第16話「魔女狩りと鴉」


 【馬場櫻子】


――秘蔵の紅茶というのはどうやら比喩では無かったらしく、ローズさんは仰々しい南京錠の付いた大きな衣装ケースから、金色の箱を取り出した。


 その箱に茶葉が入っているらしく、ローズさんは慣れた手つきでそれをポットに移したりと、お茶の用意を進めている。


「ちゃんと鍵をかけておかないとね、勝手に飲んじゃう悪い子がいるのよ」


 ローズさんは依然、物腰柔らかに話しているが、目線はマゼンタさんを見ている気がする。


「……やれやれ、百年も前の事をいつまで根にもってるんだか」


 マゼンタさんは椅子に座るでもなく、かといってローズさんの手伝いをするわけでもなく、部屋の壁にもたれかかっている。


「ふふ、根にもってなんていないわよ。それにまだ九十四年しか経ってないわ」


「絶対根にもってるでしょ、それ」



~数分後~



――全員に紅茶とクッキーが行き渡ったところで、ローズさんが世間話をするように魔女の成り立ちについて話し始めた。


「――今から数世紀前、ある特別な因子を持って生まれてくる子供が出現し始めたわ。その因子を持って生まれた子供は肉体が成熟すると老いることが無くなり、特殊な能力を操ることができた。それが私達、魔女の起源だと言われているわ」


 ローズさんは紅茶を一口飲むと、静かにカップを下ろして続けた。


「当時の魔女達は自身が何者かも分からず、周囲の人間から、老いることない化け物、悪魔と契約した魔の者達だと迫害を受けた。魔法の使い方を知っている魔女なんてほんの一握りで、同じ村に住む住人や、教会の異端審問官に大勢の魔女が抵抗する事もできずに殺されたわ」


 今現在、世界の守護者として崇められている魔女が迫害され、虐殺されていたなんて、にわかには信じられない話だった。


 でも、ローズさんの悲痛に満ちた瞳が、それが実際に起きた事実である事をものがたっていた。


「やがて魔女たちは自身の正体を隠して身を寄せ合い、世間から隠れるようにひっそりと暮らし始めた。それでも人間が迫害を止めることは無く、『魔女狩り』という組織が結成され、隠れ住む魔女達を見つけては文字通り狩っていったわ。異端審問という名の元に、監禁、拷問、最後には吊るし首に火炙り、魔女はどんどん数を減らしていった」


 ローズさんは紅茶の注がれたカップを、どこか遠い目で見つめながら話した。

 カップの真っ赤な紅茶が、魔女の身を焼く炎や流れる血を連想させた。


「けれど、魔女もいつまでも黙って殺されるわけではなかったわ。アイビス・オールドメイドとヴィヴィアン・ハーツという二人の魔女が、人間に対抗する組織を作ったの。その組織の名は『レイヴン』二人は迫害される魔女を助けては魔法の使い方を教え、人間に対抗する手段を説いていったの」


 シリアスな話が続く中で、人物の名前を聞いた瞬間、わたしは妙に懐かしいような不思議な感覚を覚えた。アイビス、ヴィヴィアン、何だかどこかで聞いたことのあるような気がするのだ。


 ローズさんのようにテレビや雑誌に出ていたのだろうか。


「時が経つに連れ、助けられた魔女や噂を聞きつけた腕利きの魔女が二人の元に集結し始め、レイヴンには最盛期で五十三人の構成員がいたわ。あの頃の鴉なら、比喩ではなく世界を征服することもできたでしょうね」


 ローズさんはカップの縁を人差し指でツー、となぞって心なしか誇らしそうに話した。


 わたしは黙って話に耳を傾けているけど、何やら隣でヒカリちゃん達がヒソヒソと話している。


 これまでの話で何か気になったことでもあったのだろうか。


「鴉が力をつけてからは、それまでの歴史と逆に、『魔女狩り』が狩られる側になったわ。鴉の発足から百年程でほとんどの魔女狩りが葬られ、アイビスとヴィヴィアンは人間と共存の道を唱え始めた。……けど、そうはならなかった」


「組織の中に裏切り物が現れ、十二人の同胞を殺した。しかも裏切り物は群雄割拠の鴉レイヴンの中でも、四人しかいないロードと呼ばれた強大な魔女の一人、ジューダス・メモリーだったの。殺された十二人の中には同じロードの一人、レイチェル・ポーカーもいたわ」


 名前を聞いて、再び妙な感覚がわたしを包む。やはりどこかで見たり、聞いたことがあるのだろうか。


 しかしジューダスという魔女はともかく、レイチェルという魔女はもう既に亡くなっているみたいだから、やはり気のせいだろう。


「裏切りが露見したジューダスは行方を眩まし、事件以降アイビスは人が変わったように冷徹になったわ。それがきっかけになったのか、鴉創始者で、残ったロードでもあるアイビスとヴィヴィアンはやがてたもとを分かち、ヴィヴィアンは自身に賛同する同胞を引き連れて新しい組織を作った」


