ハーフエルフは異世界に行きたい


「よし、これくらいでいいだろう。では、早速作業を始めるとしよう」


「おおお……! よくわからんがとにかく凄いな!?」


 どこまでも開けた紫色の平原。

 奇っ怪な植物が生い茂るその場所に、なんの前触れもなく巨大な構造物が現れた。


 大地から突き出すようにして伸びたその青黒い構造物は、表面はつるりとしていてひっかかりもなく、触ればひんやりと冷たかった。


 円錐形えんすいけいの構造物の周囲にはいくつかの小さな立方体が浮遊しており、その立方体にはそれぞれ文字のような刻みが彫り込まれていた。


「現在までの研究で、ここに書かれている文字の意味は大体解読済みなんだ。似たような設備を見たこともある――――けど、ここまで完全な形で残っているのは初めてだね。クククッ……胸が躍るよ……ッッ! アハハハハハハ!」


「うわぁ……ラエル艦長、とっても悪そうな顔してますっ。わるわるです!」


「ううむ……な、なぜだろうな。ラエル艦長は別に悪巧みをしているわけではないと思うのだが……」


「俺も色んな世界で魔王とか邪神だとかの野郎をぶっ潰してきたけどよ、こういう時のラエルの顔はぶっちぎりで邪悪だぜっ!」

 

「にゃはは…………私もラエルだけは敵に回したくないな~…………」


 数十メートルの高さでそびえ立つ構造物に、手際よく調査用の器具を取り付けていくラエルノア。


 その作業を手伝いながら、ティオとボタンゼルドだけでなく、相当の実力者という話のミナトやユーリーまでもが、ラエルノアの邪悪な笑みに冷や汗を流していた。


「しかしラエル殿……君はなぜそこまでヴェロボーグの足跡を辿ることに執着しているのだ? 研究者としての知的好奇心というのは重々理解するが、どうも今までの君の姿からはそれ以上の鬼気迫るものを感じるのだ!」


「――――ラエルでいいよ。ティオはいくら言っても止めてくれないけど、殿とか艦長とか、堅苦しく呼ばれるのは好きじゃないんだ」


「むっ……! これは失礼した。ならばラエル、君がヴェロボーグに執着するのはなぜだ?」


 全員がせっせせっせと器具を取り付ける中、自らも細長いコードを抱え上げて走り回っていたボタンゼルドは、不意に傍で片膝を突くラエルノアにそう声をかけた。


「そうだね……一言で言うなら、私はのさ」


「俺がいた世界に……?」


「そうさ……! 私には、ということが許せないッ! 本当なら今すぐ君やミナトの記憶情報を全て抽出して、私の物にしてしまいたいくらいにねッ!」


「グワーーーーッ!? 何をするーーーーッ!?」


 言って、ラエルノアは足下のボタンゼルドに邪悪な笑みを向けると、自分を見上げるボタンゼルドの小さな体をと握り締め、目の前に掲げる。


「フフ…………というのは冗談だよ。自分以外の誰かが見てきた光景を再現して見たところでなんの意味もない。やはり、実際にこの私の目で、耳で、肌で得た知識でなければね」


「ぬぐぐ……! 本当に分解されるのかと思ったぞ!」


「あはは! 驚かせて悪かったね。でも最初に言った言葉は本当だよ。私がどんなに手を伸ばしても辿り着けない世界があるなんて、。実際にミナトやボタン君のように、異世界からの来訪者が存在しているにも関わらず、天才であるこの私がその場所に行くことができないなんてね……ッ!」


「なるほど……確かに俺はともかく、ミナトはすでに様々な世界を行き来しているということだったな」


「そうッ! そうなんだよボタン君! ふざけてるとは思わないかいッ!? ここ以外にも無数の宇宙がこの世界には存在していて、そこにはまだ私が知らないことが山ほどあるッ! そんなのは、私にとっては目の前のご馳走を食べずに我慢しろと言われ続けているのと同じさ! 決して許せることじゃないッッ!」


「グワーーーーッ!? 止めるのだラエル! が押されてしまうぞーーーー!」


「あっと……! ごめんごめん、つい力が……」


 ようやく我に返ったラエルノアは、握り締めていたボタンゼルドをそっと自身の手の平に乗せると、先ほどまでとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべた。


「今までの研究結果から、ヴェロボーグは様々な異世界を自由に行き来していた可能性が高いんだ。私が科学的なアプローチで異世界へ行くためには、どうしてもヴェロボーグの技術を手に入れる必要がある――――それが、私の目的というわけだね」


「そうだったのか……! ラエルの夢と心意気、俺にもよくわかった! 丁寧に答えてくれたこと、心から感謝する!」


「こちらこそ長話になってしまって悪かったね。でもそれを言うなら、君はこれからどうするつもりなんだい?」


「俺が?」


 そう尋ねるラエルノアは、誰もが見惚れるような可憐で美しい笑みでボタンゼルドを見つめる。

 そしてボタンゼルドが今も抱え持っていた黒いコードをひょいとつまみ上げると、そのまま隣の器具にカチャリと接続した。


「そうさ。君は偶然こうしてティオや私たちと一緒に行動しているわけだけど、いずれ君にもやりたいことや、この世界で成し遂げたいことが出てくるんじゃないかな?」


「俺のやりたいこと……か」


「まあ、昨日の今日でいきなりこんなことを聞かれても困るだろうけどね。もし君さえ良ければ、ずっと私の所にいてくれていいんだよ。君の存在は貴重だからね、良いになりそうだ……ッ! ククク……ッ!」


「うむ……!? じ、実験サンプル……っ!? なるほど……!? ありがたい申し出だが、そうだな…………!? しょ、少々考えさせてくれ……っ!」


「もちろんゆっくりでいいよ。幸い、私は殆どだからね。いつか君が良い返事を聞かせてくれるのを、のんびりと待っているよ――――」


 ラエルノアはそう言って軽やかな笑い声を上げると、その長く尖った両耳をぴょこんと振り、まるで少女のような表情でボタンゼルドに笑みを向けるのであった――――。




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