本編
Prologue of him
前夜〜プロローグ〜
今、俺たちが生きている世界が全部夢であるならば、どれほど幸せだろうか。
苦しい災害が、辛い疫病が、息苦しいこの社会が、真っ暗な夜の世界が現実じゃなかったのなら。
もしそうならば、こんなに生きるのが大変じゃないはずだ。
でもこれが俺たちの生きる現実だというのは誰もが知っている。
まさか『世界は夢のように素晴らしい』説を本気で考えるほど、俺はロマンチストではないと思っているつもりだ。
そう、ロマンチストではないのだが、ロマンチックな恋はしたことがある。それこそ夢のような。
忘れもしない、短い恋だ。
彼女は俺の前に彗星のごとく現れた救世主にして、このつまらない日常を彩るたった一つの存在だった。名を
第一印象はよくなかった。頭が悪そうな流行りの音楽ばかり聞く女子だと思っていたが、話してみるとそんなことはなく面白い人だということがわかって、俺は恋に落ちた。
幸いなことに頼れる友達がいた俺は、その友達の助言を受けながら、放課後の図書室に琴を呼び出した。ベタだけど、それでもいい。自分の気持ちを直接彼女に伝えたかった。そう思って俺から告白した。
「いいよ。実は私も君が気になってた」
それからは本当に幸せな日々だった。
二人で色々なところへ行き、色々な音楽を聞き、色々な本を読み、お互いの色々なことを知った。
授業中はどうやって学校を抜け出して遊びに出かけるか考えるとか。
宿題のプリントを燃やす妄想をするとか。
もしも願いが三つだけ叶えてもらえるなら何を願うかとか。
他にも、川へ遊びに行ったり、ショッピングモールへ出かけたり。
琴と過ごした時間は俺が今まで生きてきた時間の中で一番濃密で、輝いていた時間だった。もう俺は彼女なしでは生きていけないとまで思った。多分きっと、彼女もそう思っていたはずだ。
琴も俺と同じように悩みを抱えていた。はっきりとは教えてくれなかったけど、家のことや、将来のこと。青臭いと言われればそれまでだが、俺たちにとって解決することができない悩みであり、俺たちが共有できるものだった。
そして、あの最後のデートの日。高二のときの七夕の日だ。
帰り道で、琴は唐突に俺に「ありがとう」と言った。
翌日から彼女は学校に来なくなった。
LINEをしても返事は来ない。アカウント自体が消えてしまっていた。
家も空っぽ。もぬけの殻。
それなのに、クラスメイトは誰もそのことに触れない。
まるで琴なんて人物が初めからいなかったように。
でも俺は絶対にいたと信じている。
いや、信じる信じないとかじゃなくて、琴はこの地球にいたんだ。
俺が琴と過ごした日々は絶対に本物だ。
だから、彼女はいなかったんじゃない。いたのに、この世界からいなくなったんだ。
長い長い夜に現れた俺にとっての輝く星が消えてしまった。
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