第20話:母の嘆願

 皇紀2217年・王歴221年・春・エレンバラ王国男爵領


「ハリー殿、このような事を御願いするのがとても不敬なのは分かっています。

 ですがこのまま皇帝陛下が崩御なされるような事があれば、葬儀を行う費用もなく、先々代陛下の時のように四十日以上も葬儀が遅れてしまうかもしれません。

 実家の日記では、御遺体が傷んで酷い状態になったと書いてありました。

 周囲を敵に囲まれて大変な時だとは分かっていますが、少しでも皇家に献金をしてもらえないでしょうか」


 母上が必死で俺に頼んで来るが、皇家の財政はそんなに酷い状態なのか。

 長年にわたる王家と宰相家の家督争いと、それに伴う内乱で国中が疲弊している。

 皇家は母が言う先々代から数えて、更に二代も代替わりしている。

 そう考えても当時よりも更に貧しくなっているだろう。

 まして本来のスポンサーである王家がこの地方に亡命しているくらいだ。

 だが俺に費用を負担してくれと言われても、ない袖は振れない。


「母上様、私も母上様のたっての願いですから、叶えたいと心から思っております。

 ですがあまりに高額では、とても負担できません。

 皇帝陛下の葬式には幾らかかるのですか。

 母上は葬式に必要な費用をご存じなのですか」


「実家の日記で読んだ事がありますから、だいたいの費用は分かっています。

 ハリーに金貨千枚もの負担ができるとは思っていません。

 百枚でも五十枚でもいいのです。

 ハリーが僅かでも負担してくれるなら、それを理由にハリーに皇国貴族の爵位を与えることができます。

 そうすれば、周囲の敵も多少は封鎖を緩めるかもしれません」


 はあああああ、たった金貨千枚だって、それくらいなら直ぐに献金できるぞ。

 周囲の貴族家は自分達の領内に多くの関所をもうけて、我が領地に出入りする者を厳しく取り締まり、我が家が王都や商都に商品を送れないようにしている。

 母上はその事を気にしているようだが、我が家には裏のルートがある。

 イシュタム衆を利用すれば、険しい山に分け入ってでも交易をしてくれる。

 アフリマン衆とダエーワ衆が邪魔をしようとしたが、返り討ちにしたそうだ。


 売値に関しては、表の経済封鎖のせいで商品が止められているから、裏で扱う我が家の商品は、他で替えがない事もあって、小売値が暴騰しているのだ。

 イシュタム衆に特別手当を払っても、我が家には莫大な利益が入ってきている。

 商売と情報収集に特化したイシュタム衆は莫大な富を築いている。

 イシュタム衆が、商売と情報収集だけに特化したいと思っている気持ちがよく分かるくらい、濡れ手に粟の大儲けをしているのだ。


 特に高値になっているのが魔晶石で、あれは戦争には欠かせない戦略物資だ。

 特に魔力を込めた魔晶石は奪い合いになっていると聞く。

 貴族家なら、特に負けそうな貴族は家宝を売り払ってでも手に入れようとする。

 昨年までの蓄えが金貨九十万枚だったのが、今では百八十万枚になっている。

 金貨千枚など、我が家の貯蓄から見れば、二千分の一程度の負担でしかない。


「ご安心下さい、大丈夫ですよ、母上。

 千枚程度なら今直ぐにでもご用意できますが、問題は不敬にならないかです。

 このような話をしていては、まるで皇帝陛下の崩御を願っているように、他人には聞こえてします。

 皇帝陛下にも皇国貴族の方々にも、誹りを受けないようにお伝えしなければいけませんが、母上にその方法がおありですか」


「それは任せてください、ハリー殿

 妹が皇太子殿下の妾になっていますから、妹から伝えてもらいます。

 皇太子殿下も皇帝陛下の病状だけでなく、葬儀費用も気にしておられます。

 私に葬儀費用の事を頼んできたのは、実家の父や兄ではなく、妹なのです」


 ああ、そうだった、そうだった、金がないから形式や儀式にお金が必要な皇妃も側妃も置けなくて、皇帝も皇太子も金のかからない妾しかいないんだった。

 皇帝でも子供を産んだ妾が七人、皇太子で三人だが、全員が皇国の女官扱いだ。

 皇国の経費を使わなければ妾も養えない、情けない状況なのが今の皇家だ。

 しかも皇帝の妾七人のうち三人は、下級女官扱いにしなければいけないくらい貧しいのだから、とてもハーレムなんて言えない状態だ。


「分かりました、全ては母上と叔母上にお任せします。

 お金の運搬は、特別な者を使いますのでご安心ください。

 ただそのお金をお渡しするのは、あくまでも皇帝陛下が崩御されてからです。

 今からお渡しする事は絶対にありません」

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