映画『君たちはどう生きるか』を観た


――異國とつくににては「灰」とり、本邦人やつかれどもは「靑」と云へるを――



 宮﨑駿監督による映画『君たちはどう生きるか』が話題である。

 僕も、先日、家人と共に鑑賞してきた。

 その顛末について、いささか敷衍ふえんしようと思うのだが、映画のあらすじや配役など、内容に関することには一切言及していないので、まだご覧になっていない方も、どうかご安心いただきたい。


 そもそも、僕と家人が劇場に足を運んで映画の鑑賞を行ったのは、コロナ禍以来のことである。いや、実は、それよりもずっと前、『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』を見て以来なので、七年ぶり以上にもなる。

 この『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』は、3D大画面の劇場での高画質でダイナミックな映像が謳い文句だった。視野一杯に展開されるスピード感溢れる迫力シーンの数々は、実のところ僕や家人にとって、あまりにも目まぐるしく、むしろ暴力的とも言えるような激しい視界の奔騰に苛まれる感じであった。慣れないジェットコースターで乗り物酔いをしたような極度の疲労感に辟易し、その後、この二人組の足は映画館から遠ざかることになる。さらに、先に述べたコロナ禍が追い打ちをかけた。


 ただ、七年以上もご無沙汰をしていると、そろそろ劇場のスクリーンで映画を堪能したいという気分にもなってくる。幸いここのところ、仕事の上でかなり時間的余裕が取れるような状態でもあったため、何度か劇場に事前偵察に行って、上映中の映画の広告をあれこれ物色したのだが、こういうときに限って、残念ながらこれといった作品が掛かっていないのである。

 どうしたものかと思っていたところ、『君たちはどう生きるか』のポスターに目を引かれた。青鷺と思しき鳥のくちばしの下から何者かの目玉が覗いているような絵柄の、あのポスターである。

 余談ながら、最近の映画館のポスターは壁に紙を貼った昔ながらのスタイルではなく、ディスプレイ装置に表示されるようになっている。これはこれで、色々な作品を一つのディスプレイで切り替えながら宣伝できるという、映画館側にとっては好都合があるのだろうが、見る側に立てば、不都合も出てくる。

 例えば、ある作品のポスターに興味を惹かれよくよく眺めていると、意図しないタイミングで別の作品のものに切り替わってしまい、十分に観察することができないといった弊害が生じるのである。タイミングというのは人それぞれなので、そういった面の操作性も付加されたディスプレイ装置だったら、見る側にとってずいぶんと好ましかろう。


 さて、『君たちはどう生きるか』のポスターだが、実に不可思議で、意味深長な印象を与える構図である。

 公開前には、このポスター以外の情報も目に見える宣伝活動もほとんど無く、内容や配役などについて寸毫も明らかにされなかったのは、大衆の興味をそそる、実に老獪な宣伝戦略であった。

 さらに公開後も、鑑賞者によるネタバレ防止――僕は「ネタバレ」なる語の下等な響きが嫌いなのだがここでは弁ずまい――に対する忖度によって、筋書などが詳らかにされるを忌避する〝空気〟があり、かかる〝空気〟によってなお一層の宣伝効果が醸成されている。

 そしてその結果として、僕も家人も予備知識がほとんど無いままに、くだんの作品を堪能しえた。これは、非常に好かったと思っている。


 もともと、僕と家人は、特にジブリ作品のファンというわけではなく、現在もそれは変わりないが、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『ゲド戦記』『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』など、少なからず二人で映画館に足を運んでいる。

 今回の『君たちはどう生きるか』は、『思い出のマーニー』以来十年近く振りに映画館で視聴したジブリ作品となった。

 鑑賞後の感想について詳細は申し上げないが、まだご覧になっていない方には、ぜひ一度映画館に行かれることをお奨めしたい。可能ならば、出来る限り予備知識無しにご覧いただくのが良かろうと思う。また、ご覧になった後、役柄と声の出演とを照らし合わせていただくと、思いがけぬ発見があろう。


 ところで、この映画の鑑賞に際して、僕はあるサイトからチケットを購入したのだが、本来であればクレジットカードのクーポン利用により二人分で千二百円の割引が可能だったにもかかわらず、スマートフォンの操作ミスによって、割引無しの定価――二人分で四千円の大出費――で買わざるを得なかった。しかも、この購入方法は、事前に観覧時間や座席の指定が不可であり、チケット販売機を利用した発券も不可、視聴当日に有人の窓口のみによる発券という非常に利便性に乏しいものであった。

 みすみす損した上に不便までをも強いられるということで、吾ながらどうにも腹立たしく、とてつもない自己嫌悪に陥ってしまった。


 まさに、これから「どう生きるか?」と自分自身に指を突きつけて、つけつけ詰問したい気分であり、二度とこのような痛恨の失敗をしでかさずに、しっかりと生きて行こうと心に誓った次第である。とりあえずは、当面の間、節約に努め、何かにつけてケチケチ大作戦を展開せねばなるまい。


 なお、この日の夜は、某民放の地上波テレビにおいて、宮﨑作品『もののけ姫』の放送が行われた。期せずして一日に、二本もの宮﨑アニメを楽しむことができたのは、重畳であった。チケット購入にかかる痛恨のへまも、少しは報われた気がする。





                         <了>





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