第三出動 時雨月花 ③

    ●●●


「うむうむ。デートは順調に進んでるな。なぁ鉄平よ」

「そうか? 無言で本読んでるだけじゃん。意味があるのか分からないぞ」

 真紀と鉄平は図書館内の別の席から二人の様子を伺っていた。

「さっきのラーメンは美味かったなー」

「わたしにはあのジャンキーさは合わなかったぞ」

 真紀と鉄平は二人の待ち合わせからずっと尾行していたのだ。

 銀次が感じていた視線の正体もこの二人だ。

「それにしても真紀、オメーさ」

「なんだ?」

 鉄平は真紀の顔や服装をまじまじと眺める。

「化粧とお洒落してると滅茶苦茶可愛いじゃねーか。普段からそうすりゃいいのに」

 常日頃バカにしている真紀の化けっぷりに、鉄平はいたく戸惑っている。

 普段の真紀はすっぴんにボサボサの髪、私服はパーカーにダボダボのスウェットパンツ姿なのでギャップが著しい。

「服は姉の中学時代のお下がり。メイクも姉にしてもらっただけだわ。全ては変装のためだ」

 鉄平が称賛するも、真紀は意に介していなかった。

「なぁ真紀、抱いてもいいか?」

英世ひでよさん一枚で検討しよう」

 真紀は人差し指を立ててウインクしてきた。

「検討するだけかよ!? つか、自分を安売りすんなよ」

「安売りって、ハグするだけだろ?」

「……オレはオメーの将来が心配になったよ」

 ぽかんとして首を傾げる真紀に、鉄平はただただ彼女が自分を安売りしないか気がかりでどうにもならなかった。


    ●●●


 微妙な雰囲気が漂ったまま、銀次と月花は図書館をあとにして喫茶店の中に入った。

 銀次はアイスティーを、月花はロイヤルミルクティーを注文した。

「なぁ時雨」

「うん?」

 月花はロイヤルミルクティーを口にしながら首を傾げた。

「どうして立川のことが好きなんだ?」

 銀次は自分が立川であることを放棄して、月花の初恋について踏み込んでみた。

 月花はコップにささったストローを二回転させると、

「つまらない話になっちゃうけど……」

「聞かせてくれるのなら、それでもいい」

 銀次に馴れ初めを語りはじめてくれた。


    ○○○


 私が中学一年生の頃だった。

 友達がいなくて、そればかりか女子からはいわれのない陰口や嫌味を言われ続けていた私は教室にいたくなくて、昼休みになればいつも昼食もとらずに逃げるように図書室に向かっていた。

(はあぁ、天国だぁ……)

 図書室は校内唯一のオアシス。安寧あんねいの地。ここに来ると一気に緊張の糸が切れる。

 立川君は当時から図書委員で、昼休みは度々図書室で本の貸出の仕事をしていた。

 彼のことは当時から顔と名前は知ってたけど、それ以上の関心は湧かなかった。


(帰ろう……)

 放課後になると、部活にも委員会にも入っていない私は学校に残る理由がないのでそそくさと下校するのが日課だった。

 そんなある日のこと。

 駅の改札口まで来てはっとなった。

(パスケースが、ない……?)

 落としたのかもしれない。

 私は歩いてきたルートを戻って地面をくまなく探すけれど、見つからない。

 何度か私の姿を見た男の人が声をかけてきたけど、ぎらついた表情に危険を感じたため、全て「大丈夫です」と突っぱねて一人で探し続けた。

 けれど、見つからなかった。

(お母さんに迷惑かけて、怒られちゃうな)

 でも、お母さんは――

 心に黒いもやが生まれそうになるのを強引に消し飛ばす。

(交番に行ってみようかな)

 世知辛せちがらい世の中で、他人のパスケースをわざわざ誰かが届けてくれている希望は持ってはいないけど、行かないよりはマシだ。

 いずれにせよ、お巡りさんに遺失いしつ届を提出する必要もある。


「ああっ、パスケース! 先ほど届いたよ」

「……ええっ!?」

 交番に辿り着いてお巡りさんに事情を説明すると、自分のパスケースが届けられていたことにびっくり。

「拾い主は立川勇人って大星おおぼし中学の男の子だ」

 それって……。

(立川君が、届けてくれたんだ……)

