プロローグ8

 



 ――2025年9月某日。



 ――この日、再び世界に激震が走った。



 ――2022年に起きたとされる “ダンジョン事件”以来、約三年ぶりの出来事である。



 ――のちに世界は、この日のことを“異世界の神事件アザーゴッド”と呼んだ。




 ◇◆◇



「ママ~テレビ壊れた~」


「ねぇ~スマホが動かなくなっちゃったんだけど~! これ最新のやつなのに~!」


「おっしゃぁあああ!! これで完全クリア――えっ? 嘘だろおい、待ってくれよ、何で消えてんだよ! ふっざけんなって!」


「わ~皆さんスパチャありがと~……あれ、消えちゃった? ねぇ皆~聞こえてる~?」


「もしもし、○○会社の宮崎ですが、今日の配送なんですけど。え~はい、そうなんですよ~はい……もしもし? あれ、切れた?」



 子供が見ていたテレビの画面が突然灰色になった。

 SNSをやっていた女子学生のスマホ画面が真っ暗になった。

 新作ゲームを徹夜でやっていた社会人だったが、ゲーム機の電源が切れて怒り叫んだ。

 ユーチューバーが行っていた生配信が切れて慌てふためいた。

 休日出勤して取引先と電話していたのに突然切れてしまった。



 テレビ、ラジオ、スマホ、タブレット、パソコン、電話。日本中のあらゆる電子機器が突如動かなくなってしまう。


 否、日本だけではなかった。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダなど、世界各地で同じ現象が起こっていた。



「ねぇ、あれ見て!」


「うわ、何だこいつ!?」


「おじさん?」



 不可解な現象に誰もが戸惑う中、四十代と思われる男性が現れる。


 渋谷ハチ公口の目前に広がる4基の大型ビジョン。家電量販店のテレビコーナーにある全てのテレビ。

 皆が手に持っているスマホ、タブレットにパソコン。モニターが存在する機械の全てに、男性の姿が映し出されていた。


 世界中の人間が注目する中、男性はこう告げる。



『地球人の皆さん、ごきげんよう』


「はい?」


「地球人だって、ウケる」



 軽い挨拶の言葉を放った男性は、信じられないことを続けて話す。



『私は異世界の神、エスパス』


「えっなんて?」


「いや、なんとかの神だって……」


「なんじゃ~婆さん、なんて言ってるんじゃ」


「なんでしょうね~」



 突拍子もない男性の言葉が世界に響き渡る。テレビやスマホからだけではない。ラジオや家庭にある固定電話、学校や施設に設置してあるスピーカー。はたまた町内放送などで使われる、同報系防災行政屋外受信機。


 畑仕事をしている老夫婦のように、その場に画面モニターがなくともあやゆる電子機器を通して男性の声が届いていた。



「何だこれは!? 早くなんとかしろ!」


「発信源はどこだ!」


「わ、わかりません!」


「駄目です! 電話もパソコンも使えません! 連絡が取れません!」


「そんな馬鹿な……」


「いったい全体、何が起きているんだ……」



 全ての機器をジャックされて、各国の行政機関が慌てて調べるも、男性のことについて何も分からない。そもそも全ての電子機器を乗っ取られているのだから手の打ちようがなかった。


 80億人が困惑する中、エスパスと名乗った異世界の神は、人類に対して一方的に話しかける。



『色々と驚いていることだろう。目の前に神だと名乗る者が突然現れれば驚くのも当然だ。しかしこれは夢でも幻でもない、全て現実に起きていることだ。まずはそれを受け止めて欲しい』


