第24話「ウエディングドレスと白無垢」
【????】
――あの怪物に島を襲撃されてから早くも一週間が経とうとしている。
実験体を逃したと思われる研究員の死体は先日海からあがったが、肝心の実験体は未だ行方知れず。
取り付けていた首輪型の発信機は海の底から本体だけで発見された。おそらく逃亡に協力した研究員が外して捨てたのだろう。
発信機の移動の痕跡から、日本のある都市に向かっていたことが予測された。俺が今いるこの街である。
現地の構成員に協力を仰げとの指示だったが、はたして本当に信用できる奴らなのか。少なくとも現段階ではかなり怪しいところだが――
「――ダーリン? 急に立ち止まってどうしたんですか?」
俺は『集合地点』のあまりの異様な雰囲気を目の当たりにして、思わず情報整理という名の現実逃避をしていたようだ。
俺の腕に絡み付いていたこころが、不思議そうな目で俺の顔を見上げている。相変わらず吸い込まれそうな暗い瞳だ。ハイライトを入れ忘れてるぞ神様よ。
「ん、ちょっと考え事をな」
「ははぁ、わたくしには白無垢とウェディングドレス、どちらが似合うのか悩んでいたわけですね!」
「全然違う」
何が『ははぁ』だ。二度と使うな。
「心配いりません、両方着れば問題ありませんから! で、式の日取りなんですけど……」
「いや、聞けよ! ったく、いいから中入るぞ」
数日前、生きるか死ぬかという戦いをした俺たちだが、どうしてなかなか図太いようで、今日も平常運転だ。
この何気ない日常の大切さが、今なら痛いほどに感じられる。どうか、この日常を一日でも長く――そう願うのはきっと罪なのだろう。
だとしても、どんな罪を犯してでも俺は前に進むしかない。進む先がどうしようもない地獄だと分かっていてもだ。
俺は意を決して建物の扉に手をかけた。扉にはお手製と思われる『命を懸けて準備中』の案内板がぶら下がっていて、冗談にしても皮肉が効きすぎていると苦笑いが漏れた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか――
【轟龍奈】
まだ空が明るくならないうちから、こっそりと布団を抜け出した私は、気配を殺し、泥棒よろしく忍足で廊下を歩いていた。
目的の部屋は普段から使われていない、荷物置きになっている部屋。そこに私の学校の制服があるのだ。
部屋に入ってクローゼットを開けると、懐かしさすら覚える紺色のブレザーが二着、スカートとセットで行儀よくハンガーに掛かっていた。
私は少し考えてから、丈が大きい方の制服を取り出して部屋を後にした。
~一時間半後~
制服を無事に届けた私は、さっきのハレの眠そうな顔を思い出しながら家路についていた。
今はもう午前六時頃だろうか、遠くの空が少し白み始めている。
『……お前、今何時だと思ってんだよ』
眠そうな目を擦りながら、ぶつくさ不満をこぼすハレの顔はなんというか間抜けで、ちょっと可愛い。
早朝から家を出るのは、ハレの家に行くのをお父さんに知られたくないというのが主な理由だけど、正直少しくらいは、あのうつらうつらとしたハレの顔を拝みたいという気持ちもあったりする。
ハレの家から、ゆっくり歩いて十五分もすれば私の家だ。この時間ならお父さんはまだぐっすり眠っている。
――はずだったのだが、玄関を開けると、お父さんが立っていた。
予想外のことに言葉も出ないまま、けれどぎこちなさを隠すように、靴はきちんと揃えて直した。
「龍奈、こんな朝早くからどこ行ってたんだ?」
お父さんはいつもの仏頂面に仁王立ちだけど、少し心配そうな声音だった。
まさかこんな時間にお父さんが起きるなんて完全に誤算だった。だとしても自分のせいで心配をかけてしまった事には、少し心が痛んだ。
「別に、朝のウォーキングだけど。早上がりは三文の徳って言うでしょ」
「早起きは三文の徳、じゃないのか? 早上がりしたら給料削られてむしろ損だろう」
「ああもう、朝からいっちいちうっさいのよ! だいたい、お父さんこそ何でこんな時間に起きてるわけ?」
昔から私はよく言い間違いが多かった。その度にお父さんによく訂正されていた記憶がある。
最近ではハレにもよく指摘されるけど、伝わってるなら別に細かいことはいいんじゃないかと思う。ていうか、いいでしょ。
「む、それがさっき上から連絡があってな、緊急招集だそうだ」
定期報告の時期でもないのに、それもこんな時間に連絡してくるなんて初めてだ。
それも緊急招集ということは今すぐ指定された場所に集まらなければならないと言う事。明らかに異常事態だ。
「はぁ? 今から!? どこに集まろうってのよ」
「それが、どうもうちの店らしい」
「はぁ、最高……」
どことなく、心当たりというか嫌な予感はしていた。
