第2話 人族って面倒くさい


 人族の王国領と魔族の魔王領が接する戦域は、南へ流れるセーガル河という大河沿いである。

 この戦域では、今日北の村を魔族が襲撃して奪ったかと思えば、明日は南の魔族領を人族が奪うといった具合で支配者交代が日常茶飯事、今日の朝食パンとご飯どっち?というレベルである。

 だから住人たちも慣れてしまったもので、奪い返した村を歩いていると「ああ司令官さんか、今日から人族なんだね」などと声をかけられたりもする。


 王国も魔王も、住民感情を悪化させることに益がないことはわかっているから略奪や暴力を戒めているし、兵は戦域外から徴募している。

 俗に言う「半端者」が徴募に応じることが多いのは、その日暮らしで蓄えもできない生活を続けるよりも、三食に困らず死んだら遺族年金の出る兵の方が魅力的だからだが、両軍ともに統率はとれているから理不尽に暴力を振るうこともない。それが前線なのに治安良好という、妙な好環境を作り出してもいる。

 それだけではなくハルの知る限りでは、この五十年で冶金などの基礎技術を含め軍需による技術向上は百年レベルで進んでおり、戦争も負の側面だけではない。


 ハルもアルノも無駄に人死を出すような戦い方をしていないから、国全体で厭戦感情が高まっているという気配もない。

 それどころか、魔族内ではもたらされる生産技術の恩恵が認知されるに従って、アルノの「殺さず領する」という魔王の方針に従った戦法を賛美し戦争の長期化を望む雰囲気まである始末だ。

 戦わずとも交易すれば良い、と思う向きもあることはあるが、複雑な政治闘争の絡む王国では容認されないし、絶対君主の魔王は人族などは魔族にない知識や技術、文化を吸い上げるための養分程度であって、対等の交易など脳裏の端に浮かぶことすらないという存在なので一顧だにしない。




 なのでアルノとしては魔王城で嫌な思いをすることはないのだが、




「ほげぇ……疲れた」

 軍参謀であり司令官でもある二人の間で、軽い雰囲気で取り決められた休戦日を数日挟んで再会したのはやはり「夜に鳴く鶏亭」であった。

 先に来ていたハルがカウンターに突っ伏している横に腰掛け、アルノはビールを注文する。

 すでにジョッキに残る琥珀色の液体が三分の一程度であり、且つこの状況を見るにおそらくもう2〜3杯は空けているのだろう。

「つまみも食わずに飲むやつがあるか。大将、焼き鳥盛り合わせ、あとジャルナの揚げたやつを」

 ハルがジャルナ揚げを、「フライドポテト懐かしすぎる」とよく食べているので一緒に頼んでおく。


「で、やっぱり面倒だったか」

「まあな、お前の方は」

「いつも通りだ。進捗報告と今後の戦略について」

「次どこ?」

「教える訳ないだろう、バカ」

「んだとおぅ……まあそりゃそっか」

 悪態に悪態で返さないあたり、だいぶ王都でやられたんだろうと判断し、今日くらいは愚痴を聞いてやることにする。


「人族は本当に面倒くさいな。お前は十二分にやっているだろう、なにせ私と対等に戦っているのだから」

「さり気ない自分上げ、さすがっすアルノさん。まあなぁ……王都の連中から見たら勇者の力に頼りきってると見られるんだよ。実際、勇者が凄いのは確かだし。けど包囲にも占拠後の駐留にも兵量は必要だから勇者一人じゃ戦闘に勝っても戦争に勝つのは無理だなんて、王都の貴族連中にはわからないからな」

「ふむ。何なら来週の戦闘で殺すか?」

「怖ぇよ」

「何だ、まだあんなのが必要なのか」


 さらりと言うアルノだが、実際に今まで戦闘の邪魔だからという理由だけで三人の勇者をあっさり殺しているので冗談にはならない。

 アルノにとって、魔王に叱られた最初の戦闘のこともあるのだがこの四十年はハルと戦術で争う楽しみを終わらせたくないという理由もあって、ぐだぐだと戦争を続けている。

 当然、その楽しみを圧倒的暴力で邪魔してくる勇者という存在は、例えるなら気分よく散歩している時に蹴躓いてしまう鬱陶しい石ころでしかないものであり、魔族兵を殺されたことの報復ではなく、目障りという理不尽な理由で勇者を殺してきた。

