明畑くんとしゃべりたい
飯田太朗
明畑くんは謎を知る!
明畑くんとしゃべりたい。
私の目標。今日の目標。四月になりクラス分けも済んだ私たちは二年生の教室で新たな青春を過ごすことになった。ここが勝負。来年に迫る受験という荒波を、お互い手を取り乗り越える男子を探すのだ。
と、いうわけで明畑くんを見る。
ほえー。かっこいいなぁ。
明畑くんはいつも気怠げ。やる気がなさそう、というわけではないのだけれどアンニュイな感じ。いつも本を読んでいる。何の本かは、分からないけど。
でも今日は彼が何を読んでるのか明らかにしてやるのだ! これをきっかけに仲良くならねば!
私は自分に気合を入れる意味も込めてほっぺを叩く。ペチペチ。よっし。エンジン全開。
「明畑くんっ」
明るく声をかける。だってこういう時どよーんと声をかけたらしゃべる気失くすだろうし、明るく楽しく元気よく! 明畑くんにエネルギーを分けてあげるつもりで話さなきゃ!
「ん」
わ……。
しまった。元気よく話しかけた分温度差が……。明畑くんはいつも通り気怠げだった。やば。もう少しおしとやかに行けばよかったかも。
しかし今更テンション落としても不審がられるだけ! 全力投球!
「何読んでるの?」
にこにこと明畑くんの机に手を置く。しかし彼は鬱陶しそうに身を引く。
「本」
沈黙。
……しまった黙っちゃった! ってそりゃ本なのは分かってるよ! 唇読んでるとかそんな読唇術みたいなことは……ん? 明畑くんが唇を? 何それいい……。すごくいい……。
「何の本?」
ここで負けてなるものか。何としても明畑くんの趣味を聞き出してやるのだ。
「小説」
小説! ノンフィクションや詩集じゃない! それが分かっただけでも前進!
「好きな作家さんとかいるの?」
しつこいかな? でも聞きたいし!
しかし明畑くんはここでムッとしたような顔を上げると、それから迷惑そうにつぶやいた。
「有栖川有栖」
知らない作家だ。
「知らない人! どんな小説?」
「ミステリー」
「ミステリー! 難しそう! 私も読めるかな?」
「義務教育を受けてたら読めるだろうね」
私義務教育受けてる! やった! 読める!
「今度図書室で探してみるね!」
「ん」
よし。今日の収穫。
明畑くんはミステリーが好き!
✳︎
私が明畑くんに恋をしているのはもうお分かりいただけてると思う。
経緯を話そう。こういうのは、手短に。
一年生の時。明畑くんと私は違うクラスだった。明畑くんは三組で私は五組。ではどこで接点ができたかというと、各クラス二名選出される図書委員がきっかけだった。
図書委員は毎日放課後、受付業務をやるのだけれど、二人一組で担当することが決まっていた。司書さんがいるので初めて同士のコンビでも問題ないそうで、私は同学年の一年生と組んだ。それが明畑くんだった。
私はドジだ。
本の返却棚を間違えてしまったり、貸し出し手続きを間違えてもたついたり、まぁ色々やったもんだ。
あの日もドジをやらかした。
赤本が仕舞われている小さな棚の隣。図鑑がしまわれてる棚の最上段に本を仕舞おうとしていた。でもこれが背の高い本棚で、私は脚立に乗ってうんと背伸びをした。それがいけなかった。本を仕舞おうと手を伸ばし、伸ばし、伸ばし……バランスを崩した。気づいた時には脚立から落ちて、宙に浮いていた。
「わ……きゃっ!」
スローモーションだった。ゆっくりゆっくり、私は床へと落ちていった。
やばい。これはやばい。そう思った時だった。
何かが私を抱きすくめた。温かい、逞しい腕。私は間抜けにもすっぽりその腕の中におさまってしまった。え、なになに? しかしそれが男子の腕だと気づくのにそう時間はかからなかった。
私を抱き止めてくれた人。
それが明畑くんだった。
「気をつけろ」
ぶっきらぼう。私、ぽかーん。
