ラースタチカという箱船


「思った通り、彼らはの手の者だったみたいだ。彼らがラースタチカに直接攻撃をしかけなかったのも、ラースタチカを無傷で手に入れたかったからだろうね」


「それはそれは……あまりにも思考が短絡的すぎて涙がでますねぇ……一体ラエル以外に誰がラースタチカのような…………あーっとこれは失礼。とても燃費効率の悪い船を満足に動かせるというのでしょう?」


「マジでそんなこと考えて襲ってきたのかよ? ちょっと前にラエルの代わりに俺が動かしてみたけどよ、一日動かしただけでむちゃくちゃ疲れたんだよな!」


 ラースタチカ近傍での突然の襲撃から一時間後。


 すでに各方面への確認と諸々の手配を終えたラエルノアは、艦内に用意されたゆったりとしたリビングルームで優雅にくつろいでいた。


「ラエル、その独立派とは一体なんなのだ?」


「そうだね、何度か話したと思うけど太陽系連合は全く一枚岩じゃない。前回のグノーシスからの攻撃のような外敵との戦いには辛うじて一致団結可能なだけで、基本的には大小様々な国家勢力の集合体の形を取っている」


「私の祖国である木星帝国もその一つです」


「はーい! 私が生まれた火星もそうだよー!」


「にゃー! ミケたちのようにゃも随分前から保障されてるにゃ!」


「へけけっ! 僕らも人間たちとは別のネットワークをもっているのだ! いつか人類から独立して、ハムスターが太陽系連合のトップに立つのだっ!」


「愚かすぎるワン。イルカの次は犬と決まっているワン。貴様のようなすぐにひまわりの種につられる浅ましい種が天下を取れるはずがないワン!」


「――――とまあこんな感じでね。今の太陽系は国だけじゃなく星やスペースコロニーに人種。更には各勢力をまたいだ主義思想と。本当に無数の考えを持った勢力がひしめき合っている状況なんだ」


「な、なるほど……!? しかしだなラエルよ……この部屋はなかなかに広々としているが、今日は随分と人が多くないか!?」


 そう言って部屋を見回すボタンゼルド。

 部屋の広さはざっと見回しただけで四十畳以上はある。


 しかし高々と積み上げられたキャットタワーではミケも含めたがハム次郎たちハムハム族をせわしなく追いかけ回し、TWのパイロットは勿論、ブリッジ要員であるダランドたちまでがにこやかに談笑や会食を楽しんでいた。


「フフ……たまにはこんな時間も必要だろうからね。まあ、そんな中でその独立派っていうのは、エルフやルミナスのようなっていう思想の一団さ」


「そ、そんな人たちがいるんですね……なんだか、怖いです……」


「むう……俺はまだこの世界の全てを見知ったわけではないが、今日地球に降りただけでも太陽系には様々なを感じた。それを今更排除するというのは無理があるのではないか?」


 騒がしい室内の一角。ゆったりとしたソファーに座り、テーブルを挟んでラエルノアと向き合うティオとその小さな膝の上に乗せられたボタンゼルド。


 ラエルノアは再び白磁のティーカップに口をつけると、ボタンゼルドのその言葉にどこか達観したような笑みを浮かべる。


「――――そうかな? もしかしたら、そんな無謀に見える思想もいつかは実を結ぶかも知れない。少なくとも、私は彼らの目的そのものを否定するつもりはないよ」


「む……? 俺はてっきり今までの口ぶりから、君はそのような不毛な行いを嫌っているのかと思っていたが」


「私はねボタン君…………太陽系人類の持つはとても評価しているんだ。けれど、もう私が人類の手助けをするつもりはない。そういうことさ――――」


「ラエル……」


 そのラエルノアの言葉の中。

 ボタンゼルドは、その言葉に込められた寂しさと後悔を感じ取っていた。


「けどよ――――やっぱり俺はそういう奴らはイライラするぜ! 大体ラエルだって人間とエルフの子供じゃねえか。そのラエルがいなきゃグノーシスに滅ぼされてた奴らがよく言うぜ!」


