第26話「絆創膏と怪物幼女」
【轟 龍奈】
店中に散らばった炒飯とテーブルの残骸をざっと片付けた後、気を取り直して作戦会議が始まった。
「俺が調べた限り、現時点で実験体がどこかの機関に保護された記録はない。つまり、一般人に保護されているか、単独で何処かに潜伏している可能性が高い」
ふわふわ頭が机の上に置かれた資料を指でトントンと小突きながらそう言った。実験体が逃亡してから約一週間、それなりに捜査はしていたようだ。
「まあ、資料を見る限り幼児程度の知能しかないんだろ、自分の意思で隠れている線は薄いんじゃないか?」
「てかさ、もう既に死んじゃってるって事はないの?」
安藤兄妹は真面目に会議に参加しているが、炒飯を喪った悲しみからか、そこはかとなく物憂げに見える。
「それはない。俺も詳しく理由は聞かされていないが、実験体が生きている事は確定事項らしい」
言い分から察するに、ふわふわ頭も上からたいした情報は得ていないらしい。
しかし、発信機が付いているわけでもないのにフーちゃんが生きていると断定しているのが気になるところだ。
この街にフーちゃんがいるという根拠もかなり曖昧だったけど、実際にフーちゃんはハレが保護している。
組織は私たちに言わないだけで、実はフーちゃんの位置や安否を確認する手段をもっている可能性がある。というか、その方がしっくりくる。
なんにせよ、今はフーちゃんに関する情報が少な過ぎる。
「――もしミナトに流れ着いてたら、ちょっと厄介な事になるかもな。そっちは俺達が調べるぜ」
私が考え事をしている間に、捜査区域の割り当てが始まった。とにかく、今は目先のことに集中することにしよう。
「じゃあ安藤兄妹は新都の南区とミナトを担当でいいわね。龍奈達は北区を捜査するわ」
新都の南区は海に面した工業団地が広がっている。そのさらに奥の埋め立て地が通称『ミナト』。災害時に溢れた犯罪者やならず者が集まり、独自のコミュニティを築いている人工島だ。
安藤兄妹はミナトの出身だし、ここを任せるのはごく自然な流れだ。
その流れに乗じて私は北区の捜査を申し出た。北区は旧都と新都の繋ぎ目に位置する。つまりは、ハレとフーちゃんがいる
「だったは僕たちは中央区を捜査するよ」
私達の学校や、商業施設がひしめく中央区の捜査に名乗りを挙げたのはござるだった。
私は北区さえ担当できればあとはどうでもいい。他の地区をいくら探してもフーちゃんが見つかることはないのだから。
「いや、レオナルド達は西区を頼みたい。中央区は
私はどうでもよかったのだけど、思いもよらぬところで待ったがかかった。
「寅邸って、今日来てない方ですかー?」
シャーロットが頬に指を当てて、首を傾げた。あざといポーズだけど何故か彼女がすると様になっている。
「そうだ、寅邸はここ数ヶ月で十人以上の魔女を狩ってる。そのせいかあいつに限っては上もある程度自由にさせてるからな。中央区担当は本人たっての希望らしい」
「そもそも何で今日来てないわけ?」
「最近狩った魔女が手強かったんだろう、派手にやり合ったらしくてな。副作用で療養中だ」
副作用、ということは寅邸の相方が外装骨格を使ったということだ。あれを使ったあとは確かに数日はろくに動けない。
「相方が副作用でへばってようが寅邸とやらだけでも来れるだろ。そいつも怪我したのか?」
「さあな、上も了承済みだから別に問題ないだろう。話を戻すが、俺たちは残る東区を担当する」
ふわふわ頭は東区の捜査を名乗り出た。東区には何があるのかよく知らない。
「フフ、確か東区にはそれはそれは立派なチャペルがあったはず……つまり式はチャペルウェディングで決まりということですね、ダーリン!」
「お前がどうしようもなく馬鹿だってことは伝わった」
ふわふわ頭はやれやれという風にため息をついた。いったいこいつらの関係はなんなんだろう。
「とりあえずこれで話はまとまったな。一週間後の同じ時間にまたここに集合だ。それまで騒ぎを起こさないように慎重に行動してくれ」
これで会議はとりあえず終了。お父さんはおもむろにレオナルド達の炒飯を回収した。
「温めなおしてやる、安藤達の分も作るから食っていけ」
