?私はまだ夢を見ているのかな?目の前に猫耳美少年がいるんだけど」
パジャマからスウェットに着替えようとベッドから降りるときに、自分の部屋に他人がいることに気付いた。視界に猫耳が入った瞬間、夢の内容を思い出し、思わずつぶやいていた。
「残念ながら、夢じゃないんだな、これが。おい、お前は確かチュウガクセイとかいう奴だろう?さっさと起きないと遅刻するぞ!」
歩武は二度寝をしようと決めて布団をかぶって目をつぶろうとするが、夢だと思う元凶に邪魔されて失敗する。
「ほ、本当に夢じゃないとしたら、どうして私の目の前に猫耳生やした少年がいるの?幽霊なんて見えないし、霊感とかもない家系だって、夢でも言ったでしょう?」
「昔はそうだったかもしれないが、今はそうじゃないと思うぞ。何せ、お前の近くには飛んでもない奴がいるか、ら」
「おはよう!お姉ちゃん。そろそろ起きないと、朝ご飯食べる時間が無くなるよ!あれ?変な猫が一匹部屋に紛れ込んでいるようだけど、どうしてかなあ」
少年の意味深な言葉に首をかしげていると、歩武の部屋のドアがいきおいよく開き、そこから妹のミコが朝から元気な声で歩武に話しかける。
「あ、あれ、ミコにもこの少年が視えているの?もしかして、ミコも霊感があるの?」
「ま、まあ、そうかもね。とりあえず、こいつが邪魔だっていうのなら、追い払ってあげる。そもそも、私がお姉ちゃんの夢から追い出したはずだけど」
どうして、お姉ちゃんの部屋に来ちゃったのかなあ。
何やら、歩武にはわからない言葉をつぶやきながら、ミコが猫耳少年に近づいていく。それと同時に猫耳少年も一歩ずつ、ミコから距離を取ろうと、一歩ずつ後退していく。
「お、お前だってオレと変わらないだろう?今更、一匹くらい増えたくらいで、どうってことないはずだ」
「オレと変わらない?」
「ううん。捨て猫ちゃん。そろそろそのうるさい口を閉じてくれないと、お前のそのちっぽけな存在ごと消しちゃうけどいいのかなあ?せっかくこの世に残っているのにもったいないねえ、やりたいことがあるんでしょう?」
先ほどから、この二人は何を話しているのだろうか。歩武は二人の話についていけず、戸惑っていた。それでも、気になる言葉を問い返すも、二人は歩武の言葉を無視して、会話を続けていく。
「当たり前だ。オレは、人間への復讐を考えている。そのためには、誰か手ごろな人間の家で機会をうかがう必要がある」
「人間に復讐するのに、人間の家に居なくちゃいけないなんて、本末転倒ね。ここにいたら、人間が好きになっちゃって、復讐どころじゃなくなるかもしれないわよ」
「だとしても、こいつしかオレが死んだ近くで、取り憑けそうなやつが見つからなかった」
「まあ、それはそうね。これは私の影響だと思うけど」
「ねえ!」
歩武はこれ以上話を聞いていられないと、先ほどよりも声を大にして二人に話しかける。そして、今が朝の忙しい時間帯で、自分たちはこれから学校に行く必要があることを思い出す。
「ミコ、私を起こしに来てくれたんでしょう?学校に行く準備しなくちゃ。このよくわからない少年と話している時間はないは」
「確かに時間の無駄ね。でも安心して。時間については私が操作しているから、問題ないわ。そうそう、私たちは学校に行かなくちゃいけないことをすっかり忘れていた」
「お、オレはお前なんかこわくないからな。こいつが許可するまでここに居続けてやる」
じゃあ、こんな奴放っておいてさっさと行こう。
ミコが歩武の手を引き部屋を出ようと促すが、歩武はその手を振り払い、猫耳少年と対峙する。
「ねえ、あなたは本当に私が見かけた捨て猫さんなの?」
「そうだといってもお前は信じないだろう?」
「信じないとは言っていない。あなたのその髪の色合いとか金色の瞳に猫耳と尻尾からは想像はできないことはない。だから」
あなたがこの世に残り続ける理由を教えて。
なんとなく、ミコに聞かれないように少年の耳もとでこっそりとささやく。そして、慌ててミコのもとに戻り、部屋を出ていく。
ガチャリ。
ドアが閉まる音がやけに大きく部屋に響き渡る。
「あいつ、お人好しだな。まあ、だからこそあいつが」
猫耳少年も歩武の部屋を出る。そして、歩武たちに気付かれないように、こっそりと歩武たちの様子を観察することにした。
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