Chapter2:魚もおだてりゃ空を飛ぶ ②
オッサンと漫才もどきの会話を繰り広げながら商店街を歩いていると――――
「おうおう、まーた片倉かよ。本当暇人だな」
うっわ。昨日に続いてまあったクソ市長とご対面ときちまったよ。
しかも、今回は隣にミルライク議長までいやがる。
ミルライク議長はマッチョな肉体で、顔には常に馬マスクを被っており素顔は不明だが、外見以上に壊れた人格の方がインパクトが強い。そのヤバさは市長に匹敵するレベルだ。あと名前も日本人離れしていて大概おかしい。
「ミルライク議長も一緒でしたか。二人揃って何してるんですか?」
こめかみがピクピクと反応するのをこらえて聞いてみた。
「はぁん? 商店街の視察に決まってんだろ。なーに言ってやがんのよ」
市長はやれやれとお手上げのポーズをした。嫌味ったらしくてマジでうぜーな。
「そして俺様はぁ!! そんな市長のサポートをしている!! ミルライク議長だっ!!」
声でっか。あと唾が俺の顔に付着したんですけど? 精神的苦痛を伴ったんですけど? おまけに唾液くっさ。
「いつも思いますけどすごい名前ですね」
偽名じゃないだろうな? 公務員の立場の人間が偽名だったら大問題だぞ。
「いやお前議長じゃねぇし、ただの窓際族だし」
市長もミルライク議長の扱いに困っているのか、前頭部を掻いている。
「それはバラしちゃいけませんぜ!!」
ミルライク議長は自分で勝手に議長と名乗ってるだけで実際には役職のない、ただのうだつの上がらない中年だった。前から知ってたけどね。
けれど議長って呼ばないと情緒不安定すぎて何しでかすか分からないんだもん。俺もまだ死にたくはないので。
「俺が忖度してるから役所にいられるんだぞ。俺が市長の座を降りたらお前も肩叩きだろうな」
市長が消えれば議長も首を切られるのか。いいこと聞いた。実現すれば一石二鳥だ。俺にできる策なんざないんだけどな。
「そんな
「そう思うなら一人称くらい直しやがれ」
市長はミルライク議長に視線だけを向けて続ける。
「今日だってなぁ、
「うっす!! 市長のためならば、俺様手段は選びませんぜ!! たとえ火の中水の中!!」
うっわぁ。癒着の現場を眼前で目撃してしまった。心底腐った奴らだ。引くわー。
「さてと、引き続きサボり――否、視察の続きだ。行くぞ」
今、ポロっと本音が漏れたよな? 録音しとけばよかったなぁ。
「イエス市長!! おい
うっせえな。商店街の方々が何事かと窓や店の入り口からこちらの様子を見守ってるじゃないの。ちったぁ周りの迷惑を考えやがれ。仮にもお前ら市役所の人間だろ。あと俺は片倉ね。
こうしてウザい二人組から解放され、
なお、オッサンは俺が二人に絡まれてる間も意に介さずに一人捜索を続けていた。
マイペースな人だぜ。
◎
探すこと数時間。
今は住宅街の坂道を歩いている。日も沈みかけてきた。
「これ以上探してもキリないだろー」
平坂市の面積は特別狭いわけでもないため、闇雲に街を流していても見つかるはずがない。標的が移動してるなら尚更だ。そもそもそんな生物は幻だと思ってるが。
「諦めるな! 最後まで諦めずに信じ突き進んだ者だけに、栄光は待っている!」
どうしよう。コイツどこかでワンカップ酒でも飲んで酔っ払ったのかな? 全く諦める気配がない。
「こうなったら――」
俺は
そして
白紙で作った魚とその辺に落ちてた木の枝を糸で結びつけた。あとは実行するだけだ。
オッサンの元へと戻り、坂の上に駆け上がって、
「空飛ぶ魚だ!!」
オッサンに聞こえるように叫んだ。
ほれ、これで満足してくれ。
「………………」
オッサンは無表情で宙を舞う魚を見つめている。
どうだ? 感動で声も出ないか?