さっきまで哀愁が漂っていた安藤兄妹の目が輝いて露骨に元気になった。本当にこんなのがミナトでやっていけていたのか少し疑問だ。
「平田と桐崎は食っていかないのか?」
店をぐちゃぐちゃにされたのに、我が父ながら人がいいことだ。ふわふわ頭と桐崎もキョトンとした顔をしている。
「……じゃあ、せっかくなんで頂いていきます。こころ、もう一度ちゃんと轟さんに謝っとけよ」
「はい、お店を壊してしまいすみませんでした。炒飯、大盛りでお願いしますね」
お前も食べたかったんかい。
「あと、龍奈さん。これどうぞ使って下さい」
そう言って桐崎は懐から絆創膏を取り出して、私に差し出した。花柄の可愛いデザインだ。
「……なによこれ」
「私が机を壊した拍子に破片か何かが飛んだのだと思うんですけど、額を怪我されたようなので。可愛いお顔に傷をつけてすみません、まあ私ほどではないですけど」
言われて額を触ると、手に少しだけ血が付いた。確かに少し切っているみたいだ。全然気が付かなかった。
「アンタ、謝んのかケンカ売んのかどっちかにしなさいよね」
私はひったくるように絆創膏を受け取った。こんな擦り傷すぐに治癒するんだけど、好意で言ってくれているんだから無下にするのも忍びない。
顔に絆創膏なんて貼ってても、バカハレは鈍感だから気づかないんだろうな、と急にセンチメンタルな考えが頭をよぎった。
* * *
「――おい平田、お前ら島を襲った奴のことは直接見たんだよな?」
炒飯を食べ終えた安藤兄が、楊枝を口に咥えながら呟やくように言った。
現在テーブルには私とござるのペア、安藤テンとふわふわ頭が座っている。オルカと桐崎は店で暴れた罰として皿洗いだ。
「ああ、俺たちは島の警護担当だったからな。見たというか戦った」
「そうか、襲撃者は一体どんな奴だったんだ?」
それは私もかなり気になる。警護担当に抜擢されるくらいだから、ふわふわ頭と桐崎は相当に腕が立つ筈だ。
その二人をもってしても、仕留めるどころか正体も掴めないような相手とはいったいどんな奴なのか。
「何から話せばいいのか、とにかくぶっ飛んだ奴だった。まず幼女なんだよ」
「「幼女?」」
テーブルに座っていた全員が同時に反応した。聞き間違いかと思ったけど、全員が言ったのだから聞き間違いではない。
「嘘みたいな話だが、片手にトマトジュースを持った幼女が散歩でもするみたいに島を歩いていてな」
「いやいや、さすがにそれはないだろ。襲撃者って魔女じゃなかったのか?」
安藤兄が露骨に狼狽する。私だってそうだ。魔女狩りの施設を襲撃するなんて人間にはとてもできる話じゃない。
「それもどうか定かじゃないんだよ。魔法は使っていたからおそらく魔女のはずなんだが、なにせ幼女だからな。七、八歳くらいに見えたが」
「お前、そんな子供をみすみす逃したのか? 子供だからって手を抜いたんじゃないだろうな」
「俺達も最初は生きたまま捕らえるつもりだったさ、尋問しないといけないからな。けどすぐに殺す気で相手をすることになった。あいつは化け物だ」
ふわふわ頭が忌々しげに眉間にシワをよせた。もし本当の話なら異常だ。魔女は肉体が成熟するまでは歳をとる。そこからは成長が止まるわけだから、見た目では年齢がわからない。
しかし、七、八歳ということはまだ成長途中。つまり見た目のままの年齢のはずだ。そんな子供が魔女狩りの施設を襲撃だなんて、あり得るのだろうか。
「化け物だなんて、その子そんなに強かったのー?」
シャーロットは栗色の髪をくるくると弄んでいる。
「へたすりゃ
「……まじかよ」
「ていうかアンタ、子供相手に容赦無いわね」
「お前もあいつと戦えば分かる。殺す気でやらないとこっちが死ぬ。俺たちも運良く生き延びただけだ」
ふわふわ頭は冗談を言うタイプには見えないし、おそらく今の話は全て本当なのだろう。フーちゃんのことといい、今回の件は思ったより大きく、深刻な事態なのかもしれない。
結局何もかもが分からないことだらけだけど、とにかく出来ることならば、その怪物幼女には会いたくない――
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