Chapter10:過去と懺悔 ②

「平坂高校の校訓こうくんが『常に積極的に他者へ手を差し伸べるべし。お節介するべし』だから尚更な」

 校訓こうくんなんて在学中一度だって意識しなかったが、それを曲解する輩はいるだろうな。

「これは可愛がりをしない先輩から聞いた話だけど、学校の設立当初こそは他人に優しく面倒見良く、が実践されていたが、徐々に歪曲わいきょくされていって今の有様だそうだ」

「面倒見良くがイジりとなって、しまいにはいじめにまで昇華しょうかしちまったんだな」

「その影響もあって、この学校では昔からいじめが常態化してるんだよ」

 いじめを可愛がりと勘違いした連中が常に幅を利かせてるのは厄介なこった。

「しかも、高校設立当初に在籍していた真っ当な生徒たちは教師になっても平坂高校には着任できないらしい」

「今の学校にとって都合の悪い人材は締め出してるのか」

 平坂高校は生え抜き主義ならぬ逆生え抜き主義、外様史上主義のようだ。

「可愛がりって魔法の言葉だよなぁ。タチの悪い大義名分だ」

 俺が毒づくと平岡も頷いた。

 そいつが誰かをいじめていたとしても、その熟語を出されると強く言えなくなってしまう。なぜなら、本人の中ではいじめの自覚が全くないので、いくら叫んだところで馬の耳に念仏だ。言葉が心まで届くことは叶わない。自覚があって言ってたらいよいよどうしようもないがな。

「先公も先公で、妙なことを口外したら退学させると脅してきやがるしね」

「とんでもない先公だな……」

 原の言葉に激しいいきどおりを覚えた。

「俺らは目が覚めたけど、そうじゃない連中もたくさんいる」

 平岡は憎々しげな顔で窓に視線を向けた。

「だろうな」

 そう簡単にいじめがなくなるなら、社会問題にまで発展しないもんな。

 あぁ、けれど、俺にはそいつらを糾弾きゅうだんする権利は持ち合わせていない。

「偉そうに色々言ったけど、いじめ関連は俺にもブーメランが刺さってるんだよね」

 俺がぽつりとこぼすと、一団が俺の目を見てきた。

「俺も、平岡たちと変わらないからさ」

「片倉君も……?」

 甘田が驚いた表情を向けている。

「あぁ、中学時代にな――――」


    ◎◎◎


 それは、中学時代のお話。

 二年前、中学二年生だった俺は野球に打ち込み、最低限の勉学に勤しんでいた。

 そんな中で――

「おい石崎いしざき、昨日のコント番組観たか?」

「観た観た。あんまり面白くなかったな」

 クラスメイトで友達の石崎って奴がいた。

 部活動には入ってなくてちょっと大人しいけれど、いつも俺の話に嫌そうな顔一つせず耳を傾けてくれて、喋るのが心地良い奴だった。

「マジかよー。俺的には面白かったんだけどな」

「感性は人それぞれだからね」

 休み時間はいつも石崎とつるんでいた。休日もたまに遊びに行く仲でもあった。

 しかし、当時の俺には悪癖あくへきがあって――

「しっかし、相変わらずお前はガリガリのくせして顔だけはデカイよなー」

「出たよ、必殺片倉節。ただのディスりだけど」

「イジりと言ってくれ」

 石崎は肩を落として溜息をく。

「そういうこと言われるとこっちは不快になるって分かってよね」

「おう、気が向いたらな」

 苦言をていされたが、それも軽口の一種なのだと特に何も感じなかった。

 友達だからこそ許される、イジりの境界線の内側。

 だが、この時の俺は考えもしなかった。図らずも一線を越えてしまっていたことを。

 俺は、立派な加害者野郎だったのだ。


(……石崎、今日も学校来てないのか)

 突然、石崎は学校に来なくなってしまった。

 家にも特攻したけど、インターホン越しに母親から面会を拒絶されてしまった。

 そうして石崎と会えなくなって数ヶ月が経ったある日のこと。


「石崎は、家庭の事情で転校することになった」


(………………)

 担任から放たれた言葉に、悪寒が身体中にまとわりついた。

 俺のせいだ。

 俺が執拗しつように石崎の身体的特徴をイジりまくっていたから。

 友達だからこそ、軽口を叩け合えると思い込んでいた。自らを洗脳するように。

 しかし、実際はどうだ? あくまで俺の勝手な主観であって、石崎はどう考えていた?


