第22話「木こりとタコさんウインナー」

 【辰守晴人】


「――フーを学校に連れて行く!? 狂気かお前!?」


「正気かどうかを疑いなさいよバカハレ! ぶっ飛ばすわよ!」


「だいたい、連れて行くっつても、どうやるんだよ」


「簡単よ。龍奈に成り済まして登校すればいいのよ。龍奈ずっと学校行ってないし、アンタ一緒のクラスだし」


「いや、いやいやいや、龍奈さん。バレるよ!?」


「大丈夫大丈夫、明日龍奈の制服持って来るから、せいぜい首を洗って待ってなさい!」


「首を長くして、だろ。俺が殺されるみたいになってんぞ。つーか、お前のじゃフーにサイズ合わないだろ」


「心配ないわよ、高校入ったら伸びると思って、大きめのサイズ買っといたから。一ミリも伸びなかったけどね……」


「悲しいエピソードパートIIかよ」



~現在~



「――で、この時の木こりの心情だが、とどろきお前分かるか?」


 現国の教師が、黒板に書かれた『木こり』という文字から、チョークで矢印をひっぱりながらそう言った。


 龍奈、もといフーは自分に向けて発された言葉だと数秒してから気づき、俺の方をチラッと見た。


「……何でもいいから適当に言っとけ」


 俺は出来るだけ小声でフーにそう言ったが、教室中の注目がフーと、ついでに俺に集まっているため多分全員に聞こえている。


「えーとね、これは多分――」


「――轟、その、すまんが立ってから答えてくれるか?」


 フーが椅子に座ったまま話し始めたので、教師がたじろいでいる。どことなく腫れ物を扱う様な話し方だ。気を使うなら最初から当てなかったらいいんじゃないだろうか。


「立つ? ハレ、立って答えたらいいの?」


「……ああ、そんで答え終わったらまた座る」


 フーは無邪気に笑って楽しそうだが、正直俺としてはさっきからクラスメイトの視線が痛い。


 なんで一緒に登校して来たのか、二人の関係は? そもそもあれ轟さんじゃなくない? という具合に、俺がもし不良だと怖がられていなかったら、根掘り葉掘り質問攻めにされること請け合いだ。


「うーん、木こりはたぶんお昼ご飯のこと考えてたんじゃないかな? 朝ごはん食べたってどこにも書いてなかったし」


「……轟、目の前で人が熊に襲われてるのに昼メシのこと考えてたとしたら、木こりはきっとサイコパスだぞ」


 俺も先生と同意見だ。フーの斜め上の回答に教室内は笑いに包まれている。


 フーはなぜ笑われているのかおそらく理解していないだろう。きょとんとした顔をしている。本当にこんな調子で大丈夫なのか?



