カメ

図書館に通っている。


目的は本ではなく、その図書館の池に住んでいるカメさんだ。物知りなカメさんで色々な話を聞かせてくれる。昔の話、外国の話、不思議な話、怖い話。強請れば幾らでも話してくれた。カメさんは私を見つけると優しく目を細めて私を見てくる。


「ああ、きたね。今日はなんの話をしようか」


落ち着いた優しい声が聞こえる。今日はね、と話ながらカメさんを話が聞きやすいように、池の淵の岩に乗せる。


「今日はあの子の話をしようか」


カメさんが話してくれたのは曲芸師の女性の話だった。その語り口は穏やかで、だけど今までのどの話よりも鮮やかで、まるで自分がそこに居るかのようだった。


「そして、何時ものようにまたねと言って舞台に向かった」

「それで、それで?」

「これでおしまいさ、その子はリハーサル中に足を滑らせて死んじまった」


カメさんが余りにも穏やかに、寂しそうにするので思わず抱き寄せた。またねと言われた誰かはずっと待っていたのだと、話を聞いただけの私が涙が出そうで、胸が詰まって。


「ふふ、相変わらず優しい子だねぇ」


まるで慰めるかの様なその言葉に、見たこともないはずの光景が脳裏をよぎる。怪我をしていた子亀も、張ったロープの上から見る客席も、スポットライトの熱さも私は知るはずがないのに。


「ごめんね」


気づいたら言葉が漏れていた。

待たせてごめん。

またね、なんて言ってごめん。

アナタはずっと待っていてくれた。


「いいさ、いいさ。おかげでこうして長生き出来た」

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