「マジでドッキリとかじゃないの?」


「……やべぇやつじゃん」


「超ヤバいんですけど~」


 人間達の多くはエスパスを疑っているだろう。でもこれは神が言うように、夢でも幻でドッキリでもない。たった今、現実に起きていることだった。



『さて、私は今この世界で使われている全ての伝達機器を通して君達に話をしている。テレビとか、スマホとか、パソコンとかからね』



 異世界の神がテレビとかスマホとか知っているんだ……と意外に感じていると、エスパスはここで衝撃の事実を発信した。



『もう理解わかっている者もいるだろうけど、改めて言おうか。三年前、この世界のありとあらゆる塔をダンジョンの世界に変えたのは私なんだ』


「「――っ!?」」


「キター!」


「異世界の神説、当たったやん!」


「こいつが、私の家族を!!」


「絶対に許せない!」



 神の言葉に世界が揺れる。

 三年前に突如起こった、世界中の塔がダンジョンに変貌した怪奇現象の謎が今本人によって明かされた。


 異世界の神の仕業ではないかという憶測はかなり早い段階から飛び交っていた。憶測が当たっていたことで喜ぶ者がいれば、スマホを握り壊しそうなほど怒りに震える者もいる。

 それは塔がダンジョンに変貌したことで、家族や親しい者を囚われてしまったダンジョン被害者達だ。


 世界中に様々な感情が広がる中、エスパスは話を続ける。



『その事を踏まえて言わせてもらうと、私は君達の前に姿を見せるつもりはなかったんだ。しかし昨日、私の妹が余計なことをしてしまってね。私の遊びに茶々を入れる分には見逃してあげていたけど、種明かしをするのは流石にいただけない。温厚な私も少し苛立ってしまったよ』


「神様にも妹っているんだ」


「さぁ、本人が言うんだからいるでしょ?」


「妹もこんな感じに年取ってるのかな。美女じゃないのかな」


『それで私は罰を与えることにした。けど罰の対象は妹ではなく、この世界に生きる君達だ』


「はっ?」


「罰って……何で俺達が罰せられなきゃいけないんだ!」


「八つ当たりじゃねーか!」


 ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべつつ物騒なことを言う神に、人々はふざけるなと抗議した。妹がやらかしたせいで、何で自分達が罰せられなければならないんだと。


 しかし、どれだけ抗議したところで人々の声は神に届かない。



『罰についてなんだが、まずはこれを見て欲しい』


「えっ、なにこれ」


「山の中?」


「ここ知ってるよ……てかアタシん家の近くじゃん!」



 エスパスがそう言うや否や、映像が切り替わる。山の中だったり、古びた神社だったり、どこかの洞窟だったり。

 なんの変哲もない場所の映像が繰り返し流されるが、急に異変が起きた。



「ねぇ、このキモいのなに?」


「おい、こいつゴブリンじゃね!?」


「まさか本物……じゃないよな?」



 その場所に、醜悪な顔をした小人が現れる。殆どの人間はこの生き物が何なのか分かっていないが、冒険者としてダンジョンに入った者や、ダンジョンライブを見てきた者達はすぐに気付いただろう。


 緑色の化物が、ダンジョンに出現するゴブリンというモンスターだと。

 それに気付いた後、嫌な予感が脳裏を過る。嘘であってくれと願うが、残酷なことに彼等の予感は的中する。



『今現れた化物は異世界のゴブリンという魔物でね。この世界でも割りと知られているし、ダンジョンライブを見ていたら分かるだろう。まあ兎に角、ゴブリンがこの世界のどこかに現れた。いや、私が呼び出したんだ』


「いやいや、そんなまさか……」


「嘘でしょ」


「どうせ作りものだって……なぁ?」



 エスパスの言葉を誰も信じられなかった。いや、信じたくなかった。あんな化物が実際にいる訳ないと否定する。

 が、行政機関に属する者や冒険者など一部の人間は険しい顔を浮かべて口を閉ざしている。恐ろしい事実を受け止めているかのように。



『私が君達に下す罰は、この世界を滅ぼすことだ』


「「はっ?」」


「何言っちゃってんのこいつ」


「滅ぼすって……そんな大袈裟な」


「冗談だよね?」



 神の口から恐ろしい言葉が出てきたことにより、人々が困惑する。世界を滅ぼすだなんてできる訳がない。

 全く信じようとしない地球人達に、エスパスは無慈悲にこう告げた。



『君達にとっては残念だろうけど、私が言ったことは嘘でも冗談でもない。全て真実だ』


「そんな!?」


「けどよ、ゴブリンが来たからって世界が滅ぶか? あれぐらい自衛隊がなんとしてくれるだろ」


『ゴブリンはこの世界で例えると小熊や猪といった害獣のようなものだろう。殺そうと思えば数人がかりで殺せるだろうさ。けどね、誰がゴブリンだけだと言ったかな?』


「「っ!?」」


 神が浅はかな考えを巡らせる人々を馬鹿にするような発言をした後、再び映像が切り替わる。


 それは凶悪なオーガだったり、獰猛なウルフだったり、赤いドラゴンだった。その映像を流したまま、エスパスは話を続ける。



『このように、君達では手に負えないようなモンスターがこれから現れる。今は異世界から魔物を呼び出すゲートが狭くてゴブリン程度しか呼び出せないが、数日も経たずにゲートは広がり凶悪な魔物が出てくるんだ。果たして、君達にドラゴンを倒せるかな?』


