第22話 ミサンガの約束
チョコバナナ、七面鳥、ソフトクリームと来れば、次はミラの炒飯だ。
再び、あの宮殿のごとき店へ訪れ、その豪華な扉を開く。
「こんちには」
琴が挨拶をすると、厨房からミラが顔を見せ、「シェリー!」とすぐに手を拭いてこちらへやって来る。
「ミラさん!」
琴は勢いよくミラに飛びつき、ミラもまたそれを受け止めた。
「よく頑張ったね」
「ありがとうございます。何もかも、みんなのおかげです」
ミラは琴から離れると、次は俺を抱きめてくる。なんだか懐かしい感触があるが、気にしないでおく。
「昴介さんも、シェリーを救ってくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ、ミラさんたちが助けてくれなかったら、もっと大変なことになっていました。感謝しています。あの日、すごい音が聞こえましたけど、怪我はありませんでしたか」
俺は、琴と二人で食糧庫に隠れていたときに聞こえた中華鍋が何かに当たったような鈍い音が気になっていた。もしかしたら、誰かが怪我をしたのではないかと心配していたのだ。
「大丈夫ですよ。スラファトに殴られそうになったときにバランスを崩して、鍋を床にぶつけてしまっただけです。私の怪我もかすり傷だけですから」
それは良かった、と俺と琴は胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、今日は店があなたたち二人にご馳走します。好きなだけ食べていってください」
それを聞いた琴が「やったー」と満面の笑みで飛び跳ねる。この祭りで初めて気がついたが、琴はわりと食べることが好きな性格であるようだ。まだまだ琴については知らないことが多いなと感じた。
「お好きなお席にお座りください、と言いたいところなのですが、本日はオススメの席がございます」
ミラさんが指した先には既に三人の客が座っていた。そのうちの一人がこちらに手を挙げる。
「やあ、奇遇だね」
そう言うリゲルさんの周りには顔色の良くなったベガさんと、どこか居心地の悪そうなスラファトがいた。
「二人ともこっちにおいで」
と、ベガさんも手招きをするので、俺たちは空いている二席に並んで座る。荷物入れが備えられていたので、ショルダーバッグはそこに入れておく。
「お父さん、『星の国』はどう? 楽しいところでしょ?」
琴が訊くと、スラファトは腕を組んだまま答える。
「いや、やはりよくわからないな。それにさっきも言った通り、俺は人間全員を認めたわけではない。こういう世界があるのはいいが、俺には合わん」
「そっか……」
と、琴の顔の明度が下がるが、リゲルさんはすかさずスラファトに笑みを見せる。
「いつか理解いただける日が来ることを祈っています。もう私たちは敵対するような間柄ではないのですから」
「まあ、それはそうだな」
意味深な言葉の掛け合いが気になるも、ミラさんが特製炒飯を運んできてくれた途端、そんな疑問は消え去る。
「ミラの特製炒飯。五人分です」
「おお」
そんな声が漏れてしまうほど、盛りつけから美しい炒飯だった。米は金色に光り、油と胡椒の香りが食欲を刺激する。
「いただきます」
俺のその言葉と同時に五人が一斉に食べ始める。
誰も何も言わずに、目にも止まらぬ速さで蓮華を運ぶ様子に、
「そんなに速く食べなくても!」
と言うが、一口食べた瞬間に次の一口を求めてしまうほど、この炒飯は美味しいのだ。
「ミラさん、本当に美味しいです。もう他の炒飯を食べられません」
冗談抜きに俺が言うと、ミラさんは「褒め過ぎです」と照れたようだった。
新たに椅子を一脚取り出したミラさんは俺と琴の間にそれを置いて、座る。
「こんなに私の料理を褒めてくれて、しかも、命がけで愛する人を助けてくれる
本当にいい人間ですわね。ねえ、今から私に乗り換えてみません?」
ミラさんは俺の腕を取って顔を近づけてくる。だから当たってる……。
俺がそれを気にして何も言えずにいると、琴が口にたっぷりと炒飯を含んだま
ま立ち上がる。
「なんでまんざらでもない顔してるの! 何か言ってよ!」
リゲルさんも琴に続いて、
「ミラ! あんたもいい加減にしなさい!」
全員、二杯目も注文して、それらも一粒残さず食べ終えたところで、ようやく店を出た。
「では、エンディングセレモニーの準備があるので、私はこれで。スラファトご夫妻はもう少し観光をなさっていてください」
「わかりました」
リゲルさんが琴の両親に言い、二人は駅の方へ大通りを歩いていく。
「え、もう祭り終わっってしまうんですか?」
と琴が眉をハの字にした。