「これだな」
私の手から図鑑をとる。
ひょい、と手を伸ばす。脚立も使わずあっさり棚に入れてしまう。
「次から気をつけろ」
「ひゃ、ひゃい……」
いきなりのトラブルと、唐突に見せつけられた男の子らしさに、私の気持ちは完全にノックアウトされてしまった。何今の。かっこよすぎでしょ……。
と、これが、私と明畑くんとの、ファーストコンタクト。
それから二人で仕事をした。私は頭が悪いからしょっちゅうミスをしでかした。その度に明畑くんがフォローしてくれた。
普通、人の失敗のフォローなんて嬉しいはずがない。嫌な顔くらいするだろう。でも明畑くんは少しも不快そうな顔はせず、丁寧に私を助けてくれた。次からどうすればいいかも、親切に教えてくれた。
最初は気になってるだけだった。王子様みたいな助け方をしてもらって、本音を言うとちょっとときめいていたけど、そんな簡単に攻略される女じゃない。私だって立派な女子高生だ。花も盛りだ。そう簡単に心を捧げたりは……。
「あちいな……」
シャツの第一ボタンを外す明畑くん。ネクタイごとぐいっと喉元を開ける。見える喉仏。首筋。鎖骨。
はいやられましたー。何それ卑怯じゃありませんかー。パタパタ扇ぐのやめてもらっていいですかー。あ、汗のフレグランスが……。
明畑くんは普段制服をかっちり着ている男子だった。第一ボタンまでピシッと。そのきっちり系男子がここで急に着崩すなんていうのは極悪非道、言語道断、卑怯千万、処女脱兎。女子を落とすための謀略としか思えないでしょー! 何それー!
と、いう感じでチョロい私は明畑くんの挙動ひとつひとつにドキドキしていた。でもまだダメ。もっと為人を知らなきゃ……。
明畑くんは折り紙が得意だった。紙一枚からライオンとか象とか作る。紙飛行機やゴミ箱なんかも作る。
か、かわいい……。普段ぶっきらぼうなくせに、折り紙……趣味がかわいい……。何それ……幼稚園とかで人気だったタイプじゃん……。
私はディスプレイが得意だったから、新しく入ってきた本を図書室入り口に陳列して新刊本コーナーを作っていた。そこに明畑くんの折り紙を置いたりした。これが意外と評判が良くて、たくさん褒められた。来年も図書委員をしようと思った。
そんなこんなで、明畑くんの方に自然に視線が行くようになり、明畑くんの傍にいられることが嬉しくなり、気づいたら恋をしていた。我ながらチョロい女だとは思うけど、でも明畑くんかっこいいからね? 普段目立たない子だから、気づいている女子は少ないだろうけど、ぶっきらぼうに見えて優しいし、仕事も丁寧だし、背も高いし顔だって意外といけるんだから!
でも、最初の抱っこが私の高校生活最初のときめきだったのは、私だけの秘密。
✳︎
さて、二年生!
何と奇跡的に明畑くんと同じクラスになれましたー! いえーい! ヒューヒュー!
しかも! しかもですね……!
明畑くんは「あ」です。つまり出席番号一番。
そこで! 私、木村真穂子はですね!
出席番号十二番! なんとなんと! 明畑くんの隣なのでーす!
私は晴れて明畑くんの隣の席に陣取りました! これはアタックチャーンス!
というわけで先程のやりとりなのですがまずまずですね。彼はアリス山アリスさんが好きだそうです。早速検索検索……ってあれ? 何か変なのばっか。名前って確かアリス山……いやアリス原、アリス沢……?
まぁいい。好きな作家は好きな作家だ。私は明畑くんについて知りたいのだ! そして彼がミステリー好きだということを知れた! 万々歳! やったぜ私!
✳︎
さて、図書委員のお仕事。何と今年も無事図書委員になれました! そしてさらに嬉しいことに! 明畑くんも一緒でーす!
しかも今年も委員会当番は明畑くんとコンビになれました! ひゃっほー! いえーい! 神様大好き! 後できゅうりお供えしとくね!