 よく図書室で顔を合わせる程度の男の子だけど、見知った人が親切に交番まで届けてくれた事実に目頭めがしらが熱くなった。

「立川君は時雨さんの知り合いかい?」

「は、はい」

「同じ学校なら、明日にでもお礼を言ってあげてね」

「はい……!」

 私は立川君が届けてくれたパスケースを二度と失うまいとぎゅっと胸に抱いた。


「あ……あのっ、立川君」

「あっ、時雨さん」

 翌日。

 この日の立川君は図書委員の仕事がないため、私は震える足を無理矢理働かせて立川君のクラスまでおもむいて廊下に呼び出した。

「昨日は、パスケースありがとう。助かった、よ」

「いえいえ、本人に届いてよかったよ」

 立川君は完全に善意だけで行動してくれたと分かる。

「今日、直接渡そうか迷ったけど、もしかしたら交番に行くかもと思って。予想が当たって安心したよ」

「もし、昨日見つからなかったら、歩いて家まで帰らなきゃ、いけなかったよ……」

 大星おおぼし中学では登下校中の買い食い防止のため、財布の所持を禁止している。だからパスケースは自宅までの絶対的な往復切符だ。

「わお。それは危なかった」

 立川君は肩をピクリと上げておどけてみせた。

 けれど、真剣な面持ちに切り替えて、

「時雨さん。世の中みんながみんな、敵ってわけじゃないよ。時雨さんをよく思ってくれている人もたくさんいる」

「………………」

「だから、何かあれば誰かに頼りなよ。見知らぬ人でも、いざ困ってる人がいたら手を差し伸べてくれる人もたくさんいる」

 立川君はもしかして、いつも図書室で一人でいる私のことを見ていて、密かに気にかけてくれたのだろうか。

「俺も、その中の一人になれたら光栄だ」

 この人、いい人だ。

「君は一人じゃない。世界は時雨さんが思ってるより優しいんだよ」

 いい人って無難な褒め言葉としてよく使われるみたいだけど、私にとっては本当にいい人だ。

 優しくて、温かくて。正義感も強くて。

 下心もなく、私に親切にしてくれて。一人じゃないと言ってくれて。

 顔が熱い。恐らく赤くなっていることだろう。

 胸もなんだかきゅんきゅんと、心地よい刺激を訴えている。


 私は、この瞬間立川君に恋をした。


 それからというもの、私は図書室に来ては立川君のことを目で追っていた。立川君が図書委員担当じゃない日は溜息が出るほどに。

 ストーカーちっくだけど、一歩が踏み出せない臆病者の私にはそれだけで満足だった。

 それだけが、学校に通い続ける活力になった。

 高校も立川君と偶然にも同じでビックリしたと同時に、心のつぼみが満開になった。

 もう三年間、立川君の近くにいられる……。

 ――けれど。


「立川君、本の整理終わったよー」

「お疲れ、小沢さん」


 神様は意地悪で、立川君の隣には小沢さんがいて。

 次第に距離も近くなっていて。近距離でのアイコンタクトではお互いの瞳が輝いていた。

(立川君とあんなに近くに――いいなぁ)

 当然だよね。大変魅力的な彼を異性が放っておいた中学時代がおかしかっただけだ。

 それでも中学時代と変わらず、自分は指をくわえて見ていることしかできなかった。

 けれど二人が付き合ってる確証はなかったので、二人が仲良く話してるところを見る度に、二人はただの仲のいい友人だと自分勝手な願望を心中で作り出して、私にも希望は残されていると自分に言い聞かせ続けた。

 けれど心は正直で、二人を見る度に鋭利えいりな痛みを主張してくる。


 そんな中での大平さんの暴露。

 はじめは余計なこと言わないでよと思ったけど、今はワーストレンジャーがついてくれている。手を差し伸べてくれる。

 その思いに応えたい。自分自身も勇気を出したいと思った。

 だから、私は立川君に想いをぶつけることを決意した。


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