「そうだね。祭りは終わってしまうよ。だから最後まで楽しんでくれ」
リゲルさんは両手の人差し指で琴の眉を元に戻す。
「笑って終わろう。祭りは楽しまなくちゃ」
「……はい!」
琴が元気を取り戻し、リゲルさんも店を去ろうとすると、彼女のロングスカートが俺のショルダーバックのチャックに引っかかっており、そのままチャックが引っ張られてバックの中身があたりにばらまかれてしまった。
「すまない!」
「大丈夫ですよ。ほとんど何も入っていないので」
スマホ、イヤホン、短冊、ボールペン、オリオン座のストラップだけしか入れていないので、回収が大変なわけでもない。
俺が拾うのをリゲルさんや琴も手伝ってくれる。
「あ、これ」
リゲルさんは俺が銀河鉄道の中で書いた魔法の短冊を手に取っていた。
「そう言えば書きましたね。効果があったのかはわからないですけれど」
「ちょっと、これ借りていいか?」
「構いませんけど、どうするんです?」
「まあいいから」
と言うと、リゲルさんは足早に塔の方へ消えていった。
「今、リゲルさんが持っていったの何?」
「親父の遺品だよ。俺が地球から持って来たんだ」
琴に答えながら、俺はまだ落ちたままだったミサンガが入った包みを拾い上げて、バックの中に戻した。
「さて、じゃあ残り時間も少ないし、最後まで楽しむか」
俺が琴に手を差し出すと、彼女は頬を朱く染めながらも嬉しそうに俺の手を取った。
実はちゃんと手を繋ぐのはこれが初めてで、俺は冷静を装おうと試みるが、上手くいっているかはわからない。
「ねえ、例の丘に行かない? 私、昴介とゆっくりお話もしたいな」
きっと俺たちが再会したときに行った、あの『星の国』が見渡せる丘のことだ。確かに、あの場所ならうるさ過ぎず、静か過ぎず、残りの時間を閑談して過ごすには最適だ。
「じゃあ、そこに行こう」
と、二人で路地に入り、だんだん喧騒が遠ざかっていった。
丘を登ると、あの星の実がなる木が見えてくる。一年ぶりに見るが相変わらず綺麗な実だ。
俺たちはあの日のように並んで座り、楽し気な『星の国』を見下ろした。
「すごく楽しかったね」
「ああ。本当に楽しかった。念願の祭りデートだったしな」
俺は横目で琴を見ながら笑う。
「私も地球に行って色んな本を読んだけど、祭りデートが一番ロマンチックだと思うな。屋台の明りがいい空間を作るんだよ」
「マジでそれな。屋台ってすごくいい仕事するんだよ」
「一つ言うなら、地球のお祭りが良かったね」
「そうか? 俺は『星の祭典』の方がすごいと思うぞ。飯は地球より上手いし、敷地は広すぎて全部の屋台周れないし」
こんなにもすごいお祭りがあるだなんて、誰が想像するだろう。初めは星が主催する祭りだなんて胡散臭いと思っていたのに、いざ来てみれば魔法のような世界で、琴にも再会できた。今まで行った祭りの中で『星の祭典』が一番である。
そんな一番の祭りをさらに楽しくしてくれているのは、隣にいる琴だ。琴がいなければ、ただ一番楽しい祭りで終わっていた。やはり、琴が俺の人生を彩ってくれる。琴は俺にとって最高の存在だ。
「琴」
俺が琴の名前を呼ぶと、「ん?」と彼女は顔をこちらに向けてくる。
「大好きだよ」
「突然何よもう!」
と、俺の肩を叩く琴の目から涙が零れる。
「あと少しでお別れだっていうのに、そんなこと言われたら余計に寂しくなっちゃうじゃんか」
「別に寂しくないだろ。来年も会えるじゃないか」
「でも……」
泣き続ける琴を見て、俺は渡し損ねていたあれを思い出す。鞄からそのプレゼントを取り出して、琴の手に握らせた。
「何? これ」
「開けてみて。本当は付き合って一年の記念日に渡そうと思っていたんだけど」
琴は涙を拭うと、丁寧に包装紙を剥がしていき、二つの中身を取り出す。こと座のオーナメントが付いている二つのミサンガ。
「琴っていう名前にぴったりだと思って買ったんだ。片方は俺のだからお揃いだよ」
「もう!」
と、俺に抱き着いてくる琴の背中に手を回す。
「どんどん寂しくなっちゃうじゃん!」
「だから寂しくないって」
俺は琴を引きはがして、彼女の目をしっかりと見ながら話した。
「このミサンガは元々同じ紐からできてるんだ。だから、どれだけ離れてても、俺たちは繋がっているようなもんだろ」
「……よくそんな言葉を平気で言えるね。ロマンチスト?」
「こんな場所に大好きな人といたら、嫌でもロマンチストになってしまうよ」
そのあと、お互い何も言わずに口を近づけていった。
エンディングセレモニー開始十分前の鐘が鳴り響いた。
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