第6話

「ベティ、顔が赤いようですけれど、酔っているのですか?」

「いいえ、お母様。……あの、私、クライド様から婚約しないかと言われましたの」

 ベティは赤い顔を更に赤くして、小さな声で母親と父親に言った。


「それは良かったじゃないか! なんて答えたのかい?」

 父親の言葉に、ベティは俯いたまま答えた。

「クライド様がよろしいのなら、私はお受け致しますと申しあげました」

 ベティの言葉に父親は頷いた。


「そうか、カール殿も今日は来ているようだが、顔は合わせたか?」

「はい、お父様。ハリエット様と一緒でしたわ」

「……恥知らずが」

 父親は不機嫌そうに言った。ハリエットから言われた言葉が知られたら、直接文句を言いに行きかねない勢いだ。


「あの、私飲み物を持ってきますわ」

「ああ、ベティ。気をつけていってらっしゃい」

 母親の言葉に送り出されて、ベティは飲み物を取りに行った。


「あら、ベティ様。またお会いしましたね。お仕事と違って、殿方へのアプローチはとても素早いのですね」

「ハリエット様、何故、そのような意地悪をおっしゃるのですか?」

 ベティは震える手を押さえながら、小さな声で反論した。


「まあ、また飽きられるのは目に見えていますけれどね」

 ハリエットは楽しそうに笑った。

 そのとき、クライドが現れた。

「またお会いしましたね。どうしても私の婚約者を貶めたいのですか? ハリエット様」


 ハリエットは表情をこわばらせた。さすがのハリエットも子爵を敵に回したくはないようだ。

「ハリエット様、私はベティ様の穏やかな性格が気に入っているのです。いつも笑顔でいらっしゃいますし、嫌みもおっしゃらない」


「クライド様……」

 ベティは嬉しくて、涙が出そうになった。


「失礼、向こうに行きましょう、ベティ様」

「はい、失礼致します。ハリエット様」

 クライドはベティの両親の元へ、歩いて行った。


「こんばんは、楽しまれていますか? フローレス男爵」

「ええ、クライド様」

「ベティ様にはもうお話をしておりますが、私はベティ様をお慕い申し上げております」

「はい」

 ベティの父親は、嬉しそうに微笑んだ。


「結婚を前提にお付き合いさせていただいても構わないでしょうか?」

「ベティの決めることに従いますわ」

 母親はそう言って、ベティの肩に手を置いた。


「それでは、私も父に話をします」

「男爵と子爵では身分が違いすぎませんか?」

 ベティの父親が不安そうに尋ねると、クライドは首を振った。


「身分よりも、心の方が大事です」

 クライドはそう言って、ベティの頬に手を当てて微笑んだ。

 ベティはそのまま倒れそうになるのを必死でこらえた。


「また、お会い致しましょう」

「……はい!」

 ベティは笑顔でお辞儀をした。


 舞踏会でクライドと話したのはそれが最後だった。

 

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