第5話 婚約破棄の謎に迫れ③
きょろきょろと辺りを見回す。王子と私が通されたのは客室なのだが、兎に角広い。設えられている調度品も明らかに高そうな物ばかり。殺風景なうちの客室と比べて天と地程の差だ。
「何か面白い物でも見つかったかい?」
「ああ、いえ……」
王子は高そうな客室のソファーに身を沈め、私はそのすぐ後ろに立っていた。他の護衛やお付きの人達は別室で待機している。これからするのは超繊細な話であるため人払いがされており、室内には最低限のメイドが残されているだけだった。
「しっかり頼むよ。名探偵」
王子がウィンクしてくる。まさか日に2度もウィンクを飛ばされようとは、流石数々の女性と浮名を流している人物だけはある。
しかし良いのだろうか?
私の事を名探偵なんて呼んで。
レード公爵様は少し席を外しているとはいえ、公爵家のメイドはこの場にいるのだ。
聞かれたら不味い気がするんだけど?
「君が言いたいことは分かる。でも問題ないよ。今日がお互い腹の探り合いだという事は、向こうも重々承知してるだろうしね」
だったら最初の紹介も堂々と雇った探偵と言えばいいのに……
まあそう真っ直ぐに言えないのが、高位貴族の社交という奴なのだろう。家でも客にトマトを振るう時は――うちの男爵領はトマトが名物――家庭菜園で作った物にも拘らず、最高級品質の物を態々取り寄せたって偽って出すから、それと似たようなものなのかもしれない。
扉がノックされる音が室内に響く。分厚い木製の扉がゆっくりと開き、レード公爵が室内に入って来た。その後ろを、美しい金髪の美女が静々と付き従う。王子がソファから立ち上がって笑顔をその女性へと向けると、彼女はそれに答えるかのように淡いブルーのスカートの裾を広げ、優美に一礼した。
「お待たせしました、殿下。申し訳ないのですが、娘は今喉を傷めておりまして。どうか無礼をお許しください」
「そうなのかい?君の美声が聞けなくて残念だよ、マーマ」
彼女の喉が痛んでいるというのは、真っ赤な嘘だった。
「君と会うのは2年ぶり位か……凄く綺麗になったね。本来なら来年の結婚式で3年ぶりの再会を果たして君と結ばれる筈だったんだが、残念だよ」
え!?
今なんつったこの王子様?
開いた口が塞がらないとはこの事だ。何かロマンチック気に語ってはいるが、要は3年間も婚約者をほったらかしにしようとしてたという事だろう。女癖の悪さを抜きにしても、そんな態度じゃ婚約破棄されても全くおかしくはない。なんだか調べるのが馬鹿らしくなってきた。
「……」
マーマさんは無言で頭を下げる。
「君の口から直接理由を聞きたかったんだが、それは無理みたいだね」
王子がソファに腰を下ろすと、それに続いて公爵親子がソファに腰かける。
「説明の方は、改めて私の口からお伝えさせて頂きます」
レード公爵が内容を淡々と告げる。遠回しに長々と語ってはいたが、纏めるといたってシンプルだ。
王子が全く会いに来てくれない事。
しかも女性との浮名が延々噂として入って来る事。
それらが原因で彼女はストレスが溜まり、王子との婚姻に不安を強く感じる様になり、一度婚約話を白紙に戻して考える時間が欲しいとの事だ。
まあ要は全面的に王子が悪い。そういっている訳だ。
「……そうか、わかった」
王子は何も反論せず。その言い分を静かに受け入れた。まあ一度王宮で聞いている訳だし、事実なのだから反論の余地も無いのだろう。
「婚約破棄の件、確かに確認させて貰ったよ」
「大変素晴らしい縁でしたのに、娘が我儘を言って本当に申し訳ありませんでした」
公爵とマーマさんが立ち上がり、深々と頭を下げる。内容を聞く限り絶対的に王子が悪いのだが、それでも頭を下げなければならないのが階級社会の辛い所だ。
まあ本当に王子が悪ければ……の話ではあるが。
「頭を上げてくれ。悪いのは私の方だ。今日は正式に発表する前に、最後の確認をしに来ただけなのだから。そう畏まられても此方が困るよ」
「殿下、寛大なお心遣い感謝いたします」