『そういうこと言われるとこっちは不快になるって分かってよね』


 石崎は警鐘けいしょうを鳴らしていたじゃないか。それを気にも留めず、己をかえりみなかった俺は人の気持ちに寄り添えない馬鹿野郎だ。

 自分だけの勝手な考えで石崎を、友達を傷つけて転校に追いやってしまった――

 いじめの認識はなかった。イジりのつもりで……って、世に溢れてるいじめ加害者は同じことを言ってるだろうな。

 それからというもの、俺は校内では発言に気をつけるようにした。不要なイジりもやめた。

 また、自分から他の生徒と深く関わらないように徹底した。深い関係にさえならなければ、また誰かを傷つける可能性は減るから。

 だから高校でもろくにクラスメイトの名前すら把握していなかった。中学三年間続けた野球も、高校ではやっていなかった。

 極力、人間関係が深くならぬように。


    ◎


 石崎は俺にも何も告げずに転校、音信普通になってしまって。

 奴の気持ちを聞けずじまいのまま、離別りべつしてしまった。

 高校入学までスマホを持たせてもらえなかった俺は当然あいつの連絡先を知らない。

「……そんなことが」

 原は神妙な顔で俺を見つめている。

「けど、高校では人間関係に無頓着だったのが裏目に出た。クラスメイトの甘田の件にすら気がつかなかった」

「………………」

 俺の懺悔ざんげの告白に、一同は口をつぐんでいる。

「俺が甘田にお節介したのも、放送でいじめについて偉そうに説いたのも、全ては償いのつもりだったんだ」

 その程度で過去を清算しようなど、盗人猛々たけだけしいのは重々じゅうじゅう承知している。

 けれど、俺でもできる何かがあればと、ずっとどこか心の片隅で願っていた。

「俺は、どうすればゆるされるんだろうな」

 俺は原や甘田を見て問いかけた。

「あの放送で、いじめられっ子たちに戦う選択肢を用意したつもりだった。けど実際は学校の治安を悪化させただけで、荒らし回って逃げただけに過ぎなかった」

 いじめられっ子の力になるとか豪語しておいて背を向けた。

 俺が乾いた笑みを浮かべると、甘田がゆっくりと口を開いた。

「片倉君を本当に許せるのは、石崎君って人だけ。けれど、片倉君に後悔の念があるなら今はそれで十分じゃないかな。後悔して、反省して。それでもなお良心の呵責かしゃくさいなまれて必要以上に自分で自分を責める必要は、どこにもないと思う」

 穏やかな口調で、俺をさとすように語る。

「片倉君の過去は、石崎君と縁があってまた会った時にでも清算すればいいじゃない」

「甘田……」

「だから今は、過去に執着しすぎないで身軽な気持ちで前を向いてよ」

 いじめられた経験がない奴の言葉だったならば説得力もクソもなかったが、石崎と同じ立場だった甘田の言葉だからこそ、俺の胸に染み込んできた。

「……そう、か」

 俺は、少しはゆるされたと考えてもいいのかな。

「……にしてもお前ら、背中の傷はやりすぎだろ」

 話題を変えるけど甘田の背中の傷。見た目からして加害者の残忍さが伺えるぞ。

「それは、その、本当に悪かったと思ってる。あの時は、自分たちがどれほどの痛みを与えてるか分かってなかったんだ。ブレーキが壊れてたっていうか」

「あれは本当に痛かったよ。二度とごめんだね」

 苦笑する甘田を尻目に、俺は平岡に聞きたいことがあった。

「そもそも、どうして甘田に手を出したんだ?」

 いじめに発展するには何かしらきっかけがある。いじめいじめられの問題においてきっかけは重要な論点となる。

「入学してからずっと一人で自席に座ってたからさ。構ってやればこいつも楽しいだろうなーって軽い気持ちでな。甘田は俺らが何をやっても苦笑いでスルーしてくれたから、つい」

 構ってやってるつもりが次第にエスカレートしていった、と。

「僕も、少しでも怒っていればあんなことにはならなかったのかな……」

 甘田が話す「あんなこと」には、俺の暴走も含まれているのだろうか。

「ともあれ、いつまでも引きずっていたってしょうがない。あの時はみんな幼稚だったんだ。今は違う。それでいいだろ?」

「何もしてない原にいきなり締めくくられるとはな。ドン引き」

 俺の原イジりにその場のみんなが笑った。

 少なくとも、俺がかつて在籍した一年一組はもう大丈夫だろう。

 であれば、本来の目的に移るとするかな。

 職員室に行こう。

 鞄に入っているバインダーファイルを見せつけてやろう。

 この学校の闇は、分かる範囲だけでも早急に削ぎ落したいから。

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