 ハルも当然そのことを知っており、ここぞというタイミングでしか勇者を使わないようにしているのだが、そのタイミングだからこそ勇者の活躍は戦場から離れた王都では素晴らしい武勇伝に受け取られてしまう。

 ここ最近は、三人の勇者をあっさり殺された王都からの命令で、勇者の出し惜しみをさせられているが。


 ハルにとってもアルノにとっても、兵どころか勇者ですら戦場のコマでしかない。

 情に流されて戦闘指揮をする訳にはいかないし、そもそも二人ともに人外なので当たり前と言えば当たり前だが、付き合わされて生死を賭ける兵にとってはたまったものではないだろう。

 けれど、覚悟して徴募に応じた以上、コマとして扱われることくらい甘受しろというのがハルとアルノの共通した感覚だ。

 別にわざと危険な戦闘をさせている訳でもなし、何なら可能な限り人的資源の損耗を避けるようにしているのだから、後は戦場で生き残れるかどうかなんて個人の資質次第だ。


「まあ、要らなくなったら言え。即座に殺してやる」

「んー。まあもうちょっと使えると思うんだけど、その時が来たら頼むわ」

 ちょうどジャルナ揚げが置かれたので、早速摘む。

「あー、フライドポテトうめぇ。大将ビールおかわり」

 ポテトにはビールだよな、と相変わらず意味不明なことを言いながらパクつくハルに、アルノは呆れ顔で言った。

「時々妙な名前で呼ぶが、そのポテトってのはあれだろう、お前の元いた世界での名前なのだろう?」

「ああ、まったく同じなんだよ。お前の好きなメヤマもな、あれ俺の世界じゃあヤマメってほとんど同じ魚があるんだ」

「食が同一なのは助かるだろうな」

「それな。この世界に来て最初に不安だったのそれだったし」

 言う間にも、新しく来たビールは既に空いている。


 やれやれ、と言わんばかりの表情で追加のビールを頼んでやったアルノは、自分用にも白酒を注文した。

「いや本当、女神に帰れないって断言された時には殺意を覚えたけどさ、まあそれはいつ元の世界に戻されるかって不安を常に抱えてるよりはいっかって思えたんだよ。言語も問題ないって言われてたし、理不尽でもどうしようもない訳でさ」

 苦々しい顔になっているのはビールの苦さではないだろう。

 ハルは理不尽な運命に投げ込んだ女神に好意的ではない。

 大多数の信仰を受けている聖教の主神への不信感を人族の中にあって顕にすることはできないから、こうして魔族であるアルノの前でだけぶっちゃけているのだ。


「だけどそれで勇者にするとかならわかるじゃんか、そういった特別な力をくれるんならその先にあった筈の人生の代償くらいにはなるだろ」

「まあな。それでも私は嫌だが」

「いやそりゃそうだけど、もうどうしようもない訳だし。でもさ、勇者はこの世界で生まれる者でなければならない、だから勇者として転移はさせられないが助けてやってくれって、ふざけんなって話」

 あいつ今度あったらマジでぶっとばす。

 さっきまでだらけていたハルだったが、女神の話になると目に力が戻り本気の殺意を漲らせる。その辺りはさすが異界人、この世界で魔王に次ぐ最強種のアルノさえ背筋が寒くなる殺意だった。


「しかも実際には勇者は女神の祝福を受けてないと来た。異界人だし。あの話は何だったんだよ」

「お前は面識ないが、最初二人の勇者は確かにこの世界の人族だったぞ?だがまあ、あいつらは我々とは全く違う価値観で動いているからな。うちの魔王様も似たようなもんだ。何考えているのか、まったく理解できん」

