第10話「夕張ヒカリと爆速返信」
【馬場櫻子】
噴水公園前でバスから降り、待ち合わせ場所の噴水へ向かう。
公園には犬の散歩をする人や、ベンチに腰掛けて新聞を読む人、姉妹だろうか、お揃いの服を着て駆け回る子供なんかがいて賑やかだ。
公園の中央には噴水がある。『噴水公園』というだけあってすごく立派な噴水だ。
そして、その噴水を囲む六角形の縁石に沿ってベンチが設置されている。
縁石一辺に対してベンチが二基だから、合計十二基のベンチが噴水を囲んでいるわけだ。
「九時四十五分、か」
待ち合わせは十時だから、十五分早く来れたことになる。
とりあえずベンチに腰掛けて一息つき、コートからスマートフォンを取り出して夕張さんにメールを送った。
『おはようございます。少し早いけど待ち合わせ場所につきました』
送信してから、ちょっと文章が堅苦しかったかな、と後悔した。
スマートフォンをコートのポケットに戻そうとしたら、ヴヴッ! とスマートフォンが振動した。
見ると夕張さんからメールの返信。めちゃくちゃ早い。
『おはよ。早すぎだろ。今起きた。飛ばしていく』
突っ込みどころの多いメールだった。
『そうなんだ。ベンチに座ってのんびりまってるからゆっくりでいいよ』
ヴヴッ! 再び高速返信。
『今顔洗ってる。外寒いか?』
『今日はよく晴れてるから昨日よりも暖かいよ』と。 送信。
ヴヴッ! 爆速返信。
『厚着はやめとく。もう家出る。』
夕張さん、いろいろと早すぎでは?
『ホントにゆっくりでいいからね。気をつけてきてね。』 送信。
ヴヴッ! 光速返信!
『今学校通り過ぎた。もうすぐ公園。』
さすがにこれは、わたしのことをからかっているのでは? たぶんまだベッドの上で寝転びながらメールを返信してるんだ。
きっとそうに違いない。
『もう、あんまりからかわないで! 夕張さん本当は今どこなの?』送信。
ヴヴッ! 神速返信!?
『頭上注意』
「……頭上、注意?」
メールの意味は全くわからないけど、とりあえず上を見上げてみた。
夕張さんが降ってきた……夕張さんが降ってきた!?
ズガァンッ! と、物凄い音を立てて、空から降ってきた夕張さんが地面に着地した。
「……ええぇぇッ!?」
「おっす。待たせたな。」
舞い上がって服に着いた砂埃をパンパン、と手で払いながら夕張さんが微笑んだ。
「な、なんで空から降ってきたの?」
「寝坊したから、跳んできた。」
「ゆ、夕張さんって空飛べるんだ。すごいね」
魔女と一口に言っても、その魔女によって使える魔法は様々らしく、夕張さんがどんな
魔法を使うのかも今の今まで知らなかった。
「いや、空は飛べねえ。あれな、『跳ねる』の方の跳んできた、だから。」
どうやら空は飛べないらしいが、言ってる意味がよく分からない。
「アタシの住んでるマンションの屋上から、ジャンプして建物の屋根伝いにな。信号ゼロだから爆速なんだよ」
「い、家からここまでジャンプして来たの!? わたし普通にバスで来たよ」
「普段はアタシも普通にバスとか使うぞ。魔力使いすぎると疲れるし。」
「へぇ、そういうものなんだ」
わたしが感心していると、背後から聞こえる噴水の音をかき消すように、グウウゥゥ、という音が響いた。
「とりあえず飯行こうぜ、アタシまだ朝食ってねえんだよ」
「ふふ、さっき起きたばっかりだもんね」
夕張さんが手を差し出して来たので、わたしはその手を掴んでベンチから立ち上がった。
* * *
「――つーかさ、ヒカリでいいよ」
頬張ったバーガーを、コーラで流し込んだ夕張さんがそう言った。
わたしたちは今、公園を出てすぐの大通りにあるバーガーショップで朝食を食べている。
食べていると言ってもわたしは家で朝食は済ませていたから、バーガー二つとフライドポテトだけだ。
「夕張さんって……なんかピンとこねえし」
少し奥の席で何やら女の子の怒鳴り声が聞こえて、夕張さんが一瞬ピクっとそっちを睨んだ。
「そ、そう? じゃあヒカリさんで」
「さんも勘弁してくれよ、呼び捨てでいいよ別に、アタシも櫻子って呼ぶし」
それはちょっと、嬉しいかも。自分の苗字はそんなに好きじゃないし。
「……でも、呼び捨てはちょっと、呼ばれる分には全然良いんだけど。ヒカリちゃん、じゃだめかな?」
「んー、じゃあそれで」
「……ヒカリちゃん」
下の名前で呼び合う。これってかなり友達っぽいのでは!? と思い、つい用事もないのに口から言葉が溢れてしまった。
もちろんヒカリちゃんはそんなこと知らずに、ストローを咥えて、「ん?」と目線をこっちに向けた。
「あ、ごめん、呼んだだけ」
恥ずかしくなって、垂れ下がった前髪を耳に掛けながらそう言うと、コーラが喉に詰まったのか、ヒカリちゃんが盛大に
――魔獣災害のサイレンが街に鳴り響いたのはそれから二時間ほど経ってからだった。
* * *
新都の駅に隣接する大型ショッピングモールで、嫌という程ヒカリちゃんに服を試着させられた後、モール内のゲームセンターでプリクラを撮ったりと、わたしは夢にまで見た青春を謳歌していた。
「それにしても、こんなに服買ったの初めてだよ」
モール内の各所に設置された小洒落たベンチに腰掛けて、足元に置いた大量の紙袋に目を落とした。
「そうなのか?」
「うん。あんまり服とかに関心持てなくて、ていうか、わたしなんかがオシャレしても、みたいな……」
「んなことねえだろ、櫻子は可愛い顔してる」
隣に座っていたヒカリちゃんが、俯いて垂れ下がったわたしの髪を耳に掛けた。
「っ!? え、かか、可愛くなんてないよわたしっ」
驚きのあまり、咄嗟に手を振り払ってしまった。
何も振り払ったらしなくてもいいじゃないの櫻子! この後気まずくなったらどうするつもり!?
「……」
「……」
時間にして数秒程、とてつもなく気まずい空気が流れた。いや、そう感じたのはわたしだけかもしれないけど。
とにかく、この空気に耐えかねたわたしが「そろそろ行こっか」と言いかけた瞬間――
ビーー! ビーー! ビーー! ビーー!
と、けたたましい音がモール内に、いや、町中に響き渡った。
『魔獣災害発生、魔獣災害発生、民間人は直ちに地下シェルターへ移動して下さい』
「え、魔獣!?」
「っち、おい櫻子! 地下シェルターに行け!」
ヒカリちゃんはベンチから立ち上がると、おっとり刀で階段の方へ走り出した。
既にモール内はパニック状態になりつつあり、モールの係員が大声で避難を誘導している。
「でも、ヒカリちゃんは!?」
「アタシは仕事だ! それ悪いけど頼んだ!」
そう言ってヒカリちゃんは人混みの中に消えていってしまった。
わたしは自分の分とヒカリちゃんの荷物を持って地下シェルターへと向かった。
「――仕事ってことは、つまり魔獣と戦いに行くってこと……だよね」
さっきまで二人でいろんな事をしていたのに、今はもうヒカリちゃんの無事を祈ることくらいしかわたしには出来ることがなかった。
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