第47話「シデ山探索」

「これも雑魚、あれも雑魚。なによ、ろくなモンスターが残ってないじゃない!」


 シデ山のダンジョンを縦横無尽に駆け巡り、神剣を振り回して暴れまわっている剣姫アナストレア。

 どうやら、ケインに捧げるための手頃なモンスターが見つからず不機嫌らしい。


 悪神が滅びてしまったシデ山ではモンスターの力がすっかり弱まったらしく、強大なモンスターも姿を見せなくなった。

 住めなくなっていずこかへと立ち去ったのか、有名な悪竜イビルドラゴンの洞穴も空になっている。


「セフィリア、これはどうや?」

「反応は、ないですね。残滓のようなものは、感じますが」


 ここも外れかと、肩を落とす魔女マヤ。

 聖女セフィリアとともに、ダンジョン内にある血塗られた祭壇のような場所を調査しているが、目当てである悪神の神像はなかなか見つからない。


 とりあえず、闇の祭壇はセフィリアに浄化してもらうことにしたのだが。

 これは、もしや……。


「ちょっと、マヤ! セフィリア! 真面目に探してるの?」


 お前がだと。

 今回の探索のメインは、悪神の神像を見つけ出して破壊することだぞと、マヤはツッコミたくなる。


 しかし、アナ姫が暴走しないで付いてきてくれるだけでもありがたいので、今回は構わずに放っておく。


「シデ山のモンスターが弱くなったんなら、ええことなんやろうけど」

「ぜんぜん良くないわよ。あ、あそこなんか怪しいわね」


 剣姫は、突然ボコボコとダンジョンの奥の突き当りを殴り始めた。

 するとボコッとそのまま壁が突き抜けて、奥に部屋が見つかる。


「こんなわかりにくい隠し部屋を、よう見つけるな」


 常識が通用しない天才である剣姫は、マヤの探査サーチの魔法でも見つからないような隠し扉を勘だけで見つけることがある。

 盗賊のように隠し扉を開ける技術はないので、強引に力でぶち破ることになるのがなんとも酷いのだが……。


「ブォオオオオ!」


 部屋の奥から上がるモンスターの叫び声。

 もちろん剣姫は、マヤたちが追いかける間もなく中に入って暴れまわっている。


「やった、あたりよ。オークキングがいたわ!」


 マヤたちが入ったときには、周りの雑魚モンスターはすべて惨殺され、引きずり倒されて、頭を掴まれて床に何度も叩きつけられているオークキングがいた。

 その体躯は通常のオークの五倍はある、オーク族の首領。


 里に降りれば破壊と災厄をもたらすAランクの巨大モンスターオークキングも、剣姫の一撃の前には為す術もなく、命の炎が消えかけていた。


「アナ姫、頭を割ったらあかんで、そない全力で叩きつけたら死んでまうやろ」

「あらいけない。まだ生きてるわよね?」


「ブォオオオオ!」

「ほら、活きがいいわ。これならまだ使えそうね。おとなしくしなさい」


 そう言いながら、また床にオークキングの頭を思い切りよく叩きつける剣姫。

 ついに、ぐったりとするオークキング。


「あかんて!」


 マヤが慌てて止めて、とりあえず殺さずに済んだ。

 そうして、またいつものように、クコ山で薬草を採っていたケインを待ち伏せして、捕まえたオークキングを離したのだが……。


「キッド、やれるか?」

「こんなでっかいのは無理です!」


 突如現れた強敵に怯えるキッドを庇って前に立ったケインは、即座にオークキングに鉄剣を投げつける。

 鉄剣は、見事に喉に命中してオークキングを絶命させた。


 これまでにない鮮やかな手際だった。

 平然としているケインは、頭が潰れかけて白目を剥いているオークキングが、もはや死にかけていることをきちんと見分けていた。


 もう、このパターンを百回以上も繰り返してきたのだ。

 冷静に対処もできようというものだ。


「ケインさん、すごい!」

「いや、元から死にかけてたんだよ」


 そして、ケインはズシーンと音を立てて倒れたオークキングから鉄剣を引き抜くと、そのまま何事もなかったように通り過ぎようとする。


「ケインさん、あの死体は放っといてもいいんですか」

「なんだったら、キッドが倒したことにするかい」


「いえ、そんなことできませんよ。ケインさんの大手柄じゃないですか。これを冒険者ギルドに報告すれば、すごいことになりますよ!」

「うーんと、なんと言ったらいいかな。ここまでこのモンスターを弱らせたのは、俺の手柄じゃないんだ。きっと戦った人が近くにいるはずだから、死体はその人に譲ることにしよう」


 ケインはそう言って、さっさと立ち去っていく。

 報告すれば、高額の報奨金がもらえるオークキングの死体を、まさかのスルー。


 どうやらこのパターンをやりすぎて、ついにケインに無視されるようになってしまったようだ。

 しょうがないので、この死体はマヤが回収するしかない。


「残念やったな、アナ姫。……ヒッ、なんて顔してるんや!」


 これでアナ姫も懲りるだろうと、振り返ったマヤは思わず震え上がった。

 顔を真っ赤にしたアナ姫が今にも泣きそうな表情で、肩を震わせていた。


「やっぱり、あんな雑魚じゃダメだったんだわ」

「アナ姫。ちょっと、どこ行くつもりや?」


 ブツブツ言いながら、剣姫は再びシデ山の方に向かっていく。

 なんか怖いぞとマヤは震え上がって、どうするつもりかとアナ姫になんども尋ねる。


「今の見たでしょマヤ! ケインは、もうあんな雑魚モンスターじゃ満足してないのよ。今から徹底的にシデ山を捜索して、もっと強い敵を探すわよ!」

「い、今からかいな。ちょっと休んでからでも……」


「今からよ。見つかるまで帰らないから!」


 シデ山を探索するのは、マヤたちの目的にもかなっているので、好都合といえばそうなのだが。

 またアナ姫、何かとんでもないことをしでかしそうな予感がして、マヤは恐ろしくなってきた。


「なんか怖いわ。やぶをつついて蛇を出すようなことにならんといいんやけど……」


 その予想は正しく、これよりシデ山全域は本気になった剣姫アナストレアによって根こそぎ蹂躙じゅうりんされることとなる。

 それは、新たな事件の始まりでもあった。

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