掌夜奇譚
フミンテウス
孵化譚-1 神輿の名画
ずっとずっと昔...
僕はマラケシュの隊商宿に招待されていた。
市場が並び,商品達が僕に接吻を所望する。
僕は一瞥するだけだが。
銀の骸骨細工,印章,骰子,干し魚,酒壺,薬草...。
耳飾り豊富な,気前の良い奴婢が
僕に論題をふっかけ,僕は見事に躱す,
まばらな頭数のその先に,
銀に光る美しさの欠片を見つけたから...。
タイスが放ちし王都への火種すら,
かき消す冷厳な矛先が喉元に...。
ああ!気付けばカーテンに縋り,
転がり込んでいたのだ。欠片の為に。
その絵には,額縁の四角に琥珀が埋め込まれ,
大理石の刻印があった。
"完全体を求める君の声に涙する,
だが君の手を取る事は無い。"
絵画を見れば,戦場に降臨する白き,
だが先端が血管のごとき,翼...。
銀髪天使が僕を見る。
絵具の表層,血の深層で呪われし
藝術檻の中で。
耳飾りの男が僕と天使の会話を邪魔する。
"見染められなすった。"
続々と野次馬が集うのだが,
銀髪天使は僕へ微笑を止める事は無い。
邂逅か,とも惑う。苦い汁ばかりの
葡萄畑で見た面影に更なる絵具が。
だが,別れと断絶の時が来た。
野次馬の中から現れし富裕の子息。
額縁を指し,我が物にしたいと宣告する。
託宣者よ,地表より現れし稚児よ。
たちまちに耳輪が僕の手を退け,
銀髪天使の神輿を富裕者の主権へと。
僕の視界から消えるまで,天使は微笑み,
僕に秘密の言伝を与えた。
"ヴォルテッラで次は会おう,不完全なる者。"
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