第84話 メムメムの考え

 


「こちらの部屋をお使いください。なにか御用がありましたら、備えつけてある内線にご連絡ください」


「分かりました、ありがとうございます」


「それでは、失礼いたします」


 今日泊まることになった部屋を案内された俺とメムメム。


 部屋の中は綺麗で、二つのベッド、洗面所、トイレ、シャワールーム、冷蔵庫がある。それほど広くはなく、仮眠スペースといった感じだった。


『なんだこれ!? ふかふかで沈むじゃないか! こちらの世界の人間はこんな素晴らしい寝床で寝ているのかい!? なんて贅沢なんだ!』


 メムメムはベッドにダイブし、興奮しながらぴょんぴょん跳ねている。

 壊れるといけないからやめておこうね。


「はぁぁぁぁ」


 大きなため息は吐きながら、ベッドの端に崩れ落ちるようにどかっと座りこんだ。


 なんだかすっごく疲れたな……。

 今日一日だけで、どれほど濃密な時間を過ごしたんだろう。


 宝箱からメムメムが出てきて、帰還したら政府の人たちが待ち構えていて、走行中に謎の組織に襲われて、ダンジョン省の合馬大臣が異世界の魔王の転生者で……。


 余りにもインパクトが大きい出来事が重なり、とっくにキャパオーバーを起こしている。


『なんだこの枕は!? やばくないかシロー!?』


 騒ぎの元凶というか、中心人物は枕に顔を埋めていまだに興奮しているし。

 少しは休ませてくれよ。


(そういえば、灯里たちはどうなっているんだろう)


 ふと気が付いた俺は、ポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。


 ギルドから車に乗る時、電源は落とせって柿崎に言われていたからだ。

 誰かから連絡がきているかもしれないと思っていると、着信回数が五回にメッセージが十件きていた。


「げっ!?」


 急いで確認すると、灯里と楓さんからだった。

 どうやら俺が謎の組織に襲撃されたことを知ったらしく、心配して電話やメッセージを送ってきたみたいだ。早く返さないと。


『シロー、その面白そうなモノはなんだい?』


『これはスマートフォンって言って、遠くの誰かと話す機械なんだ』


『ほほー、それは便利だね』


 メムメムに説明しながら、灯里のスマホに電話をかける。

 すると、ワンコールで繋がった。


『士郎さん! 無事!? 怪我してない!?』


「ああ、無事だよ。メムメムが助けてくれたんだ。連絡するのが遅くなってごめんよ」


『ううん、士郎さんが無事で良かった……』


 灯里の涙声が聞こえてくる。心配させてしまったみたいだ。


『士郎さん、今どこにいますか?』


 スマホから楓さんの声が聞こえてくる。

 どうやら二人は近くにいて、スピーカーモードにしているみたいだ。


 俺はギルドから現在までの状況を説明する。


 国会議事堂に車で移動中、謎の組織に襲われたこと。

 メムメムが魔術で敵を制圧してくれたこと。

 ダンジョン省の合馬大臣と会い、少し話して、今は部屋で待機していること。

 合馬大臣が異世界の魔王の転生者だということは、今は伝えてなかった。

 もしかしたら合馬大臣は隠していると思ったからだ。


 俺の状況を伝え終わると、今度は灯里たちの状況を教えてくれる。


 俺と別れた後、灯里と楓さんと島田さんはギルド長に会い、メムメムのことを話していた。

 その途中で襲撃事件のことを知り、俺に連絡してきたらしい。

 今日は家に帰してもらえず、ギルドの部屋で寝泊まりすることになった。

 灯里と楓さんは同じ部屋で、島田さんは別の部屋らしい。


『メムメムも一緒にいるの?』


「いるよ。ベッドでくつろいでいる」


『なにそれ』


『士郎さん、今はお互い大人しくしておきましょう。それとメムメムさんが暴走しないように見ていてください。私たちのこれからは、彼女の行動次第で悪くなる可能性もあります』


「わかった、気をつけるよ。二人共、おやすみ」


 話し終えた俺は、通話を切ってため息を吐く。

 とりあえず、三人が無事で安心した。


 楓さんも言っていたが、俺たちのこれからはメムメムが深く関わってくる。


 明日また合馬大臣と話す機会があると思うけど、その時に今後のことを色々聞いてみよう。

 メムメムをどうするかだとか、謎の組織のことだとか。


 それにしても、本当に大変なことになっちゃったな。

 まるで映画の中のキャラクターになった気分だ。

 果たして俺は、今までの日常生活を取り戻すことができるのだろうか……。


 そんな心配をしていると、寝転がっているメムメムが楽しそうに聞いてくる。


『ところでシローは、どっちが本命なんだい?』


『なっ!? 急になに言い出すんだよ!』


『とぼけるなよ。見ていてすぐにわかったぞ。あの二人は君のことを絶対に好いている。そしてシローも二人に好意がある。三角関係というやつか。それとも、もう既に二人を手籠めにしてしまっているのかい?』


