第29話「クコ村の祭り」

 その日、クコ村ではささやかな収穫祭が行われていた。

 村の広場では、ビッグベアーの丸焼きが美味しそうな匂いを漂わせている。


 いくつか屋台が出て、村人には食べ物と飲み物が全て無料で振舞われている。

 ふらりと立ち寄った旅芸人の一座が陽気にリュートをかき鳴らし、バグパイプをプープー吹かす。


 音楽に合わせて踊るピエロが玉投げしながらの宙返りという大技を見せて、見物している村の子供たちを大いに沸かせていた。

 そこに、エルンの街からケインがやってきた。


「おー、主賓登場だな。ケインも一杯やんなよ」


 ビールの出張屋台を出していた酒場『バッカス』のマスターは、やってきたケインにビールを勧める。


「主賓って、村祭りだって聞いてきたんだけど?」

「ケインが出した支援金で、今年も祭りができるって村長さんが喜んでたからな。この酒も、もとはケインの金から出てるから遠慮するな」


「えー」


 冒険者ギルドを通して匿名で支援金を出したはずなのだが、なぜかケインが出したことがバレてしまっている。


「まあ、何はともあれ一杯やろうぜ」

「じゃあ、いただきますよ」


 ただ酒は、ケインも嫌いではない。

 グッと呷ると、酒場『バッカス』自慢のキンキンに冷えたビールだった。


 その間にも、マスターは木炭のコンロでひよこ豆をカリカリに焼きあげている。


「つまみできたぞ」

「どうもです。この豆、サクサクして美味いですね」


「ハハ、ケインはなんでも美味いって言うから食わせがいがあるな」


 屋台の軒先でビールをぐいっとやりながら、香ばしいひよこ豆を食べて、巧みな曲芸を見せているピエロを見物していると。

 そこに、ヨルクの孫娘カチアがやってきて服の袖を引く。


「ケインのおいちゃん」

「ピエロの曲芸は、もう見なくていいのかい?」


「あきた!」

「ハハ、あきたらしょうがないね」


 祭りは大道芸人の稼ぎどきだからと張り切って曲芸を見せているのだが、子供はなかなか手強いなとケインは苦笑する。


「お菓子ちょうだい!」

「はいはい」


 カチアにお菓子の人だと思われてるなと苦笑して、ケインは干した果物を包みから出してあげる。


「うわーい! おいちゃんお菓子くれたー!」


 カチアが騒いだので、村の子供たちが「なになにー!」とケインの周りに集まって来てしまった。

 せっかく張り切って曲芸やってたのに、ピエロがっかりだ。


「なにこれ、なにこれ。あまいの?」

「おいしー!」


 村の子供たちが、ケインのところにきてお菓子をねだる。


「お菓子を多めに持ってきてよかったなあ」


 今日は村祭りだから、ケインも何か持ち寄るかと思って、街で素朴な焼き菓子を買ってきている。

 近頃は薬草狩りの報酬も上がったので、多少はこんな贅沢もできるようになった。


 お金が儲かったのなら、もう少しまともな宿屋に泊まるなりすればいいのに、子供たちの食べるお菓子に使ってしまうのがケインらしいとも言える。

 ケインがこうするのも、孤児だった子供の頃に、優しい大人にお菓子をねだった経験があるからだ。


 甘いものに飢えている子供が、ほんの少しの駄菓子や、たった一枚の焼き菓子でどれほど心温まるかをケインはよく知っている。

 ケインにとっては、子供たちの笑顔が一番の報奨であった。


「ケイン。孫が世話になっとるなあ」


 木こりのヨルクが、村の長老であるホルト村長と連れ立ってケインのところにやってきた。


「いやいや、こちらこそですよ。ヨルクさんたちでしょう。山の神様の社を作ってくれたのは」

「木を切ることしか能がないワシたちができる礼といっちゃ、これぐらいのもんだからな」


 そう言って、ヨルクは笑った。


「あの山の神様には、クコ村の守り神になってもらおうと思いましてな。今日の祭りに合わせて、さらに立派にさせてもらいましたよ。ケインさんも、どうぞこちらに」


 白髭のホルト村長に連れられて、ケインが山の神様のところまで行くとその大きさに驚いた。


「これは見事な、山の神様も喜びますよ!」


 この前見たときよりも、黒石松の社はさらにパワーアップしていた。

 土台は平石でしっかりと組み直され、前室には大きな二本の柱が建てられてアーチ型の門ができている。


 もちろん街の教会ほど立派ではないが、社というより小さな神殿といっても過言ではないほどだ。

 近くには山の湧き水が引かれて手が清められるようにもなっており、花壇には美しいヤマユリが植えられてちょっとした休憩所まで設けてあった。


「今年は山のモンスターがやたら増えて村も大変でしたが、こうして無事に村祭りを開くことができました。思えば私どもは山の恵みで生きておるのに、これまで山の神様をないがしろにして感謝もしてこなかった。これからは、ケインさんを見習って、山の神様を大事にしていこうと思うのです」


 切々と語るホルト村長の言葉に、ケインも胸を打たれた。


「いいことだと思います」

「あとは、山の神様のお名前がわかればいいんですが、神像には書かれておりませんでしたな」


 そう言うホルト村長にヨルクは言う。


「みんなは、ケインの神様と言っとるな」

「もうケインの神様でいいかもしれませんなあ」


 それを聞いて、ケインはいやいやと笑う。


「それでは、俺も山の神様にお参りさせていただいてよろしいですか」

「ええもちろん。ケインさんの神様ですから」


 そう言って、ホルト村長は高らかに笑った。

 神殿の中も立派になっている。


 艶やかに磨き上げられた黒石松の祭壇が設けられて、その真ん中に白く輝く神像が祀られていた。

 山の神の神像はケインが拾い上げて祀った時よりもずっと綺麗で、うっすらと美しい女神の面影が窺える。


「あれ、聖女様?」


 もしかしたら、神殿ができた落成式に呼ばれたのだろうか。

 聖女セフィリアが、祭壇に向かって手を合わせて、何やらブツブツと唱えている。


「やはりそう、なの、ですね。……はい、ケイン様が、わかります」


 名前を呼ばれてケインは、ビクッとする。

 しかし、こちらに話しかけたのではないようだ。


 何かお祈りをしているようなのでそっとしておこうと、ケインも恐る恐る後ろからお祈りする。

 すると、セフィリアはクルッとケインの方に向いて、腕を掴んだ。


「ケイン様。今こそ運命、です!」

「はい?」


 謎の言葉をささやかれて、ケインはそのままセフィリアに袖を引かれて街の方に向かうことになった。

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