分かりたい。分からない。分かり合える?教えて
行く当てもなく飛び出していったが、あの人のように合理的な判断があるわけではない。この時間ではショッピングモールも閉まるだろうし、漫画喫茶などに行く金はない。
部屋着のまま家を出たせいで、曇った秋の夜の寒さが体にこたえる。
仕方なく近くの公園のベンチに座ると、途端に後悔が沸き上がってくる。ポケットでスマホが震えた。すがるような気持ちで相手を見てみれば、あの人の名前が表示されている。
「量さん……。」
電話に出たところで、何の話をするというのだろうか。
弱ったあの人を見慣れてしまったせいで、子供で女の私でもあの人を救えると勘違いしてしまった。つけあがってしまった。思い上がってしまった。
またスマホが震える。今度は姫蘭からだった。
唯一私が頼れる友人からの連絡に、思わず感極まって通話をつなげた。
「はるちゃん!?今どこ。」
「近くの公園……。」
焦ったような彼女の声から察するに、量さんが事情を説明しているのだろう。心底安堵した様子で「よかった。」と呟くと夜中に飛び出すなんて危ないことをするなとお説教をされてしまう。
姫蘭の本気の心配に体の芯が温かくなった。
「とりあえず、量お兄ちゃんとは顔を合わせにくいと思うから、うちにおいで。迎え行くから!!」
「いいの?迷惑じゃない……?」
「当たり前じゃん。友達が困ってるのに、迷惑とか関係ないよ。」
いままでは、非合理的だからと、父親から交流関係を制限されてきた。けれど、今は私の身を本気で案じてくれる大切な友達がいる。姫蘭が合理的かと聞かれれば違うだろう。
けれど、非合理でも大切だし、合理が正しいとも限らないことを教えてくれた。
「はるちゃん!!無事でよかったぁ!!」
「姫蘭ちゃん。」
駆け寄ってくる彼女を抱きとめようと立ち上がると、ギュっとほほをつままれた。そのまま額を合わせられる。間近に彼女の整った顔がやってきてドギマギしてしまう。
一歩間違えればキスをしてしまいそうな距離だ。
「お願いだから、もう二度と、こんな危ないことをしないで。」
「うん。ごめんね。」
彼女に連れられ獅子龍家まで向かう。至って普通の民家といった様子で、どこにでもある
「さぁ、上がって上がって。」
姫蘭に誘導されるがまま、彼女の部屋まで向かうとすでにお菓子や飲み物の準備が整えられており、部屋着姿の光が眼鏡を掛けてパソコンとにらめっこをしていた。
「え……?」
驚いて姫蘭の方を見ると、「アハッ」と可愛らしく笑った。
「あ、はるちゃん。やっほー。」
「うん。……って、なんで光がここに?」
「はるちゃんのお説教、兼、お泊り的な感じ。」
だが、机に乗ったお菓子から察するに、私へのお説教などというのは建前なのだろう。むしろ、その程度の軽さであった方が心地いい。
「はるちゃん、喉渇いたでしょ?乾杯しよー。」
「ほら、グラス持って。」
「うん。」
カチンとグラスをぶつける音が響いて、お泊り会が始まった。適当な雑談に興じていると、いつの間にか量さんのことも忘れてしまう。そうして、夜も更けていってパーティもお開きになった。
「あれ、姫蘭ちゃん、寝ちゃったの?」
「そうみたい。この娘、あんまり夜更かしとかしないから。」
姫蘭の厚意でお風呂を借りて、部屋に戻ると、すでに姫蘭は眠っていた。
光はまだパソコンを触っているが、おそらく仕事をしているのだろう。そこでふと、彼女の方へ向き直って聞いてみる。
「フリーのSEって、どのくらいお金貰えるの?」
「え?まぁ、人によるかな。私の場合は、この世界を教えてくれた先輩から、お仕事貰ってるから、多くても月に8万とか?」
月8万という生々しい金額に顔が引きつる。
「先輩は、たぶん、少ないときでも20万とか稼いでると思う。で、そこから私の分差し引いてって感じ。」
「光と、先輩さんの違いって?」
「やっぱり、自分で仕事を引っ張ってこれると、力量に合せた案件ができるから、手早く終わらせられて数こなせるんだよね。私の場合、勉強中ってこともあって、幅広い仕事を任されるから。」
光の言葉を受けて考え込んでいると、見透かしたような笑みを浮かべて光が口を開く。
「量さんだっけ?その人のこと?」
「ハハハ。バレてるんだ。」
「エンジニア歴何年だっけ。結構長いでしょ?」
「うーん。聞いたことないからわかんないけど、長いと思う。」
「会社ブラックなら、きっぱりやめちゃって、フリーでも食べていけると思う。まぁ、いろいろ事情はあると思うし、確実とは言えないけど。」
「うん。ありがとう。……私たちも寝よっか。」
すやすやと寝息を立てる姫蘭の隣に二つの布団を用意して、寝る準備を整える。けれど、最後に一つ話しておきたいことがあって、立ち上がる。
向かったのは姫蘭の隣の部屋。『白鯨』と札がかかった部屋は姫蘭の兄の部屋だ。
ノックをすると、中から「開いてるでござるよー。」と声が聞こえた。
「失礼しまーす。」
「い、い、泉殿!?ちょ、そこから動かないでほしいでござる。」
女性恐怖症の白鯨は、姫蘭以外の女性が部屋に入ることを許さない。仕方なく部屋の外から話を始めた。
「なるほど、量がフリーでもやっていけるか、でござるか。」
「はい。あの人には、私のために傷つくというのをやめてほしいんです。」
しばらく考え込んだかと思うと、ふっと微笑んで「余裕でござろうな。」といった。
「量殿は、我なんかより優秀であるから、我以上に稼げるであろう。」
「そう、ですか。」
私の決意は固まった。あとは、あの人だけ……。
……to be continued
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