「それが、私たち魔女協会セラフよ。創始者ヴィヴィアンの目的は魔女と人間の共存、そのために四百年間私たちは歴史の影に潜んで機を窺ってきた。だからこそ1999年、あの災害が世界を襲った時、ヴィヴィアンの行動は迅速だったわ。世間に魔女の存在と人類の味方である事を知らしめた。まさしく英断だった」


 つまり、魔女協会の魔女は元々鴉に所属していた内のヴィヴィアン派閥の魔女が集まって出来た組織ということになるわけだ。


 ローズさんはヴィヴィアンという魔女の話をするときは目がキラキラしているし、おそらくは彼女もかつては鴉のメンバーだったんだろう。マゼンタさんはどうなのだろうか?


「――けれど、四百年の念願が今まさに叶うという時に、ヴィヴィアンは盟主の座を私に譲り、魔女協会を去ったの。世間ではヴィヴィアンのことは知られず、私が世界を救った英雄ということになってしまった……」


 ついさっきまで目をキラキラさせていたローズさんは、顔を伏せて黙りこくってしまった。


 ヴィヴィアンという人が魔女協会を去ってしまったことが相当ショックだったのだろう。


「……で、そのヴィヴィアンは? 鴉や魔女狩りはどうなったんだ?」


 さっきまで熱川さんとヒソヒソ話していたヒカリちゃんが、紅茶を一気飲みしてそう言った。


「ヴィヴィアンは長い間消息不明になったの。そして三年前、十七年ぶりに再会した彼女は見知らぬ眷属の男を従えて『会社を作るから手続きに協力しろ』と私に言ってきたわ。それで出来たのが貴方達の会社VCUよ。確か『Vivian is the cutest in the universe』の略だったかしらね」


――わたしは頭の中でぐるぐる廻っている言葉を、その意味を、一つ一つゆっくり咀嚼していく。


 まず、ヴィヴィアンさんが作った新しい組織の名前がVCU。それは、わたしが昨日契約書にサインした会社だ。


 つまり、VCUの社長はヴィヴィアンさんだということになる。


 ヒカリちゃん達は知っていたのだろうか、もしかしてさっきのヒソヒソ話はそのことだったのかもしれない。


 そして、その組織にめでたく仲間入りしてしまったわたし……。


 もしかしてわたしは何かとんでもないことに巻き込まれ始めているのではないだろうか。空恐ろしい。


――というか、会社の正式名称? なんかおかしくなかっただろうか。出資した人は正気を失っていたの?


「で、鴉だけど、四人のロードのうち三人を失ったうえに多くの同胞がヴィヴィアンに賛同したことで、大きく勢力が衰えたわ。けど無くなったわけではないの。アイビスは残った数人の魔女と新たな仲間を集めているらしいわ。今も尚ね……」


「魔女狩りは、ほとんど鴉に殺されて、今や生き残っているのはほんの一部だけよ。魔獣災害の件で後ろ盾も無くなったし、まあ当然ね」


「……おい、ちょっと待て、魔獣災害と魔女狩りって何か関係してんのか?」


 再びヒカリちゃんが口を開いたが、さっきとは違い妙に剣呑な雰囲気だ。


 わたしも今のローズさんの話には違和感を感じていたから、同じような質問をしようとはしていた。


「……え? それは……私の口からは言えないわね」


 しかし、ローズさんは一瞬驚いたように目を丸くしたかと思うと、掌を返すように回答を拒否した。


 まるで、『あら、この話まだ知らなかったの?』と言わんばかりに。


「どうしてですの? さっきまで何でも話していたじゃありませんの」


 熱川さんが、眼帯で隠れていない方の左眉を吊り上げて抗議した。


「貴方たちが知らないということが問題なのよ、私は魔女協会の盟主であって、貴方達は管轄外なの」


「……つまり~社長と八熊は何か知ってるけど、あえてわたし達に隠してるってこと~?」


 スマートフォンが使えなくて手が寂しいのか、パーカーのフードの紐を弄びながら鳳さんがそう言った。


「そう、それが今日貴方達をここに呼んだ理由の一つ。魔女協会の前盟主、ヴィヴィアン・ハーツが何故急に盟主の座を降りたのか。彼女が新しく立ち上げた組織VCUの目的は何か、貴方達は本当に彼女を信用していいのか――」


 数秒の間、嫌な沈黙がその場を支配した。


 わたしは手持ち無沙汰に紅茶を口に含んだが、もうすっかりぬるくなっていた――

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