「おい、下らないおもちゃで遊んでないで探せ」
……というのは俺の
「騙されませんでしたか」
「ちゃちな作り物に引っかかるほど俺はアホじゃない」
思考は大概アホだと思いますがね。さすがに直接は言えないけど。
俺の思惑はあっけなく失敗に終わったのだった。
うーん、無念。
◎
再び河川敷に戻ってきた。
犯人は現場に戻ることも多々あるらしいからな。空飛ぶ魚は犯罪者でもなんでもないけど。ついでに言えばここが現場かも定かではないけれども。
「さすがに限界ですね」
「そうだな……手伝ってもらって悪かっ――」
オッサンの言葉が途切れる。
何事かと振り向くと、オッサンは、
「空飛ぶ魚だ……ついに、この目で拝むことが叶った……!」
「えっ――?」
にわかに信じられない
オッサンの視線を追いかけると、そこには確かに空を羽ばたく生物がいた。
それは白鳥のように白く、綺麗な羽を羽ばたかせて――――
「思っくそ鳥やんけ!?」
それも白鳥そのものだよね~。
「まさにアレこそが空を飛ぶ魚!!」
「めっちゃ鳥ですよね!?」
なぜ白鳥が魚に見えるんだろう。何者かによって洗脳されたのかな?
(やっぱ、魚じゃねーじゃん……)
魚を探せと言われても、正体が鳥じゃ見つかるはずがないわ……認識が食い違ってるんだか
ら。
結局、魚が空など飛べるはずがないのだ。
「バカ野郎! アレが鳥に見えるのなら、お前眼科行け!」
「この人、何十年と生きてきて白鳥知らないのか??」
あんたこそ、心療内科もしくは脳神経外科で診てもらうべきだろ。ひええ、怖い、マジ怖いよぉ。誰か助けておくれよぉ。
「まさか、小学校を四十年以上留年してるんじゃなかろうな……?」
小学校は義務教育で留年はありえないけど、ここは魔境平坂市。何が起こっても不思議ではない。なんでもアリの街だし。あと小学生でも白鳥は知ってると思う。
「これで日本中の少年少女に夢を与えられる……!」
オッサンは満面の笑みで幸福に満ちたオーラを前面に出している。目には涙を浮かべており、感極まっている模様。水を差すのはさすがに悪いな。
「未来ある若者たちよ、お前たちは全員、将来の希望の光だ!」
ものすっげぇ良い顔でものすっげぇ良いこと言ってるけど、実情はただの痛いオッサンの
「そうだ、礼を渡そう。ほれ」
「はぁ」
オッサンからお礼の品を受け取る。
「これは何の石ですか?」
「綺麗な天然石だ。河川敷に落ちてたのを拾ったんだ」
「つまり、ただの綺麗な石ですか」
報酬としてはショボいが、組員に狙われるような妙な硬貨とかよりは幾分かマシだな。
「いやはや満足――おや、バイト先から電話だ」
オッサンはガラケーを取り出して電話に出た。
そのガラケー、十年以上前のモデルだな。よく電池パックが持つな。
「はい――え? 今日シフトなのになぜ出勤しなかった?」
あちゃー。オッサンは白鳥探しにうつつを抜かしてバイトをバックレてしまわれた模様。
「いやぁ、空飛ぶ魚を探しておりましてぇ――――はい? 熱なら休んでも構わないけど連絡はくれ? 熱はありませんよ、ハハハ……」
空飛ぶ魚を探してたとか、報告された側は普通はそんな反応になるよね。
改めてオッサンの奇想天外ぶりを再認識したのであった。
満足したオッサンと別れ、河川敷を上流に向かって歩く。
「大体、空を舞う魚なんて……――――!?」
存在するわけがないと思った刹那、白い魚が俺の横をすり抜けていった。
そしてそのまま空の彼方へと飛び立っていった。
…………マジモンの空飛ぶ魚じゃねーか!!
「この街って不思議いっぱぁ~い!」
今の魚を平坂市の七不思議の一つとして語りでもすれば軽い町おこしになるのでは? と少しだけ思うのだった。
マジでなんでもありだね、平坂市。
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