第7話 婚約する事に成りました

「はぁ……憂鬱だわ……」


 私は広い中庭の一角にあるベンチに座り、大きく溜息を吐く。レード公爵の一件は、どうしても納得できなかった王子が探偵(私)を個人的に雇って、その裏を暴くという形で幕を閉じている。


 しかも王子は侯爵令嬢の居場所まで掴んでおり、自分との婚約破棄は申し出の通りでいいから、娘さんを呼び戻して意中の相手と結婚させて上げなさいという寛大なお許しまでして終わらせている。帰りの馬車の中、これで公爵家に貸し一つだとほくそ笑んでいたあの顔を私は忘れない。


 ――まあそれは、別にどうでもいい事だった。


 更に言うなら、王子がわざと隠れた恋人の居る侯爵令嬢と強引に婚約し、それを放置しつつ、駆け落ちまで陰でお膳立てしてた事も。王子が只の腹ぐろだったというだけで、しがない男爵家の私にはどうでもいい事だ。


 問題は婚約の話だ。その場の冗談かと思っていたが、つい先日私の元に召喚状が届いた。両氏の元にも婚約契約書が届いているらしい。つまり、冗談では無かったという事だ。正直胃が痛い。吐きそう。


「やあ、マリッジブルーかい?ハニー」


 聞き覚えのある声に振り返り、吐き気に頭痛がプラスされてしまう。そこに居たのは太陽の王子事、ケリン・カリオン王子その人だった。相変わらず爽やかな笑顔だが、今の私には悪魔の微笑みに見えた。


「王子、御一人ですか?」


 私は溜息を一つ付き、お付きがいない事を訪ねる。そう言えば初めて会った時も居なかったなと思い出す。


「ああ、撒いて来た。君と二人っきりで、ゆっくり愛を語らいたかったしね」


 多分それは無理だと思う。中には結構人がいるし、何人かは王子にもう気づいているだろう。じき人垣ができるのは目に見えていた。まあ人がいなかったとしても、そんな物を語らう気は更々無いが。


「王子、本気ですか?」


「勿論さ。さあ語り合おう」


「いえ、其方ではなく婚約の事です」


「勿論さ。さあ語り合おう」


 駄目だこの人。絶対楽しんでる。一時の気まぐれだと良いんだけど。正式な書類が届いている以上、本気で婚約する気なのだろう。いったい何が狙いなのか全く理解できない。


「何故私なんです?」


「君の優秀さに一目惚れさ」


 私の記憶を手繰る限り、そんな様子などまるで無かった訳だが?キラッキラの笑顔でサラリと嘘を言うのはどうかと思うんだけど。


「狙いは何なんですか?」


 駄目元で聞いて見る。この腹黒王子が態々私に婚約を持ちかけたのだ。絶対に何か目的がある筈。だがいくら考えても、ケリン王子側にメリットが思い浮かばない。それだけに王子の行動は不気味だ。目的の分からない行動程怖い物はない。


「狙いなんてないさ、本気で一目惚れだよ」


 帰りの馬車の中であれだけ黒い話をしておいて、そんな話を私が信じるとでも本気で思っているのだろうか?だが、聞いても答えてはくれそうにない。分からない事に巻き込まれるのは不安でしょうがないが、暫くは我慢して付き合うしかないだろう。


「人が集まって来てしまったね。ここではゆっくり出来そうもないし、例の場所へ行こう」


 例の場所――恐らく中央棟の客室だろう。私は王子に強引に手を引かれ、成す術もなくそこへ連れていかれた。

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