第50話:皇家直轄領
皇紀2221年・王歴225年・早春・ロスリン城
「叔母上、一体何事でございますか、首都で何かあったのですか。
まさか、皇帝陛下に異変があったのではありませんか」
「心配してくださってありがとうございます、エレンバラ名誉侯爵。
御安心ください、皇帝陛下に何かあったというわけではありません。
ただ、その、お願いがあってきたのです」
「何です、改まって、叔母上。
私は甥なのですよ、遠慮などされずに何でも御命じください」
「公式に御願いしたいと心から思っています。
ですがエレンバラ名誉侯爵にできない事を無理に御願いして、名誉を汚すわけにはいかないと皇帝陛下が心配されたのです。
今までも代々の王や宰相に何度も命じられたにもかかわらず、王にも宰相にも何もできなかった事なのです。
エレンバラ名誉侯爵の忠誠心と実力は重々承知していますが、いえ、分かっているからこそ、事前に確かめたかったのです」
「皇帝陛下と叔母上に気遣って頂き、感謝の言葉もございません。
皇帝陛下を悩ませている問題を私が打ち払う事ができるのなら、御受けさせていただき、必ず成し遂げさせていただきます。
もし万が一できない事ならば、何か代案を考えさせていただきます。
ですので、安心して言ってください、叔母上」
「ありがとうございます、エレンバラ名誉侯爵。
エレンバラ名誉侯爵は、フェアファクス地方のシェフィールド騎士家を知っておられますか」
「はい、フェアファクス地方ではなかなかの勢力を誇る騎士家だと聞いています。
フェアファクス地方を代表する四つの騎士家の一つ、ケンジントン騎士家と同盟を結んでいるとも聞いておりますが、それが何か」
「実はそのシェフィールド騎士家が、皇家の直轄領を押領しているのです。
エレンバラ名誉侯爵が定期的に献上品を贈ってくれるまで、皇帝陛下が毎日の食事に御酒すら付けられなかったのも、そのせいなのです」
「なんと、陪臣騎士の分際で、皇帝陛下の御領地を押領しているのですか。
代々の王や宰相ともあろう者が、たかだか陪臣騎士から御領地を取り返す事もできず、首都で王でございます、宰相でございますと、偉そうにしているのですか」
「哀しく情けない事ですが、その通りなのです。
エレンバラ名誉侯爵が受けてくれると言ってくださるのなら、皇帝陛下は御領地奪還の勅使を送りたいと思われておられるのです。
いかがでしょうか、エレンバラ名誉侯爵、受けてくださいますか」
「御安心なされてください、叔母上。
このハリー・エレンバラは皇帝陛下の忠実な家臣でございます。
勅命を受ける栄誉を賜れるのなら、身命を投げうって御領地を取り返して御覧に入れます。
万が一何かあって取り返す事が叶わなければ、御領地分の税を私の領地から納めさせいただきますので、御安心ください」
「ありがとうございます、エレンバラ名誉侯爵。
ですが本当にいいのですか、奪われた御領地は千人近くの人口なのです。
もし御領地を奪い返せないような事になったら、毎年金貨五百枚分の税を負担しなければいけなくなるのですよ。
四方を敵に囲まれて、大変な時なのではありませんか」
「安心なされてください、叔母上。
確かに四方を敵に囲まれてはいますが、昨年キャメロン地方を手に入れました。
直轄領も増えましたが、何より交易船団を使った商いが増えました。
増えた分の収入だけで、金貨十万枚の利益があります。
増えた騎士や兵士を養わなければいけませんが、それでも十分余裕があります。
何の心配もなされずに、安心して勅命を下してください」
「ありがとうございます、エレンバラ名誉侯爵。
陛下も私も、エレンバラ名誉侯爵の忠誠は決して忘れません」
それにしても、皇家の窮乏は俺の想像以上だったのだな。
領民千人弱といえば、爺様や父上が治めていた頃のエレンバラ男爵領の八分の一しかないのだぞ。
その程度の御領地があるかないかだけで、皇帝陛下が毎日の晩酌すらできなくなると言うのかよ。
だとしたら、日々の食事もとても質素だったのだろうな。
これは何が何でもシェフィールド騎士家を滅ぼして御領地を取り返すしかない。
フェアファクス地方から首都地方にかけてまで略奪を繰り返すシェフィールド騎士家は、三万人から四万人の領民がいるはずだ。
同盟しているケンジントン騎士家と併せても、十万人には届かないはずだ。
彼らが来年の収穫を考えずに根こそぎ動員したとしても、五千人は集められない。
俺が動かせる全戦力、三万二千人を動員したら負ける事はない。
問題はその動員をカンリフ公爵がどう考えるかだ。
キャヴェンディッシュ侯爵とその家族寵臣を、王国に逆らう逆臣として王国政府に送ったから、同盟相手と考えてくれればいいのだが、カンリフ公爵がこの国の完全支配を考えているのなら、戦う事になるだろうな。
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