第6話 城内愛子2
城内愛子は、西本孝治が野球部だったということは知っていた。それは偶然、西本孝治のユニホーム姿を目にしたからだった。が、西本孝治が野球が得意で、どこのポジションだったのかまでは知らなかった。そもそも城内愛子は、野球のルールを知らなかったし、興味もなかった。興味を持とうという気持ちすらなかった。
西本孝治は、城内愛子とは同じクラスではなかったから、彼女を見かけたのも偶然だった。放課後のクラブ活動の合間に、ちらりと彼女の姿を見つけた。登下校や休み時間、全校集会のわずかな機会に姿を認める程度だった。それが偶然、彼女に恋をした。その偶然を化け物は餌にして、大きく成長を成し遂げた。
城内愛子を思う人がいる。彼女は特別目立つ方ではないから、どうして彼女が選ばれたのか、意外だとしか思わなかった。それは誰かの意地悪か、神様の悪戯くらいのことだと決めつけていた。
城内愛子は、友達になって欲しいという曖昧な告白に、はっきりと断ることができなかった。断っても良かったのだが、その理由を見つけることができなかった。もしこれが好きだとか、恋人になって欲しいだとか、もっと恋愛に具体的な告白だったとしたなら、彼女の方もそれ相応の断る理由を、見つけただろう。が、友達というのが厄介なもので、嫌いでもない相手に、その申し出を断る理由がなかった。それで、仕方なく承諾してしまったのだ。なぜ承諾してしまったのかと、後から考えてみても納得のいく理由は見つからなかった。断る理由がないのだから、それは当然のことだ。
「なあ、城内。興味ないのなら、はっきり断ってやれば良かったんじゃないか」
「それは優しさとは、別次元の問題だろ。単なる自分が悪者になりたくなかったからじゃないかな」
「なんだよ。分かった分かった。ごめん、言い過ぎたよ」
「でも、西本のことよく知ってたな」
「なんだ。そういうことか。ぼくは、てっきり野球部に好きな男子でもいたのかと思ったぞ」
「悪い、また言い過ぎた」
いつの間にか、親友と西本孝治の立場が入れ替わっていた。城内愛子は、その事を恐れた。化け物は、彼女では手に負えないほどに育っていた。
城内愛子は、西本孝治に最近、親友が冷たいことを相談した。それは親友が西本孝治に遠慮して取った態度だったからだ。そんな事は、彼女も十分分かっていた。が、分かっていても不満は解消されない。西本孝治は、彼女の言葉に真剣に答えた。それは、親友には絶対に話せないことだった。
「心配ないよ。だって親友だろ。ちゃんと話せば、誤解が解けるよ」
西本孝治は、顔だけ城内愛子に向けて歩いた。学校の帰り道だった。
「きっと俺たちに遠慮しているんだよ」
「そうだよ。それよりもさ。今度、遊園地に行かない。土曜日より、日曜日がいいだろ」
「最田? 別に構わないけど。でも俺たちに遠慮して断ると思うよ。だから、二人で行こうよ。その方が最田も困らないだろ。な、考えておいてくれよ」
「話は変わるけどさ。昨日のナイター見た。俺、絶対に巨人が勝つと思っていたのにな。やっぱ岩本だよな。四番があれじゃあ。勝てる試合も勝てないだろう」
城内愛子は、まるで恋人気分の西本孝治と一緒にいても楽しくなかった。西本孝治の話題についていけなかった。元来、男子生徒とは趣味趣向が掛け離れていた。彼女にとって、西本孝治は恋人でもなんでもなかった。恋人になれない存在だった。だが、親友はそうは思っていなかった。彼女が、西本孝治と上手くやっていることを、親友は望んでいた。とてもいい親友だった。彼女にはでき過ぎた親友だった。一緒に下校していても、考えることは先に帰った親友のことだった。
「なあ。城内の親友て、最田洋子だよな」
「そうだったな。でも最近、西本とばかりとつるんで、一緒に帰らないじゃないか。どうしてなんだ? 喧嘩でもしたのか?」
「何でそんな顔するんだよ。何か訳がありそうだな。話してみろよ」
「なんだ。ぼくには言えないことか。別にいいけどな」
「でも、西本のことはどうするんだ。ずっとこのままでいるのも辛いだろ」
「そんな事言わなくても、お前の顔にちゃんと書いてあるからな」
「別に変な顔じゃないよ」
城内愛子は、何の前触れもなく西本孝治との関係を終わりにした。西本孝治は、完全に振られたのだと思った。彼女は、西本孝治に別に好きな人ができたと伝えた。それは、彼女の嘘だった。だが、その嘘は何の躊躇いもなく簡単につくことができた。それは必要な嘘だったからだ。あるいは化け物が、城内愛子にそう囁いたのだ。
ここで思わぬ奇跡が起こった。西本孝治の気持ちが弱るのと同時に、城内愛子を巣食っていた化け物も一緒に弱体化したように思えた。もう嘘をつくのも嫌気が差した。
城内愛子は、親友に告白した。自分があの時、嘘をついたことを言った。親友はそんな事、少しも気にしていなかった。彼女の外にも内にも、嘘つきの化け物はいなくなった。
城内愛子のついた嘘は、私には離れ離れになった双子の兄がいるという嘘だった。彼女は、親友が楽しく話す兄妹の話が羨ましかったのだ。嫉妬してしまった。とっさに架空の双子の兄を作り出してしまった。双子の兄など、どこにもいなかった。彼女は、一人っ子だった。
「何だ、城内。お前そんな嘘、誰が信じるんだ。ちょっと無理があるだろう」
「それは、最田がいい人だからだろう」
「大切な親友なんだ。大事にしないとな」
城内愛子は、満面の笑みで応えた。
日曜日、市内にある遊園地は、多くの人で賑わっていた。城内愛子と親友は、久し振りのデートだった。ジェットコースターに乗って、観覧車に乗って、ドキドキしながら、これって恋人が二人でやることだよねと笑った。なんか女同士で観覧車に乗るのって寂しいと言い合った。それでも人や町の景色が小さくなって、どんどん視界が広がってくると、全てがキラキラして見えた。
二人は、わーと思わず歓声を上げた。昼食代わりに、アイスクリームとキャラメルポップコーンを二人で食べた。アイスクリームもキャラメルポップコーンも、いつもより甘く美味しく食欲を増した。自宅や学校では、味わえない開放感が得られた。これからも、ずっとこんな時間が続けばいいのにと、二人が思ったのは、日が傾いて遊園地を出る頃だった。
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