『んなわけないだろ!』


『はっはっは! シローもあいつと同じで随分と奥手なんだな。そんなところまでよく似ているよ』


『あいつって……誰のことだよ』


『ボクの古い友人さ。それより疲れただろう? 今日はもう寝るといい』


 そう言われると、急に眠たくなってきた。

 今日は本当に色々起こったからな。頭も身体もへとへとだ。


『なんだったら、添い寝して子守唄でも歌ってあげようか?』


『結構です』


 からかってくるメムメムにそう返して、俺はベッドに横になる。

 瞼を閉じた瞬間、凄まじい眠気に襲われてあっという間に眠りに落ちてしまったのだった。



 ◇◆◇



「眠ったか」


 異世界のエルフ、メムメムは、気持ち良さそうに寝ている士郎の頭を優しく撫でる。

 その光景はまるで、我が子に愛情を注ぐ母の慈愛に満ちた姿だった。


「さて、何から整理しようか」


 一人になったことで、これまでの出来事を整理していく。


 邪教徒に追われ、魔境の封印石に封印された己が、目が覚めたら違う世界のダンジョンに移動していた。


 それだけでも意味が分からない。

 誰がなんのために自分をこちらの世界に呼び寄せたのだろうか。


「最初に君を見た時は、びっくりしたよ。何百年も前に別れを告げた勇者が、ここにいるはずがないのにね」


 そして勇者マルクスの面影が僅かにあり、魂の形が似ている士郎の存在。


 異世界で倒したはずの魔王がこちらの世界に転生していることから考えると、もしかすると彼もマルクスの生まれ変わりかもしれない。


 ただ、確証はない。魂の形は似ているが、それだけでマルクスの生まれ変わりなのかは断言できなかった。


 魔王に関してはどうでもよかった。

 あの頃のような破滅の力は持ち合わせていないし、人間としてこちらの世界に順応しているからだ。


「あのダンジョンはなんなんだろうね」


 この世界で三年前に現れたらしいダンジョンの存在。


 あれは十中八九、メムメムがいた世界と関係している。理由としては、ダンジョンに現れるモンスターが同じだからだ。


 ただ、ダンジョンの仕組みは分からない。

 レベルとステータスという概念。死んでも元の世界に戻れる設定。

 どういう意図があって、ダンジョンを作った者はそんな仕様にしたのだろうか。


 厄介なのは、異世界で使えた魔術が制限されてしまい一切使えなくなっていることだ。

 お蔭で、魔王を倒した偉大なる魔術師が見習いレベルにまで実力が下がってしまった。

 はなはだ遺憾である。


 ただ、こちらの世界で異世界の魔術が使えるのは僥倖だった。

 自衛の手段がなかったら、かなりマズイ状況に陥っていただろう。


 この世界では魔術を使える者がいない。ということは、メムメムを害せる者は存在しないということだった。


「ボクを襲ってきた連中は何者だろうか」


 メムメムを襲ってきた謎の集団。

 士郎たちの話ではこの国は安全だと言っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。


 が、いくらでも対処はできる。

 武装はされていたが、魔術の使えない者など相手ではなかった。メムメムにとっては赤子と戯れる程度のことである。

 本来ならあの場で襲撃者を拘束し、催眠魔術によって敵の狙いを吐かせたかったが、今回は成り行きに任せた。


 もし次があったら、今度はしっかり吐かせたのち秘密裏に処分しよう。


「問題は、ボクがこれからどうするかだ」


 この問題に尽きる。

 封印された時は、世界が滅びるまで永久に時を過ごすのだと思っていた。


 が、誰の悪戯か知らないが封印から解かれて異世界で目覚めることになった。


「異世界に帰りたいか?」


 その答えはNOである。勇者マルクスが死んでからは惰性の日々だったし、元の世界にやり残したことや未練があるわけでもない。


 それだったら、こちらの未知なる世界を楽しんだ方がいいだろう。

 エルフは知能に恵まれ、未知を探求する種族だ。


 高く聳えるビル群に、機械で動く自動車、遠くの相手と連絡できるスマートフォン。


 たったそれだけでも、メムメムの好奇心は爆発していた。

 彼女にとってはこちらの世界は宝の山。いい暇つぶしができそうだ。


「さて、ボクはどう立ち回ろうかな」


 メムメムとしては、この世界でも一人で生きていける自信がある。

 魔術が使えるから外敵なんていないし、衣食住なんて適当にすませばいい。

 誰にも縛られず、自由を求めるなら一人でいたほうが絶対的に楽だろう。


「ただ、それじゃあつまらないよね……シロー」


 シローを見つめながら呟く。

 異世界にも一期一会の慣習はある。


 せっかく、勇者マルクスに似ている人間と出会えたのだ。またあの時のように、楽しい時間を共有したいじゃないか。


 それに、メムメムがシローと最初に出会ったのも、何者かの意図があってのことだろう。

 彼と何かを成して欲しいと言っているようにすら思える。


「さて、楽しくなってきたじゃないか」


 魔術師メムメムは、これからの未来に期待を乗せ、楽し気に笑顔を浮かべたのだった。

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