おっさん冒険者ケインの善行
風来山
第一部 第一章「剣姫アナストレア」
第1話「プロローグ」
おっさん冒険者のケインは、今日も冒険者ギルドから請け負った薬草採取に精を出す。
ゴブリンなどの雑魚モンスターをなるべくやり過ごし、時には仕方なく戦いながら、山の奥で薬草をたっぷりとカバンに詰め込んでいく。
「おっ、クコの実にソバージュ草もこんなに」
薬草採取の依頼を果たすついでに、果物や山菜を取っていけば食事にもことかかない。
「バッカスのマスターにまた料理してもらうかな」
クコの実は身体にいいからそのまま食べてもいいし、デザートなんかにもよく使われる。このクコ山に多く生えている果物だ。
ソバージュ草は、行きつけの酒場『バッカス』のマスターに軽く茹でてもらえばほろ苦い味わいで、酒のつまみにちょうどいい。
「オムレツの材料にしてもらうのもいいなあ」
想像しただけで、よだれが出てきた。
あまりお金にもならないから人気もない薬草採取の依頼だが、Dランクの冒険者であるケインが一人でこなすにも比較的安全な仕事で、こういう小さな役得があるから長く続いている。
「さてと、自分の取り分は十分に取ったし、後はお供えだな」
山を下りたケインは、山の入口にある小さな
祠の小さな石像の前を掃き清めて、新しいクコの実をお供えしてケインは手を合わせて祈る。
「今日も無事に冒険が終えられました、ありがとうございます」
この辛うじて雨風が凌げる程度の粗末な祠は、ケイン自身が建てたものだった。
薬草を取りに山に登る際に、打ち捨てられた古い神像を発見したケインは、その古ぼけて誰からも忘れられた姿が自分と重なって見えて、粗末ながらもこうして祠を作ってお祈りしているのだ。
何の神様かもわからないけど、山の湧き水で綺麗に洗ってみれば、小さくて可愛らしい神像だった。
こうして
「さてと……」
お供えが終わった古い木の実は、祠の近くに埋めることにしている。
そうしておけば、いずれは祠の周りに木が生えて良い感じに木陰になるはずだ。
「……って、ええ!」
ケインは驚いた。
この前までなかったところに、見たこともない大きな木が生えている。
普通ではありえないような奇跡である。
もしかすると、早くも祀った神様のご利益があったのだろうか。
ケインが恐る恐る近づくと、ひょこっと生えた大木にたった一つだけ、見たこともない大きな実が生っているのに気がついた。
「食べられる実かな?」
野山を駆け巡って薬草を取っているケインでもわからない珍しい実だ。
とりあえずもいでみて、常に持ち歩いているポケットサイズの植物図鑑で調べてみる。
「これ、まさか……」
該当する植物がひとつだけある。
レアリティートリプルS『蘇生の実』
【クコ山などに生える伝説の植物。ただし、その実をもぐと木が消えてしまうため、その植生は謎のベールに包まれている。発見は、十年に一度とも言われ最高難度のレア植物の一つ。『命の雫』と同じく蘇生ポーションの材料として有名であり、その市場価値は計り知れない】
クコ山ってこの山だ。
振り向くと、立っていた木はすでに消えていた。
ケインの実を持つ手が震える。
「これが、本当にレア・アイテムの『蘇生の実』なのか」
わかりきったことを、震えた声でつぶやく。
それぐらい信じがたい、まるで宝くじの一等賞が十回当たったような幸運なのだ。
これを売れば、ケインの冒険者生活も安泰だろう。
夢にまで見たささやかな庭のある一戸建ても手に入る。
それでもお金が余って、安物のエールではなく冷たいビールが毎晩飲めるぞ。
キンキンに冷えたラガービールの濃厚な美味さを想像して、ケインは思わずゴクリと喉を鳴らした。
と、そこに。
「ない、ない、ない!」
金ピカの鎧を身に着けた赤毛の少女が、ズササッと草むらを剣で切り開いて山からでてきた。
あまりの光景に、ケインはまたびっくりして足を止める。
「あの、何事?」
「ねえ、そこのオジサン。この山のどこかに生えてるはずなんだけど、こういう木の実を見なかった?」
少女が手に持った絵に描かれていたのは、まさにさっき手に入れたばかりの『蘇生の実』だった。
「それなら、さっき俺が手に入れたんだけど」
「本当! お願いそれを探してたの! お金なら欲しいだけ……あ、あれ」
少女が高そうな革袋の財布を裏返しても、銀貨が数枚しか落ちてこない。
「どうしたの?」
「ああ、蘇生ポーションの他の材料を集めるために使っちゃったんだ。どうしてもそれが欲しいの、友達が死んじゃって後少ししたら生き返らせられなくなるの!」
「そうか」
涙目になって訴える少女の格好を見ると、どうやらケインと同じ冒険者のようだ。
きっと、無理な冒険をして仲間を亡くしてしまったんだろう。
冒険者をしていれば、よくあることだ。
そして、蘇生ポーションは冒険者にとってあまりにも高すぎて手が出せない。
今は『薬草狩りのケイン』なんて言われているケインにも、そんな駆け出し冒険者の頃があった。
アルテナ……、ケインは口の中で小さく、久しぶりにその名を呼ぶ。
二十年も前に俺をかばって死んだ少女の面影を、目の前の赤毛の少女にどうしても重ねてしまう。
「その格好からすると、貴方もこの街の冒険者でしょ? だったら私のことも知ってるわよね」
そう自信満々に言う少女だが、あいにくケインは知らなかった。
それでも、仲間を懸命に助けようと奔走する姿は、オジサンには少し眩しく見えた。
「じゃあ、あげるよ」
「
険しい顔をしていた少女は、ぽかんと口を開けて俺を見つめた。
「いや、だからあげるって、俺もさっきそこで拾っただけだから」
「貴方はこの『蘇生の実』の価値がわかってるの? 城だって買えちゃうぐらい高いのよ」
だから、若い彼女も買えなくて、こんな山の奥で探しまわっていたのだろう。
そんなことをわざわざ教えてくれる少女に、ケインは誠実さを感じた。
きっとただでは受け取れないのだろう。
この子は、いい子だ。
「じゃあ、これで売るよ。それじゃあね」
「ちょ、ちょっと!」
ケインは地面に『蘇生の実』を置くと、落ちた銀貨を三枚拾ってその場を立ち去った。
俺はアルテナを救えなかったけど、赤毛の少女はきっと仲間を救うだろう。
それに銀貨三枚もあれば、今日の晩酌にはキンキンに冷えたビールが飲める。
今の俺には、これぐらいの幸運がちょうどいい。
薬草がたっぷり入った重たいカバンを背負って、ケインは上機嫌で街へと向かう道を歩いていった。
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