「それ。人族の王侯貴族は面倒くさいけど、保身と利権確保って目的がはっきりしてるからまだ対処しようがあるんだけどな」

「魔王様はなあ……魔族そのものは暴れたいという本能しかないからわかりやすいが、魔王様だけは別種だから、理解するとか何とかってレベルではないな」

「お前にもわからないんじゃ、人族の俺じゃ本心を見抜いて裏をかくなんて不可能だよなあ」

 困ったもんだ、と二人して顔をあわせると示し合わせたようにグラスを煽る。

 米から作られる白酒は甘いもの好きなアルノの好みに合わせた味のものを選んでくれたようだ。さすが大将である。




 しばらく酒とつまみを楽しむ二人だが、不意にハルが思いついたように顔を向けて尋ねる。

「そういや正式な名前って言えばさ」

「何だ突然。ていうかどこから拾ってきた話だ」

「いやさっきジャルナ揚げのことで言ってたじゃん、お前」

 ハルの言葉に少しだけ首を傾げて思い出す。

 言った気がする。

「……ああ、言ったな。お前がポテトと呼ぶ件についてか」

「それ。で……えーと、何だっけ」

「知るか!何なんだよ」

「ちょい待ち、思い出す」

「もう酔っ払ってるのかお前は」


 ビールという名前ではあるが、ハルからしてみればアルコール度数が弱い。

 この世界の民たちは、嗜好品としてのアルコールは白酒かヴィンと呼ばれる蒸留酒を飲むことが多く、ビールは仕事終わりの水分補給のために最初の一杯だけというのが大半だ。

 とりあえず生、が別の意味でこの異世界でも通用するとは思わなかったというのが転移した頃のハルの認識だが、それはともかくとしてこの程度のアルコールでは相応に飲まなければ酔うのは難しい。


「いや酔ってはいないけど……あ、そうだ」

「思い出したか。それで、何なんだ」

「いつまでフードで隠してんのかな、って」

「……正式名称と何の関係が」

「ああいや、正式な姿?とかそんなつながり」

「お前も大概面倒くさい思考回路してるな」

「だってもう五十年の付き合いじゃんか。俺はもう素顔知ってる訳で。でもお前、戦場でならともかくとしてここでもフード外さないだろ」


 ハルの言う通り、飲み食いする邪魔になることを承知でアルノはフードを外していない。

 戦場で隠しているのは「人族に」舐められないためだ。

 どう見ても美少年にしか見えないから、戦争当初の勇者に愛らしいと表現され逆上した挙句その場でぶち殺した。

 頭に来てそれ以来は戦場で絶対にフードを外さないのだが、第三国である妖族の街で外さないのは、

「……人族以外もいるからな」

「なんだよそれ。妖族のことか、それとも魔族か」

「魔族に知られたらまずいだろう。ここに入れた者の中には軍属もいるのだから、お前と飲み交わしているなんて知られるのはな」

「確かにそうだけど、そんなに問題か?」

 それもハルの言う通りだ。


 戦場で見かけたら有無を言わさずぶっ殺す、だがここ妖族の中立地帯では普通に一般人同士として接する、という殺伐としているのか何だかわからない関係がごく当たり前のように受け入れられているのがこの世界だ。

 これが妖族の街以外だったら戦友や知人を殺された恨みを晴らす行動に出ることもあるだろうが、ここでは許されていないしそもそもそういった感情は表出しない。

 だからもちろん、人族と魔族の兵同士で彼らのように飲み交わす関係を構築しているのもいる。それでもスパイ行為や利敵行為が行われないのは、人族は女神、魔族は魔王というそれぞれの絶対的存在によって言動が縛られているからだ。

 仲の良い友人のように飲み交わしながらも、利敵行為となるような言動は起こせない。

 ハルも最初は何とも不可思議なことだと感じたが、そもそも彼のいた世界とは全く異なる法則で動く世界だ、六十年も過ごしていればいい加減慣れる。

 アルノにしてみればこの世界で生まれ育った以上ハルよりもそういったことはよく理解しているはずで、だとしたら二人でこうして飲み交わしていることを魔族兵に知られるのはまずい、が理由であるのはおかしい。


 そんなことを話し、

「別にいいじゃんか。そんな顔しておいて勿体ない。俺なら有効活用できるからむしろ寄越せと言いたいぞ」

「煩いな。良いだろ別に」

「いや良くない。そうだ、交換しろ。お前の顔なら労せずしてハーレム作れるわ」

「そんなブサイク面を引っさげて恥ずかしげもなく生きていける自信がないから丁重にお断りしよう」

「ぶ、ブサイクちゃうし。こここ、これでも寄ってくる女に困ってないんですー」

「ふ」

「お、お前……鼻で笑ったな?!」

「ああすまん、あまりに哀れでな……いやすまない、人族で中年面から若返りも老化もできず生きていくには辛いだろうな。そう、中年、ではな」

「くっそてめぇ……ああもうブチ切れた。切れたぜ俺は」

「ふん。貴様ごときが切れたから何だというのだ」

「あーもう頭きた。完全に切れた。おいテメェ表でろ」

「望むところだ、返り討ちにしてやる」




 もちろん、二人が大将にぼこられて市門外に放り出されたのは言うまでもなかった。

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