「ちょっと待てよ……ドラゴンなんて倒せる訳ないじゃん」


「そりゃ一体とかだったらどうにかなるかもしれないけどさ、どんどん出てくるんだろ?」



 映像に出ているファンタジーの化物が出てくると言われ、人々の顔が絶望に染まる。あんな化物に襲われたら成す術もなく殺されてしまうだろう。


 ここで人類はようやく理解し始めた。

 異世界の神が告げた、世界の崩壊を本気でやろうとしている事を。

 人々が恐怖に脅えて静かになると、エスパスはさらに恐ろしいことを告げる。



『私が最初に滅ぼすのは日本だ』


「「――っ!?」」


『日本を最初に選んだのは、私の妹がこの国の人間と接触したからだ。標的が日本だからって安心しない方がいい、日本が滅んだら次は他の国だからね』


「「……」」



 日本に住む者達に衝撃が走った。

 このままでは恐ろしいモンスターによって滅ぼされてしまう。家族も友人も、学校も施設も、何もかも蹂躙されて滅ぼされてしまう。

 今はまだ想像するのが難しいけれど、時間が経てば否が応でも思い知らされる。


 日本はもう終わりだと。


 しかし、絶望する人類に希望を与えるかのように、エスパスは救済の道を示した。



『滅ぼすとは言ったけれど、これでも私はこの世界を気に入っているんだ。だから君達にチャンスを与えたいと思っている』


「チャンス?」


「早く教えてくれ! 何でもするから!」



 神の御慈悲に縋る人々にエスパスは応えた。

 再び映像が切り替わると、そこに映っていたのは聳え立つ真っ赤な東京タワー。それに続いて映るのは、ダンジョン二十二階層にある自動ドアだった。



『日本にあるダンジョン。東京ダンジョンタワーに私が特別に作ったステージ――EXTRASTAGE《エクストラステージ》をクリアしたら、ゲートを閉じてあげよう。見事クリアできれば魔物は現れないし、私は二度と君達の前に現れないと約束する』


「エクストラステージ……」


「それをクリアすれば日本は、っていうか世界が救われる?」


「ってことはつまり、世界の命運は冒険者にかかっているのか?」



 世界が救われる方法は、エスパスが作ったエクストラステージをクリアすること。それを成し遂げられるのは、ダンジョンに入ってモンスターと戦っている冒険者しかいない。

 だったら、冒険者がクリアしてくれるのを願うしかいない。


 だがしかし。

 神はそれほど甘くはなかった。



『けど、今までのように何度も挑戦されてはつまらない。だから制限をかけさせてもらうよ。もしエクストラステージに挑戦して死ぬようなことがあれば、現実でも本当に死ぬ――』


「「――っ!?」」


「それって、リアルデスゲームじゃないか!」



 エスパスが設けた制限は残酷だった。

 世界を救う為にエクストラステージに挑戦したとしても、死んでしまったら現実でも死んでしまう。

 そんなリアルデスゲーム、誰も挑戦したがらないだろう。


 人々が冒険者になってまでダンジョンに入るのは、現実で死ぬようなことがないからだ。

 モンスターから攻撃されて痛くても苦しくても死んでしまっても、それ以上にダンジョンに入るのが楽しいことに加え、現実では死なないという安全マージンがあるからだ。


 安全が保障されないリアルデスゲームに参加する冒険者が、いったいどれほどいるだろうか。

 それでエクストラステージに挑戦する者がいなかったら白けてしまうので、神は付け加えるように言う。



『死ぬ――ことはやめておこう。でもその変わり、死んだらダンジョンに幽閉される。君達で言うところのアレだ、ダンジョン被害者と同じだね』


「それってさ、死んではないけど……」


「死んだようなものだよね……」



 実際に死なないのはありがたい。が、代替案も決して受け入れられるものではなかった。


 ダンジョンに囚われた者は、なんらかの方法で救出される。しかしいつ救出されるのかは分からない。

 何年後、何十年後に救出されたとしても、囚われた者にとってはその間の時は止まっている。


 それは死と変わりないのかもしれない。

 だが、神はこれ以上の妥協は与えなかった。



『これで私からの話は終わりだ。電子機器ももう使えるようなる。あ~それとこれは助言だが、モタモタしているとあっという間にゲートが広がるから早めにクリアした方がいいよ』


「クソったれ、どの口が言っているんだよ」


「ふざけんな!」


『それと、私に聞きたいことがあればYouTubeの神チャンネルにコメントしてくれ。君達も気になっていることは沢山あるだろ? 答えられるものがあればなるべく答えよう。これは私からのサービスだ』



 楽しそうに話すエスパスは、人類に向けて最後にこう言い放った。



『君達の中に世界を救う勇者が現れることを、私は楽しみに待っているよ』

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