第2話 前世の記憶を思い出しましたけど、何か?
初めて、アレンに出会ったのは、王主催でのパーティの時だった。お父様と一緒に参加した私は、初めて出会ったアレンに情熱的なアプローチを受けた。
――彼曰く、一目惚れだったらしい。
そこから、婚約までにそう時間はかからなかった。なにせ、我がアストルフィア家からすれば、カルミナ家との婚約なんて夢のような話。家族一同で喜んだ。お父様も、お母様も祝福してくれた。
そう、夢のような時間だった。
「……シャルロット様、きっと貴女にはもっと優しい殿方が見つかります。どうか、お気を強くお持ち下さい」
カルミナ領からの帰り道、私の身の回りの世話をしてくれていたカシュアが、そう優しく声をかけてくれた。カシュアは私が幼い頃より、ずっと私のそばにいてくれた、いわば私にとっては第二のお父さんの様な存在である。
「ええ、カシュア、ありがとう。でも今は少し疲れたわ」
「お嬢様、しばらく各地を巡る旅などどうでしょう? 世界にはまだまだ我々にも知らないことが沢山ある」
「それもいいわね、あなたにも是非お供をお願いしたいわ」
「ええ、お嬢様の願いならば、このカシュア、いかようにも」
それも悪くないかも知れない。だけど、それをするにはこの貴族という身分が邪魔をする。なにせ、この世界にはモンスターと呼ばれる獰猛な生き物、それに柄の悪い冒険者達も沢山居るのだ。モンスターに襲われることもある、夜盗に襲われることだってある。世間知らずの私なんて、庇護がなければすぐに死んでしまうのが目に見えている。現にこうして、今だって大量の『護衛』と共に、アストルフィア領に向けての帰途についているのだ。
ぞろぞろと護衛がついた馬車の隊列。端から見れば、高貴な人間が中央にいることなど一目瞭然。つまりは、私達のことをギラギラと狙っている者達だって少なくはない。
「お嬢様! 襲撃です!」
そう、こういった襲撃など貴族にとっては日常茶飯事なのだ。こちらだって手立てはうってある。そのために大量の護衛を引きつけているのだから。
だが、いつもとは違って焦る様子のカシュア。違和感を覚えた私は、カシュアへと尋ねたのだ。
「……カシュア、どうしてそんなに焦っているの? 夜盗の襲撃なんて、いつもの事でしょう?」
「……普通の襲撃ならば、対処はそう難しくはありません。ですが……」
「?」
「今回は大量の手練れ、護衛の者達も相当に苦戦している様子」
そうカシュアが告げた途端に、突然馬車の足が止まる。すぐに扉が破壊される音が鳴り響き、私達の目の前には血にまみれた大きな刀を手にした大男が立ちはだかっていた。
「……お前がシャルロットか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる男を前に、私は恐怖で身がすくんで動けなかった。言葉を発しようにも、上手く声も出ない。
「いや、こいつだな。気の毒だが、あんたには死んでもらう」
――どういうこと?
私が状況を理解する前に、必死に叫ぶカシュアの声が耳へ届く。
「お嬢様! お逃げ下さい!」
そのまま、大男に向かって突っ込んでいったカシュア。だが、目の前の大男とは、明らかに体格が異なるカシュアが対抗できるわけもなく、カシュアの身体は軽く宙へと浮いたのだ。
「!? お嬢様……!!」
こちらを見つめるカシュアと目があう。
――どうか、ご無事で……!