~昼休み~



 四限の終了を告げるチャイムが鳴った途端、食堂へ走るもの、購買へ向かうもの、机をくっつけてグループで弁当を囲むもの、速足に各々のランチタイムが始まった。


 俺はいつも自分の席で黙々と弁当を食べるわけだが、今日はその限りではない。


 フーが俺の真ん前に椅子ごと移動してきて、人の机を半分占領しているからだ。


「ハレー、やっとご飯の時間だね! 私、じゃなかった、龍奈もうお腹ペコペコだよー」


 俺が朝こしらえた弁当箱を机に置いて、フーは歌うようにそう言った。


 制服を着て微笑むフーは、正直ドキリとするくらい可愛いんだが、鼻の下を伸ばしている場合ではない。


 気を抜かずに見張っていないと、今も一人称を私って言いかけてたし、まだまだ危なっかしい。


 まあ私って言おうが龍奈って言おうが誰も気にしないと思うけど、念のためだ。


 クラスの奴らも依然俺たちのことが気になるようでチラチラと視線を感じるし。


「まあ、フ、龍奈は食いしん坊だからな。いっぱい食えよ」


 いかん、俺も人のことは言えない。そもそも龍奈とフー、二人が正反対過ぎるのも原因の一つだろう。


 この太陽の様な眩い笑顔のフーを、龍奈と呼ぶのはなんだかはばかられるというか……うん。これ龍奈に言ったら殺されるな。


 パチっ、と合掌した音につられて目を上げると、フーはいただきますと元気いっぱいに言うや否や、猛烈な勢いで弁当を口に頬張った。


 よっぽど腹が減っていたんだろう、現国の授業で木こりがサイコパス食いしん坊にされたのもそのせいだったのかもしれない。


「ハレが作ってくれたお弁当美味しいねー」


 ほっぺにご飯粒を付けたフーがくしゃっと笑った。

 なんだこれ、ちょっと可愛すぎやしないかこの生き物。


「そりゃどうも。けど落ち着いて食えよな、ほっぺがおっちょこちょいになってんぞ」


 俺は出来るだけ平静を装いながらフーのほっぺについた米粒をとって見せてやった。


――その時、ふと視線を感じて周りを見渡すと、クラスの女子たちが何やらニヤニヤしながら俺達の方を見ていた。


 しまった。つい家に居る時のノリで……


 まずい、と思った時にはもう遅い。遅いどころか、フーが俺の人差し指に付いた米粒を、指の先ごとパクリと食べてしまったので、決定打になった。教室の端からキャーキャーと声が聞こえる。


 完全に、と思われただろうな……。


「ハレー学校って楽しいね! 何で龍奈は来ないんだろう?」


 フーは周りの視線を意に介さず、タコさんウインナーを箸で持ち上げながら小声でそう言った。


「……さあな、いろいろ事情があるんじゃねぇの?」


 龍奈が学校に来ていた最初の三日間で、何か問題を起こしただとか、病気になっただのという話は俺の記憶には無い。


 ただ突然不登校になったのだ。


 当時、俺は家が近いからという理由で龍奈の家にプリントやらを持っていったのだが、玄関から出て来たのが三龍軒の店長、つまり俺が借りたばかりの家の大家だった。


 何回かプリントを持って行くうちにだんだん店長と親しくなって三龍軒でバイトをすることになった。


 店に出ていた龍奈と話すようになったのはそれからだった。


 龍奈とはなんだかんだで半年の付き合いだけど、あいつの事全然知らないんだよな。


 全然知らないと言えば、フーは結局何者なんだろうか。


 魔女だということが昨日ようやく分かったが、それ以外はさっぱりだ。


「なあ、俺と会う前どこで何してたか思い出せないか?」


 既に何度か聞いた質問だけど、もしかしたら何か思い出しているかも知れない。


 フーは難しそうな顔をしてしばらく考え込んだ。


「……むぅ、水の中に居たような気がする、かも」


「水の中?」


 『思い出せない』とか『分からない』以外の初めての答えだった。もう少し詳しく聞いてみる必要がありそうだ。


「うん、なんとなく、お風呂みたいなお湯の中に居た気がするんだけど、あとは、雨がいっぱい降ってて、えっと、あの辛い水、なんだっけ?」


「海か?」


「それ! 海に落ちたの! あとは……わかんない」


――なるほど、全然分からん。


 風呂に入ってたら雨が降ってきて海に落ちたってことなのか? それどういう状況?


「ほかは何も思い出せないか?」


 フーは再び考え込むように顔を伏せて指で眉間をグリグリしている。十数秒ほど経って、急にフーが顔を上げた。


「……あ、お湯の中に居た時に、誰かがアイビスって言ってた気がする、かな?」


「……アイビス? なんのことだ?」


 またお湯か、風呂ではないのか? それにアイビスって何だ、聴けば聴くほど分からないことが増えていく。


「むぅ、わかんない」


 フーはしょぼんとした顔で眉をハの字にして、唇を大袈裟に突き出した。これがまた可愛くて、俺の思考回路を停止させようとしてくる。


「ま、まあ思い出せないことは仕方ないし、とりあえず飯を食っちまおう。邪魔したの俺だけど」


「ハレは全然邪魔じゃないよー! それに私、あ、龍奈もう全部食べたもん」


 見るとフーの弁当箱にはブロッコリー以外全部無くなっていた。早い、早すぎる。もしかして早食いの魔法とかあるのだろうか。


……早いといえば、たしか櫻子もこんなペースだったっけ。


 俺の弁当も半分、フーにやることにした――

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