「だよねー? あの人たちからしたら、カレンと合体してる私も排除対象なんでしょ? やっぱり助けたりしないで殺っちゃえば良かったかなー?」


「まあ、確かにそれは二人の言う通りだよ。実際彼らの主義主張は現在の太陽系連合の中でも主流ではない――――けれど、彼らは。恐らく、今日顔を合わせた首脳メンバーの中に独立派が紛れ込んでいると見て間違いないだろうね」


「ええっ!? それってとってもマズいじゃないですかっ! お父さんのことや、キアさんのことをあの人たちに知られたら――――って、あれ!?」


 現在の太陽系連合の内情とその問題点。それらを熱く語り合うラエルたちの中で、突如としてティオが大きな声を上げる。


「そういえばキアさん……キアさんは!? この部屋に入る前には確かに一緒に……」


「キア? 誰だそいつ? 新入りか?」


「ミナトが助けたグノーシス人の女の子ですよ。ここに来るまでにも、とても貴方に会いたがっていたのに――――どこに行ってしまったのでしょうか?」


 先ほどまで確かにいたはずのキアの姿が見えなくなっていることに気付いた一同は、キョロキョロと辺りを見回した。

 しかしそれでもキアの特徴的な姿は影も形も見えず、一計を案じたラエルが席を立って艦内システムに捜索依頼をかけようとした――――その時である。


「じーーーー……」


「ん? ぬおおおおおおおっ!?」


 瞬間、突如としてミナトが奇声と共に凄まじい加速で跳躍する。


 ミナトはとても人間とは思えぬ身体能力で天井へと逆さまに着地すると、だらだらと汗を流して先ほどまで自分が座っていたソファーを見つめた。そこには――――


「お、お、お――――お前!? いつの間に俺の背後をとりやがった!?」


「き、キアさん!?」


「いつからそこにいたのだ!?」


。そして――――ずっと見ていました」


 なんとそこには、ぽっかりと虚空に漆黒の穴を開け、その穴から青く整った天井のミナトを見つめるキアがいた。


「おや? これは驚いた。キア君はができるんだね?」


「な、なんでそんなことすんだよ!? 正面から来いよ!? びっくりするだろ!?」


「――――ごめんなさい」


 焦りまくりながらも、軽やかに天井から床へと着地するミナト。

 キアは素直に謝罪の言葉を発しつつも、その二つの瞳は瞬きもせずにまっすぐにミナトを見つめ続けていた。


「ごめんなさい――――」


「ん……? あ、いや――――俺の方こそ驚きすぎた! 悪い!」


 尚も謝罪の言葉を発するキアに、ミナトは気にすることはないと笑みを見せて歩み寄った。しかし――――


「ごめんなさい――――」


「んんん……?」


「ほう……? これは……?」


 三度同じ言葉を繰り返すキア。

 どうも通じないそのやりとりにさすがのミナトも困惑の表情を見せる。


「なるほど――――わかりましたよ! キアさんがミナトに伝えたいことがっ! キアさんは、ミナトを驚かせたことについて謝っているのではないのです!」


「そうなのか!? じゃあなにに……?」


「相変わらず脳筋ですねぇ……いいでしょう、ここはこの私がお手伝いしましょう!」


 しかしその様子を横でじっと見ていたクラリカは納得したように声を上げると、首を傾げるミナトを制した後、キアに穏やかな声で導くように声をかける。


「キアさん……ミナトはそのようなことを気にする方ではありません。こういう時、私たちの言葉ではこう言うのです――――――――と」


「………………わかりました、クラリカ」


 クラリカの言葉を受けたキアはそう言うと、再び目の前に立つミナトに視線を定め、ゆっくりと口を開いた。


「――――ありがとう。私は、まだ消えていません」




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