第41話 ゆえに、聖女は笑う
「マリア…?なんだそりゃ」
「知らないなら、それでいいわ。その方が幸せだと思うし」
フリッツとソニアは今監獄ともいえる、鉄格子に囚われている
一切の魔力操作ができないその檻の中、二人の頭の中では脱出する方法を必死に考えていた。
「あのねぇ、知らないの?有名じゃない聖女の伝説…イシェスの国じゃ常識でしょう!?」
「俺、イシェスの出じゃねぇから!ウェスコー出身だ!」
「あ、そうだったわね…」
二人がそんな会話をしている頃、エリーシュはライの傍にいた
「まずいわ、血を失いすぎじゃない…」
傷は完全に塞がってはいるものの、その状態は良くなかった
もう少し早くマリアの記憶があればとエリーシュは思う
だがどうにも出来ないわけじゃない
今のエリーシュはあの聖女マリアそのものなのだから
聖剣解放状態のままで、ライに癒しを施し続ける
このままもうしばらく回復魔法を使い続ければライの生存は確定となるだろう
「フリッツ、気づいてる?」
「ああ、あの女、魔力があんまもう残ってねぇな。だからつって、この檻はなくなるわけじゃねえだろうけどな」
「だから、ね」
ソニアは胸から一つの魔道具を取り出す。それは連絡用の魔道具だ
「はぁ、あの女呼ぶのか…やだなあ」
「仕方ないわよ」
檻の隙間から、その魔道具をころりと外に出した
ソニアの思った通り、この檻は非常に強力だ。おそらく魔法的な破壊は内からも外からも無理だろう
しかし、その分結界の様に全体が覆われているわけではない
格子の合間には隙間があるのではと思ったのだ
そしてそれは正解だった
結界で覆うようなものであればどうにもならなかった、しかしこの魔法は強力ゆえに制限がおおいのではと思ったのだ
鉄格子など、触ればわかるが完全に物質化している
だからこそ維持に魔力はいらないが、逆に注ぎ込まない限り結界として作用しない
今あのエリーシュという娘はライの回復に全力を注いでいる
だからこそ、この鉄格子になにも付加が加えられていないのではと思ったのだ
魔道具はその内部の魔力で動作する
檻の中でもその魔力が消えなかったことから、自分たちの魔力がなくなったわけではないとも思えた
おそらくは魔力の生産、管理、感じることが出来なくなっていると考えた
だからこの緊急通信用の魔道具が使える
かちりとボタンを押して、外に転がしておく
これだけで十分だった
魔道具が動作して三分ほどだったとおもう
奥から一人の女性が走ってきているのが確認出来た
「えええ、なんですかこれえ!なんでフリッツさんとソニアさんが捕まってるんですかあ!」
「ああ、やはりうるせぇ……」
フリッツが耳を塞いで言った
しかしその顔は笑っている
「わりぃけどな、この檻は壊せそうにねえからそこの魔法使いを倒してくれ。できれば殺したくねえが、そんな手加減をお前には期待してねえから好きにやれ」
フリッツがそう言うと
「はぁい!エマにお任せえ!聖剣、顕現!」
エマと言った女はその軽い喋り方とは裏腹に聖剣を顕現させる
そしてそのままエリーシュへとすぐさまに切りかかる
彼女の聖剣はバスターソード
小柄の割には大きすぎるほどの剣を振るう
そしてそれを見たエリーシュはライから杖を離す訳にはいかない
背に産まれた翼を丸めてエリーシュとライを包み込んだ
「ぬりゃー!」
ガィン!
とんでもない斥力でバスターソードが弾かれる
「な、なにこれえ!?かったあい!」
「はあ!?あの羽あんな硬ぇのかよ!?エマの剣が通らねえとか初めて見たぜ」
二度、三度と叩きつけるように振るうも、一向に剣は届く気配がない
さらに数十回と叩きつけてから
エマはキレた
「もー!おこったからね!聖剣解放!」
エマのバスターソードが更に大きくなる
それに伴い両手に輝く篭手が装備され、両足にも長靴にも似た靴が産まれる
背にはそのバスターソードに負けないほどの巨大な盾が一つ
エマの聖剣形態はそのアンバランスさ故に、異様な雰囲気をもつ
そして、大きくなったバスターソードで再び切りつける!
ザシュ!
その翼に弾かれるも、そのまま上を斜めに切り落とした
「くっ、まさか解放できるなんて」
エリーシュが言った。
彼女もまた、この時代にあって聖剣顕現、解放まで出来る人間がいるとは予想外であった
「えへへ、中身みーえた」
にこりと笑うエマが、異様に怖い……この体では魔力が少なすぎる。今はかつての様には戦えない事をエリーシュは知っていたから。このままではライ共々に斬り殺される…だが
「ちょっと、貴女、時間かけすぎたね、残念でした」
エリーシュが笑った
「はぁ?何言ってんの?もーエマにやられちゃうんだからね!」
そう言ってエマがバスターソードを振り下ろした
ギィン!
