第16話:祖父落胆

 皇紀2215年・王歴219年・秋・エレンバラ王国男爵領


 俺は満六歳、当年とって七歳になったが、相も変わらず勉学の日々だ。

 最近祖父が元気をなくしているが、それもしかたがない。

 当初は優勢だったカンリフ騎士家との戦いが、徐々に劣勢になっている。

 その影響で、国王の信頼を失いつつあるようだ。

 今国王が期待しているのは、祖父がライバル視しているエクセター侯爵だ。

 なんと言ってもエクセター侯爵は百万の民を抱える大領主なのだから、当然だ。


「それほど落胆するな、爺様。

 エクセター侯爵もカンリフ騎士家相手に負け続けている。

 爺様だけがカンリフ騎士家に負けているわけではないぞ」


 俺は口先だけの慰めを口にしたが、それしか方法がない。

 この二年で領民の数が三万人に増えているとはいえ、エクセター侯爵とは比較にならないし、とても正面から戦える相手ではない。

 それに、エクセター侯爵と戦うとなれば、国王とも戦わなければいけない。

 国王と戦うとなれば、山向うのクレイヴェン伯爵家とも戦う事になる。

 クレイヴェン伯爵家は王家ともエクセター侯爵とも婚姻政策を行っているからな。


 つまりエクセター侯爵と敵対する事は周囲を全て敵に回す事になるので、王家と敵対している大勢力、カンリフ騎士家に助けを求めなければどうしようもない。

 エクセター侯爵に頭を下げたくない祖父が、カンリフ騎士に頭を下げられるとはとても思えないから、最初から考えるだけ無駄なのだ。

 慰めにもならない事を口にするしかない。


「すまぬ、ほんとにすまぬ、ここでハリーに誓ったというのに、儂は……」


 祖父はようやく悪い夢から覚めたようだ。

 見果てぬ夢、死んでしまった先代エクセター侯爵に勝つ事など不可能なのだ。

 それを理解してくれたのなら、動き難かった事くらい大したことじゃない。

 家中を俺中心にまとめることができれば、それで十分だ。

 いずれ王家から引き抜く予定の叔父達の実戦訓練ができたと思う事もできる。

 籠城戦ならともかく、大人数の野戦経験を積む場など滅多にないからな。


「心から謝ってくれているのが分かるから、本当にもういいよ、爺様。

 その代わり、これからは呼び出されない限り離宮にはいかないでくれ。

 大叔父に教わるのもいいが、俺は爺様から色々教わりたいのだ。

 それに、爺様から国王に近づかなければ、国王の本心が分かる。

 本当に爺様を頼りにしているのか、それとも利用しているだけなのか」


「それは、一体どういう意味なのだ、ハリー」


「もし爺様の事を心から頼りにしているのなら、向こうから爺様を呼び出す。

 しかし爺様を利用しているだけならば、これ幸いに爺様を切り捨てようとする。

 このエレンバラ男爵領はとても豊かだ。

 手に入れたいと思っている連中はとても多い。

 ロスリン伯爵はもちろん、その裏にいるエクセター侯爵もな。

 山向うのクレイヴェン伯爵家は跡目争いで領内が荒れている。

 豊かなエレンバラ男爵領は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 王家が直轄領にしようと難癖をつけてくる可能性も高いぞ。

 体裁を気にするなら、表向き叔父達に支配させるという手もある」


「まさか、陛下がそのような真似をなされるとは……」


「爺様が国王を信じたい気持ちは分かるが、思い出すのだ、跡目相続の時を。

 国王は家臣達が言った事だと誤魔化したが、間違いなく国王が介入した。

 爺様も分かっているのだろう、国王の身勝手な本性を。

 爺様も国王が密勅を乱発するのに手を貸していたはずだ。

 あれの何処に家臣を思いやる気持ちがあった。

 守れない、守る気もない約束を、どれほど乱発したのだ。

 あれは、家臣を利用して己の立場をよくしようとしただけではないか」


 祖父が今まで以上に肩を落として小さくなった。

 国王と一緒に守る気のない約束を乱発したのは、祖父なのだから。

 自分のやった事を、悪い夢から覚めてようやく理解したのだろう。

 あれが祖父の名前で出されるのなら、祖父を幽閉してでも止めさせた。

 そんな事をされたら、エレンバラ男爵家の信用が地に落ちていたからな。


 だが信用が地に落ちたのは国王だけだ。

 いや、更にどんどんと状況は悪くなっている。

 このままでは、王都に王がいなくても国政にはなんの問題もないと、国中の人間が思ってしまう事だろう。

 どうやって挽回するつもりだ、国王陛下様よ。

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