そして悲しい事に、こういう時の勘はなかなか外れないのだ――
* * *
「へー、美味い料理出しそうな店じゃん」
「オルカ、いきなり押しかけてそんな事言ったら轟さんに失礼だろ」
「でもさ、お兄も見てよ。すんごいボロボロだよこの店。ボロい店ほど料理は美味いって相場が決まってるんだから」
「いや失礼にも程があるわバカ」
ようやく空が明るくなってきた頃、最初に店に来たのは私も知っている二人だった。
「テン、別に気にしなくていい。ボロいのは本当だ。もちろん料理が美味いのもな」
お父さんにテンと呼ばれた男は、安藤テン。私たちの業界では年齢なんて見た目でわかったものではないけど、彼に限っては二十代前半くらいのはずだ。
彼は元々、若くしてミナトの半分を仕切っていた実力者だったらしいが、故あって今は私たちの同業に身を
外国の血が入っているのか、髪は雪のように真っ白で切長な目にはブルーの瞳が収まっている。まあ端的に言ってイケメン。かなり人目を引く外見、私達にとってはむしろ邪魔でしかないけど。
ついでに言うと私のタイプではない。
「轟さん、会議終わったら何か作ってよ! あたしもうお腹ぺこぺこでさー、ってあ痛っ!?」
そして今、安藤テンにチョップをされたのが妹の安藤オルカだ。
どこかの学校かは知らないが、セーラー服を見に纏っていて、黒髪のセミロング。しかし前髪に二束ほどの銀髪がメッシュのように混じっている。
「ちょっと、店の中で暴れないでよね」
頭にチョップを食らった妹が、兄の頭に齧りつきだしたので激化する前に牽制しておく。
「こら、離れろオルカ! 悪いな龍奈ちゃん、暴れるつもりは無いんだけど……っ痛ぇ!」
必死にオルカを引き離そうとしているようだが、今度は顔に触れた腕を噛まれている。仲の良い兄妹だ。
――ガラガラッ、という音に私と、揉み合っていた安藤兄妹の視線が集まった。
「初めてお目にかかり申す。レオナルド・ウォーカー招集に応じ馳せ参じ申した!」
「初めましてー。シャーロット・キャベンディッシュですー」
武士だった。
いや、まあ武士ではないんだろうけども、招集されたって言ってるし明らかに同業の筈なんだけど……何か喋り方がおかしくなかっただろうか。
「あれ、シャーロット今普通に話してなかったでござるか?」
「うん? そんなことないよ。あ、……ないでござる」
店に入ってくるなり、何やら武士もどきと連れの女の子が揉め出した。
あまりのインパクトに安藤兄妹も揉み合った体勢のまま固まっている。
「あの、そこの御仁、
武士もどきに話を振られた可哀想な御仁は私のお父さんだった。
「別に変じゃないぞ。今が江戸時代だったらだが」
朴念仁のお父さんにしてはウィットに富んだ返しだ。もしかしたらバイト中のハレと私のやり取りが影響してたりするのだろうか。いや、それは少し穿ち過ぎか。
「一周回ってこの口調が今は主流だって言ってたのに……シャル、僕を騙したの?」
「ごめん、悪気は無かったの。赤っ恥をかくレオの顔が見たくて」
「……そんなの、悪気しか感じられないよ」
何やら神妙な面持ちになっている男は、どうやら普通に日本語を話せたみたいだ。
栗色の短髪に身長は百八十ほどだろうか、こいつと話してると首が痛くなりそうだ。
隣の女は、男と同じ栗色の髪を三つ編みに結っていて、身長はフーちゃんと同じくらい。
疑う余地もなく、海外の支部から来た構成員だろう。ていうか日本語上手いわね。
「ちょっとござる! いつまでも店の入り口でつっ立ってんじゃないわよ!」
「え、ござるって僕のこと?」
「ほかに誰がいんのよ! 人様の店で騒いでないでさっさっと座んなさいよね!」
「に、日本の女の子って気が強いんだね。あと僕のことはレオって呼んでくれたら嬉しいかな」
「えー、私はござるも可愛いと思うけどー」
なんだかんだ言いながら、ござると三つ編みは誘導された通り、四人掛けの卓を二つ無理やりくっつけた席に向かう。
安藤兄妹も心に刺さるものがあったのか、しおらしく席についた。お父さんは仁王立ちで何やら『うんうん』とうなづいているけど、そもそも仕切るのはあんたの役目なのだ。
今日招集がかかったメンバーは全員で十人。現時点で集まったメンバーは六人。二人は既に欠席の連絡を受けているから、あと二人で揃うわけだ。
わたしはテーブルにおとなしく座っている四人のために、飲み物を用意しながら考えた。
近所では夜道で女の子を襲うチンピラがいたり、買い物に行けば魔獣やら魔女が湧いたり……。
果てはこんな寂れた店に、魔女狩りが八人も集まろうってんだから、ほんと物騒な世の中よね――
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