第29話 迫る影
ルイシャたちが激闘を繰り広げている中、一人の生徒が闘技場の施設内を急いだ様子で走っていた。
「くっそー! まさかトイレがどこも混んでいるなんて! 急がないと試合を見逃しちゃうよ!」
額に汗を浮かべながらそう言うのはルイシャのクラスメイトの一人、
彼は試合が始める直前にお腹が痛くなりトイレに行ったのだが、近くのトイレが全て埋まっており遠くのトイレまで行く羽目になってしまっていた。
「もう試合開始時間になってるよね……。たまに歓声が聞こえるし絶対もう始まってるよ。映像記録水晶で録画をお願いしとけば良かったよ」
そう不満を漏らしながら走っていると、曲がり角から突然人が現れチシャの進行方向を塞ぐ。
走っていたチシャはぶつかりそうになるが何とかストップし激突を逃れる。軽く頭を下げて謝ったチシャはその人物の横を通ろうとするが、その人物はチシャの行く手を阻むかのように動く。
「……あの。ぶつかりそうになったのは申し訳ないですけど今は急いでるのでどいてもらってもいいですか?」
すこし不機嫌そうにいいながらチシャは自分の行く手を阻んだ人物を見る。その人物は同年代くらいの男だった。その顔に見覚えこそ無かったが、彼の来ている服には見覚えがあった。
(げっ、この人一回戦でルイシャが戦った『ギラ』の生徒じゃん)
目の前の生徒は試合にこそ出てないが自分たち魔法学園の生徒に良い印象を持ってないはず。そう考えたチシャは後ろを向きこの場から立ち去ろうとするが、なんといつの間にか背後にもギラの生徒がいて逃げ道がなくなっていた。
「へえ……そういうことね」
嵌められた。
ギラの生徒は魔法学園の生徒が一人になるところを狙っていたのだとチシャはここで初めて理解した。試合中のため通路に他の人は見当たらない。もしかしたら何かしらの手段で歩行者がここに来るのを防いでいる可能性も高い。
頼みのクラスメイトたちは試合の応援に忙しい、助けを期待しても厳しいだろう。
足止めを食らってる内にギラの生徒は増えていき、最終的に七人にまで増えてしまう。
こうなってしまっては身体能力の高くないチシャに逃げる手段は無い。絶体絶命だ。
「突然囲んでしまって申し訳ないね、魔法学園の生徒くん」
そう言って話しかけて来たのは最後に現れた生徒。よく見れば試合に出てルイシャにこてんぱんにされた生徒だ。
「いったい僕に何の用ですか? 言っておくけど僕は弱いからボコボコにしたところでなんの自慢にもならないよ」
「そんな下らないことをしにき来たわけじゃない。何て言うかな……そう、お願い。君にお願いがあって来たんだ」
そう言って彼は懐から小さな瓶を取り出すとチシャの元に放る。
見るとそれは黄色の液体が入った瓶だった。中身を
「……これを僕にどうしろって言うのさ」
「簡単な話さ。それを君の友達……ルイシャとか言ったっけ? 彼に飲ませて欲しいんだ」
そう言ってギラの生徒はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
『痛い思いをしたくなかったら言うことを聞け』彼はそう言ってるのだ。
「言っておくが『はいやります』と言っておいてやらなかったら君をターゲットにする。小人族の体は頑丈じゃない、壊れるのは嫌だろう?」
嫌なジトっとした空気、圧のようなものを感じてチシャの体に汗が噴き出す。
これを断ったら一発や二発殴られる程度では済まないだろう。逃げようにも解析魔法しか取り柄のない彼にはこの窮地を脱する術はない。
チシャはじっくりと熟考し、答えを決める。
「――――わかったよ」
「おお! 分かってくれたか! それじゃあ早速……」
「分かったよ、お前たちがどうしようもない屑ってことがね!」
チシャはそう言うと突然手にしている小瓶をギラの生徒目掛けて投げつけた。
「ぶっ!」
小瓶はガン! と勢いよく彼の顔面に当たると、地面に落ちて砕け散ってしまう。一方顔面を強打した生徒は顔を押さえながら痛そうに膝をつく。
その瞳は怒りに染まっており、射殺すような視線をチシャに向けていた。
「貴様……!」
「僕の友達だったら……いくら相手が自分より強くても僕のことを売ったりしない。だから僕もお前たちみたいなのに屈しない。力で全てが思い通りになると思ったら大違いだ」
震える足を奮い立たせ、チシャは彼らを真っ直ぐに見据えて堂々と言い放つ。その姿は強くて優しい、彼の親友の姿によく似ていた。
「煮るなり焼くなり好きしなよ、僕は逃げも隠れもしない。でも覚えておくといい、君たちは喧嘩を売る相手を間違えたと後悔することになるよ」
「……上等だよ、そこまで痛い目みたいなら望み通りにしてやろうじゃないか」
拳を鳴らしながら近づいてくるギラの生徒。
その姿はチシャにとってとても恐ろしいものだった。
しかしその拳が突き刺さるその直前まで、彼の顔には強気な笑みが浮かんでいたのだった。
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