一枚のふよふよと浮いた盾にその凶撃は防がれた
「は?ナニコレ」
先ほどまでみたいに、弾かれたわけではない
受け止められた、そんな感じがした
カツン、カツンと優雅に歩いてくる赤い鎧を着た女性が歩いてくる
その女性の背には赤く燃える翼がまるでマントのようにはためいていた
「まったく、わずかの時間によくもまぁここまで攻めこんだものだ。もう間に合わないかと思ったが…なるほど、マリアか」
「遅いわよ、アリエッタ。ちょっとライ君がまずいから私手が離せないのよね」
アエリアはエリーシュが狙われる事も考えていた
だから最近は霊鳥ユーリで常に見守れるようにしていたのだ
異変があってすぐにユーリはアエリアの元へと飛んだ
そしてアエリアはユーリが到着してすぐに居たウェスコー城からとっておきの転移石を使用して、ウエスコにあるシャル家別宅の傍に転移した
その場で聖剣解放を行い、翼で持って飛んでこの学園に駆け付けた
しかし、その時間は最速とは言え数十分がかかっている
だからこそ、間に合わないと思っていたのだが
「聖女サマが居るんだ、ライはどうにかなるのだろう?」
「ええ、任せて。でもそいつらが邪魔なのよ」
「了解した。聖剣解放・火焔」
アエリアの持つ剣が炎を纏う
そのままアエリアはエマに対して剣を横なぎに斬りつける
それをエマは持つバスターソードで受け止めた
「あちち、あっついよ!」
「ほう、これは聖剣か。しかも簡易ではない」
「むー!聖剣解放・弐」
エマのバスターソードが二つに分かれた
それを器用に振りつつアエリアに迫る
アエリアは二枚の盾でそれを防ぎ、開いた両手で剣を握りなおして切りかかるがエマの技量も相当なもので、その二本のバスターソードの間を抜くことが出来ないでいた
「なかなかの腕だな…お前、誰の記憶を持っている?」
アエリアがそう言うと
「さぁねー。エマはエマだもん!」
そのままバックステップを踏んで、フリッツとソニアが囚われている檻を掴んだ
「あーやだなぁ、なんでアリエッタまで居るの。とりあえず引くからね!」
「おいまて、まさかお前!」
「え、ちょっと!?」
フリッツとソニアが狼狽えるが
エマはその巨大な檻を掴んだまま逃げ出した
「逃がさん!聖剣解放・焔砲」
それはまさに炎でできた光線のようだった
全てを貫く炎ー
「聖剣解放・氷鬼」
大きく響いたその声と共に炎の射線上に鬼が現れてそれを両手で受け止めた
その間に穴が大きく開いた壁をさらに砕いて、エマと檻に入ったままの二人は消えていた
「なんだと」
「アリエッタ、逃げられちゃったわね」
エリーシュが仕方のなさそうにそう言った
「ああ、あの鬼は見たことが在るな…うん、しかし思い出せん」
「はぁ、あなたはそうでしょうね…、さっきのはおそらくイシェス聖国の連中よ」
「ほう、先に手を出してきたか…」
「アリエッタ、まだ終わってないわよ。アレ、お願い」
わかった、とアエリアは聖剣を杖に持ち換えたソレをエリーシュに向けて魔法を放つ
するとエリーシュの魔力が増大し、一気にライの回復を終えた
◇
「いて、いててて!おい!もっと静かに運べよ!」
「うるさいわねーもうゲートに着くから文句言わないでよ!」
ガタガタと檻を運んでいたエマがゲートにたどり着いたとき
順調に、逃げ出せたと思っていた
そのゲートは不可視だが大きなドアの形をしており、通り抜けることでもう一方のドアへと繋がっている
それはそういう魔法だった
一筋の光が降り注いでバキィンと音を立ててドアは壊れる
「あ?」
「まったく、逃げられるなんてアリエッタらしくないと思ったけど…」
空を見上げれば、翼をはためかせたエリーシュが浮いていた
なぜそこにいると思ったが、それはエリーシュが教えてくれる
「その檻の機能の一つにね、私、そこまで転移できるのよ。そういうのがあるの」
それは絶対に逃げられないという事だった。仮にゲートで飛んだとしても、そこにはエリーシュが来るのだから
絶望の顔をしたエマと、フリッツ、ソニアがそこに居た
それは空を見上げたからで、エリーシュが浮いていたからではない
彼女の背に、大量に浮いている光の羽があったからだ
今、ゲートを破壊したものだ
「ちょ、っと・・ま」
エマがそう言った時に、その羽がエマの胸を貫いた
そしてすべての羽が、エマに降り注ぎ終わった時、そこには何も残っていなかった
「闘争と逃走の鬼、エイル・マルスェルト。400年ぶりだけど、さようなら」
「なっ!?」
「嘘でしょ…エマが…」
「あなた達はちゃんと情報を下さいね?」
そう言って笑う、エリーシュだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます