第18話
「僕が頑丈だからって痛いものは痛いんだぞ。これ全部ホクトのせいだからな!」
「トウマのせい。自分で姉上に投げれば早いと云うから。姉上、投げた。自分も巻き込まれた」
「お姉ちゃんも水平に投げなくていいじゃん」
「姉上は優しい。ちゃんとトウマがクッションになるように投げてくれた」
「嘘吐け。空中でセイホがコントロールしたのを僕は知ってるぞ!」
「胸の脂肪が初めて役にたった」
「おい、コラ」
「やほっ、ぬし様。元気?」
「あるじ様みんな僕に酷いよ。ね? そうだよね? コラ、無視すんな」
「で。ホクト、何してる?」
「ちょっと、ご主人様を殺そうと思って」
「ふーん」
ええ!
セイホは少し首をかしげて考えている様子だった。
賛成しているとか冗談じゃないですよね?
「ぎゃはははっ! 変態のホクトに殺されるってあるじ様優しくしすぎたんじゃないの?」
優しくして殺されるって何?
「冗談、冗談。どっちも冗談だから」
「トウマ」
「セイホ、何やっての?」
雑談に興じているトウマは隣のセイホを見て眉をひそめた。セイホは両手を前に出して力を込めているせいで表情が険しくなっている。ぷちんぷちんぷちん。弾ける音が耳朶に触れる度にセイホの頬を汗が伝った。
「ぬし様を連れてきて。もたないから早く!」
「え! うん」
急務を察したトウマが俺を玩具のように引っ張ると同じにぶちぶちと断裂音がなってホクトが軽く耳をかきあげた。するとどさりと地面に何かが落ちる。それは糸だった。何重にもなった糸が地面を覆い尽くすほど落ちている。
「はぁはぁはぁ……」
「セイホ?」
「ぜ、全部……。もって、いかれた」
肩で息をするセイホの両手の指から赤い血液が漏れて地面に垂れていた。トウマは視線をホクトに戻しつつ俺たちの前に立つ。
「あるじ様。お願い。ちょっとの間セイホを支えてて、そしたら元気になるから」
あ、はい。
云われてセイホを傍に寄ると崩れるようにもたれかかってきた。触れると体が冷え切っているのが解る。彼女は息も絶え絶えに申し訳なさを口にした。
「ごめんね。ぬし様。ちょっと、休憩」
云い終わるとセイホはすやすやと眠りに落ちた。彼女の眠る姿を見たのはナンノの傍で眠っていたとき以来だろう。セイホが眠りに落ちたのを確認したトウマは嘆息した。
「あぁ、セイホの糸こんなに切っちゃって。冗談じゃないんだな?」
「二人を相手にする前に事を済ませられれば良かったのだけど」
「なんでこんなに悪いとこは似るんだよ。似るのは身長とかだろ!」
願望を言うとも似てます。
「なんでこの妹たちは全員あるじ様を壊そうとするかな?」
貴女が言います?
空気の流れを読まないトウマだった。
あれ?
彼女の一言に何か引っ掛かりを覚えた。ちょっと待って全員って云わなかった?
トウマさん、セイホは違うでしょ?
「ん?」
前方のホクトに警戒はしている様子で半身になりこっちを見る。
「最終的には砦で壊す予定だったって言ってたけど?」
壊すって殺すって意味ですよね?
「あるじ様、セイホだよ? お姉ちゃんに怒られないようとりあえず出し抜こうとはするよ」
カミングアウトだった。
「事故に見せかけて壊す。僕の罠にかけようとしたりお人形しようとしてたけど、何度も失敗したって云ってた。心当たりない?」
…………。
「懐かれてよかったね。敵にすると面倒なタイプ」
ちょっと、宿屋に寝かせてきます。
「大丈夫だよ、怖がらなくて。もう、あるじ様の盾だから、いまも言われなくても護ってたでしょ? そっか、体臭を気にしてるのか。凄い汗だもんね。いいじゃん。セイホぐっすり寝てるしあるじ様の臭いを嗅いでるとよく眠れるからいいんだよね」
新たなカミングアウト。
半身から正面を切ってトウマはホクトを見据えた。
「あぁあ、僕は莫迦だからさ何度も同じ失敗を繰り返しちゃうけど」
俺はぐっしょり濡れている。熱い湯気をゆったりと漏らしているトウマは他者の汗腺から水分をとめどなく出させるほど熱を体から噴出させていた。
「お前は莫迦じゃないだろ? ホクト」
再びホクトへ向き直るとトウマは云う。
「理由は聞かない。どうせお姉ちゃんのためだって知ってるから。色々考えて出した結論なんだろうけど、想像した未来で苦しむのは止めろよ」
「トウマは楽観的ね」
「未来を予想するのが悲観的ならそうなんだろうな」
「ねぇねとご主人様を選んだ結果よ」
「僕は両方を選ぶ」
「少し悩んだら?」
「どっちかしか選べないのならどっちも選ぶ。ホクトはあるじ様に誓ってないだろうが僕は従うと誓ったんだ」
…………。
「そう。手前はご主人様を殺すわ」
「だったら喧嘩だ。喧嘩したあとは仲直りな。だから、本気でぶつけて来いよ」
「解ったわ。でも、手前は」
ごぉん。
まだ、相手が話している途中だというのにトウマは鳩尾に拳を叩き込んだ。轟音が鳴って衝撃がホクトを貫通して背後へ逝く。建物が揺れ窓硝子にヒビが入る。見た目には大きな破壊がないのに何故か全てが使い物にならなくなって分解されたと納得できた。工作士である彼女にとって物を作り出すのが得意であるのと同時に分解するのは造作もないといわんばかりの一撃。何かの罠が仕込まれていてそれが発動したのかその絡繰を知っているのは当人だけだった。
一瞬だった。
表情が霞んだホクトに向けて拳を叩き込んでいるトウマは声をかけた。
「喧嘩に正々堂々はない。一緒に謝ってやる。だから、ホクっ」
言葉が完結する前にトウマの体が後ろへ飛んだ。地面と並行に建物を貫通していき音が静かになったのはどこかで止まった証拠。視線をホクトに向けると腰に手を当てて普段と変わりなく立っている。
「手前が二人より強いって最後まで云わせて。それに衣装は汚さないって決めてるの。大事な姉妹が作ってくれた贈り物だから。
二人でやってこの程度? ご主人様に倣ってちゃんと修行はしないといけないわ」
そんな台詞を遠くの誰かに云いつつ、こつこつと足音を鳴らしてこっちに向き直るホクト。
「ご主人様、ごめんなさい。怖がらせてしまったわ。死の怖さは到達するまでの時間よね。心臓が止まるまでの時間。生まれた瞬間から人は死ぬまでの時間の狭間に囚われ戦々恐々のまま生きている。怖いのはいまだけ。あっという間に終わらせるから死ぬのは怖くない」
そこで一瞬だけ彼女が見せた笑顔は一つの感情を思い出させた。
そっか、君も最初から一度も、笑ってなかったのか。
「ああ」
漏れた感情を消すように、一つの星が流れた。
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