図書委員のお仕事は、受付業務ももちろんだけど机や自習室の清掃も立派な業務。
この日私は、雑巾と箒とちりとりを持って各所を掃除していた。大テーブルを四つ。小テーブルを六つ。それから椅子を拭いて、床を掃いて、それから自習室へ。
自習室には机が十二個。それぞれ拭いて回る。私の習慣として、入り口から遠い机から拭いて行って最後に入り口近くの机を拭く、という方法をとっていた。今日もそれに従った。奥の方からどんどん入り口の方へ。
問題の落書きに気づいたのは最後の机……入り口左側……を拭いた時だった。
〈お名前は?〉
女の子らしいかわいい字でそう書かれていた。
あー、困る困る。こういう学校の備品に落書きをするのは本当に困る。消さなくっちゃ。私は雑巾で机を拭く。綺麗になった天板を見て、何だかすっきり。
その日はそれで、終わり。
しかしさらなる問題に気づいたのはその翌日。例によって自習室の掃除をしていた時のことだった。
自習室入って左手側。入り口左手にある自習机にそれはあった。
〈RedCDOLP176〉
そんな落書きがあったのだ。
これが例えば、〈あーだりー〉とか、〈彼氏ほしー〉とかならまだ分かる。そんなのはすぐに消す。でもこれは……? 何かのパスワード?
変に記憶に残る文字列だった。消すかどうかちょっと迷ったけど、雑巾で綺麗に消した。それでこのことは、それっきり。
✳︎
再び落書きに気づいたのは、次の週の図書委員でのことだった。
例によって掃除をしていた私は、先日の自習机……入り口左側……を何となく拭いていた。いや、厳密には拭こうとしていた。そこで気づいた。
〈WSOPSAEP297〉
また意味分からない文字列。
しかも今度のは筆跡が違う。可愛らしい字。女の子かな?
でも落書きはダメ! 消しますこんなのは。
机をごしごし拭くと綺麗になくなった。けしからん。けしからんぞ。そう思いながら受付に行く。
そこでは明畑くんが無愛想に返却作業をやっているところだった。明畑くんは接客というか、対人業務に向いてない。ムスッとしてるから。大変! 私がフォローしなきゃ!
「明畑くん手伝うね! 返却ありがとうございます!」
明畑くんと近づける数少ないタイミングを私は見逃さない。返却してもらった本を明畑くんから受け取り、バーコードスキャナーでピッ。返却棚コーナーに……。
「違う。それ貸し出し本」
明畑くんに指摘される。
「へっ? 返却作業じゃ……」
「返却と貸し出し一緒にやることくらいあるだろ」
「えっ、うそ、すみません!」
私は慌てて本を返す。明畑くんがため息をつく。
「どうぞ」
無愛想に本を利用者に渡して終わり。あーあ。やっちゃったなぁ。ま、でもこのくらいのミスならかわいいものか。
って感じでこの日はそれで、終わり。
落書きのことなんて帰り道にアイスを食べていたら意識の外に飛んでいってしまった。
✳︎
まただ。
例の自習机に落書きがあることに気づいたのはその翌日。当然ながら消す。しかし翌日も翌日もその翌日も……消しても消しても毎日同じ机に書かれていた。列挙する。
AEPAHSP148
MFALP358
MFOPAEP225
CFALP342
何の文字列? パスワード?
このご時世、自習にタブレット端末を使うことは珍しくない。自前の端末、あるいは塾から貸し出された端末で映像授業を受けながら勉強。よくあることだ。もしかしたらそのパスワードの可能性は……なきにしもあらず。でも何で机に? 疑問は尽きない。
うーん、と悩みながら受付に戻る。
名案が浮かんだのは、カウンターの中でながーい脚を組んで読書に耽る明畑くんを見た時だった。
私の好きな、ミステリー好きの、明畑くん。
ミステリー。謎の文字列。もしかしたら、もしかすると……?
「ねぇねぇ明畑くん」
声をかける。これをきっかけに、もっと仲良くなれますように!
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