「所でレード卿。かっこ悪い話なのだが、少し催してしまってね。トイレを借りても構わないかい?」
「は、それは勿論です」
「ありがとう」
メイドの一人がドアを開け、トイレへと王子を案内する。私は王子の後に黙ってついて行く。案内されたトイレは、トイレの手前に待合室の様な物が備え付けられていた。貴人の連れて来た従者達を待機させる場所なのだろう。木っ端貴族の家にはそんなもの当然なく、大貴族の屋敷はやはりすごいと再認識させられる。
案内してくれたメイドは待合室の外で待機している。今なら内緒話にはもってこいだ。まさか王子も、本気でトイレに行きたくてここに来たわけではないだろう。
「それで、何か分った事はあるかい。名探偵君」
あんな短時間で分かることなど無い。普通ならば……の話、ではあるが。幸いな事に、私は名探偵。私の
「マーマ様は偽物ですね」
「ほう……」
現れたマーマ様は偽物だった。私の超能力で相手の魂を見れば、それは一目瞭然だ。魂には色がある。色は一人一人違う訳だが、今回は色で判断したわけではない。魂の特徴には色以外にも、木の年輪と同じような層があるのだ。魂の層は若ければ若いほど厚く、年を重ねる毎に細く細やかな断層へと変わっていく。私はその変化で彼女の年齢の差を見抜いた。
マーマ・レード侯爵令嬢は21歳。彼女は王子の2つ上だ。だがあの時客室に現れた女性の年齢は明かに20を超えていなかった。偽物で間違いないだろう。
「では彼女は何者なんだい? 」
王子が気づいて指摘しなかったという事は――何年も会っていないとはいえ――偽物は本物と瓜二つなのだろう。そんな都合のいい替え玉など、早々居るものではないだろう。
歳が少し下で瓜二つ。
考えられるとしたら――私は可能性を口にする
「あれは恐らく妹さんかと」
姉妹なら似ていてもおかしくはない。勿論似ていない姉妹も存在するが、可能性としてはそれが一番高い筈だ。
「妹……か。確かに彼女には妹がいたな。僕はあった事はないが、似ていてもおかしくはないね」
問題はここからだ。きっと王子は何故そう思うのかと聞いて来るはず。超能力の事を伝えるのが一番手っ取り早いのだが、面倒事になるのは目に見えている。だから私は適当な
「しかし、どうしてそう思ったんだい?根拠を聞かせて貰えるかい?」
王子は嬉しそうに目を細める。普通元婚約者が偽物だと聞かされれば驚くはずなのに、王子の反応は何故か楽しそうだ。私はその事に違和感を感じつつも、頭の中で纏めた
「私は少し前に、一度だけマーマ様のお顔を見る機会がありました。記憶力には自信があるので、別人である事は間違いありません」
何処で?と聞かれると嘘なので答えに困る。だから余計な質問を挟まれる事が無い様、言葉を捲し立てた。
「妹さんだと思ったのは、年齢的な理由です。彼女は21にしては少し若すぎましたから。肌は明らかに10代の物でしたし。まあ化粧で誤魔化そうとしていた様ですが、私の探偵としての観察眼を騙す事は出来ません。それともう一つ、王子を騙す為にはそれ相応の似通った顔立ちである必要があります。ですが早々都合よく替え玉などを用意できるとは思えないので、そこで姉妹ならばと考えた次第です」
一気にまくし立てたので、少し息が上がる。私はゆっくりと深呼吸をして息を整えた。
「成程。言葉を話せないと言ったのは、ボロが出るのを避ける為か……。いやしかし驚いたよ。あの短時間でそこまで気づくなんて。実は僕も彼女には少し違和感を感じていたんだが、君の説明で納得した。本当に素晴らしいね。流石は名探偵だ」
王子様は仕切りに感心する。どうやら余計な突っ込みは無さそうで安心した。
「しかし何故、公爵は妹を替え玉に据えたのだろうか?」
王子が疑問を口にする。考えられる理由は2つだ。私は手を口元に当て、少し思案してから口を開いた。
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