言葉はなくとも、カシュアのその視線だけで、彼が何を言いたかったのか、私にはわかった。そして、宙に浮いたカシュアを仕留めるべく、大剣を構えた大男。
「やめてえええええええええええええ!」
「まずはてめえだ、恨むなら運命を恨むが良い」
そのまま、カシュアの身体は、大男の大剣に貫かれた。辺りに飛び散る赤いしぶき。動くことが出来なかった私の身体に、冷たいしぶきがふきかかる。
「……どうして?」
どうして、私がこんな目に合わなきゃならないのか。私が一体何をしたというのか。
「……てめえを殺せという依頼があったんだ」
「一体、誰から……」
「それを聞くか? 聞いたところで……」
「いいから!」
叫んだ私に、大男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、私の前で一枚の書類を差しだした。それは紛れもなく契約書。男の汚い字と、そしてもう1人、私の良く知る男の名がそこに書かれていた。
「アレン・カルミナ。それでわかるだろう?」
「アレン様が……」
「お前は、モンスターの襲撃に遭って死んだ。俺達は助けようと思ったが、間に合わなかった。それで、俺達も晴れて貴族様のお抱えになれる。こんなありがてえ話、うけないわけがないだろ?」
アレンの勝ち誇ったような笑みが顔に浮かぶ。私が死んだと言うことで、そもそも契約を破棄したと事実さえ、闇に葬り去ろう、そういうつもりなのだ。
もはや、私はアレンという男に対し、怒りの感情しかなかった。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。あのクソ男は。一瞬でも好いてしまった自分が恥ずかしくて、死んでしまいたいくらいだ。
「まあ、こんな上玉、ただ殺すだけじゃもったいねえ。少し、俺達に付き合ってもらうぞ、お嬢さん!」
ぐいっと私の髪を引っ張る大男。どうせ、好き勝手痛ぶって殺す気なのは目に見えていた。本当に……
こんな結末って……
その時であった。急に馬車の外がざわついたのだ。外から、族の仲間と思われる小汚い男が、私達の居た馬車の中へと駆け込んでくる。
「大変です! ドグマ様!」
「ああ? 一体なんだ?」
いらだちを見せながら、部下に声を荒げた大男。焦った様子で部下の男が言葉を返す。
「ドラゴンです! ドラゴンの襲撃です!」
「はあ!? ドラゴンだと!?」
初めて動揺した様子を見せた大男。無理もない。ドラゴンと言えば、災害級の被害をもたらす最上位モンスターの一種。普段は山の奥に住んでいて、人里へ姿を見せることは滅多にないが、一度人里に姿を見せれば、たちまち辺り一帯は焼け野原になるような被害を受けるのだ。
動揺した男は、そのまま私の頭へと手を伸ばす。乱暴に私の髪を掴んだ男は、慌てた様子で声を荒げた。
「おい、てめえちょっとこい!」
「痛い! 痛い!」
「おせえんだよ!」
無理矢理髪を引っ張れながら、馬車の外へと連れ出された私。外は、既にパニック状態となっていた。周囲の地面は大きな翼の影に隠れ、上空を見上げると、そこにはそれは大きな身体で雄大に空を飛ぶドラゴンの姿があった。
「ちっ…… てめえら! 退却だ!」
焦った様子で叫ぶドグマ。一目散で散り始めた襲撃者達だったが、上空からドラゴンは炎をまき散らした。辺りは一気に炎に包まれ、逃げる場所を失った襲撃者達。炎に焼かれ、断末魔の叫びを上げる者、血にまみれ慌てふためく者、まさに周囲は地獄絵図と化していた。
もうこんな状況、唖然とするしかない。ドラゴンのぎょろっとした大きな目が私へと向けられる。私の身体へと刺さるドラゴンの視線。まるで、身体が石になってしまったかのように動かない。
本当に一体、私が何をしたというのだろうか?
婚約を破棄されただけならまだいい。突然族に襲撃され、使用人であったカシュアまで失い、更に襲撃の黒幕は元婚約者だったと告げられ、挙げ句の果てにはドラゴンだ。
――もう、こんなの滅茶苦茶よ!!
そして、ドラゴンは私達の居た場所を目がけ、真っ直ぐに飛んできた。ものすごい風圧に、私の身体は宙に浮く。直後、後頭部に衝撃が走った。一気にぐらつく視界。ぼやけていく意識。
意識が朦朧とする中、私が最後に見たのは、無残にドラゴンに引き裂かれたドグマの最期だった。力なく、だらんと垂れたドグマの手からこぼれ落ちた紙が、私の顔の前に、落ちてきて、そして、そのまま私の意識はフェードアウトしていった。
……………
遠くから音が聞こえる。最初はかすかな音、だが次第に音は大きくなっていく。
ぴこん、ぴこんと鳴り響く機械音。ワンワンと声を上げる犬。殺風景な部屋の風景がだんだんと鮮明になっていく。大量のケージに囲まれた部屋には、私と、そして沢山の動物達。
「先生……」
そして、うっすらと聞こえてきた、誰かの声。
先生? 誰のこと?
一瞬、戸惑った私だったが、すぐにそれが自分の事だと私は思い出す。
そう、私はかつて、先生と呼ばれていた。
病に苦しむ犬や猫たちを治療する先生。
いわゆる、動物のお医者さんだった。
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