第46話 不安

 



「楓さん、大丈夫かな……」


「どうだろうな。顔色も悪かったし……」


 GW七日目の金曜日。

 東京タワーへ電車で向かっている途中、灯里の不安に曖昧な答えを返す。


 昨日の夜、俺と灯里は楓さんの過去動画を幾つか視聴して、問題となったであろう階層主との戦いを見つけた。途中まではいつも通りで仲間との連携も上手くいっていたのだが、後半にモンスターの攻撃が激しさを増すにつれ彼女の様子も段々おかしくなっていった。


 我を忘れて自分勝手な行動を取るようになって連携も崩れてしまい、一人ずつ仲間が死んでいく。

 だけど五十嵐さんは仲間が死んだことなど気にせず、最後の一人になっても階層主と戦っていたのだ。


(あんな五十嵐さんは初めて見たな……まるで島田さんみたいだった)


 俺達とパーティーを組んでからも、何度か暴走している。でもそれは表面的であり、しっかり理性はあった。ゴブリンキングと戦っていた時だってそうだ。


 そんな彼女が、動画の中では狂ったように嗤いながら戦っていた。正直な感想をぶっちゃけてしまうと、純粋に恐いとすら思ってしまった。


 昨日は五十嵐さんへの仲間の言い方に棘があってムカついたけど、動画を見れば彼等の怒りも仕方ないと思う。それが初めてではなく、かなり前から兆候があって階層主で爆発したのだ。彼等が五十嵐さんをパーティーから外すのもしょうがないかもしれない。


「俺は五十嵐さんを信じるよ」


「士郎さん……」


「大丈夫だよ、五十嵐さんは強いから」


 安心させるようにそう告げると、灯里はうんと小さく頷いたのだった。



 ◇◆◇



 ギルドにやってきた俺たちは、集合場所に向かう。そこには島田さんがいたけど、五十嵐さんの姿はなかった。

 今日は来れないという連絡も来てないし、集合時間を越えているわけでもないから、とりあえず待つことにした。すると、丁度の時間に姿を見せる。


「お待たせしました」


「ううん、時間ピッタリだよ」


「楓さん! 大丈夫!?」


「ご心配をおかけしました。私は大丈夫です」


「あんまり無理はしない方がいいですよ?」


「はい……でも、大丈夫ですから」


「……分かった、じゃあ行こうか」


 五十嵐さんの表情はいつも通りで、昨日のことを引きずっているようには見えない。彼女自身が大丈夫だと言っているならこれ以上心配しても仕方ないし、俺たちは準備に取り掛かってダンジョンに向かうことにした。


 ダンジョンの八階層に来ると、まだ空は曇っていた。

 どんよりとした天気も相まって、戦闘にも身が入らない。というか、五十嵐さんの動きがいつもと違うような気がした。


「ガルアアアアアア!」


「くっ」


 ボアグリズリーの攻撃に、五十嵐さんが半歩後退する。いつもは跳ね返す勢いで防御しているのに、今はそれを抑えているように見えた。

 それに、モンスターも一体しか注意を引けていない。いつもなら二体、余裕があったら三体を相手しているのに。やっぱりどこか調子が悪いみたいだ。


「灯里、こっちはいいからボアグリズリーを頼む!」


「分かった!」


「キュ!」


「フレイムソード!」


 飛びかかってきたホーンラビットを躱しながら炎剣で屠り、ハリモグンのタックルをバックラーで弾き返す。迂闊に接近して針に刺されたくないので、ギガフレイムを放ち一撃で仕留めた。

 横から攻めてくるゴブリンを蹴っ飛ばし、肉薄してくるファラビーのジャブを紙一重で躱すと、カウンターで斬撃を繰り出す。ダメージは与えたが、殺すにまでは至らない。


 起き上がったゴブリンとファラビーが同時に攻撃してきた。

 ファラビーのストレートをバックラーで受け止め、体当たりしてくるゴブリンの首に剣を突き立てる。ポリゴンとなって消滅していくゴブリンを横目に、ファラビーのジャブをバックラーでパリィして首を刎ね飛ばす。


 周りにいたモンスターを片付けた俺がグリズリーを見ると、丁度灯里がパワーアローを放って倒したところだった。

 荒い呼吸を繰り返している五十嵐さんに代わってモンスターがいないか安全を確認したあと、収納からスポーツドリンクを取って彼女に渡す。


「おつかれ」


「……ありがとうございます」


 スポーツドリンクを受け取った五十嵐さんは、蓋を開けて飲むわけでもなく、心ここにあらずといった風にボーっとしている。

 そんな様子を見たことがなかったので、やはり心配になってしまった。


 ――今日はもう帰ろう。


 そう提案しようとした瞬間、俺達の目の前が強く発光する。

 なんだなんだ!?と慌てていたら、唐突に階段が現れた。これって、次の階層に行くための階段だよな……こんな風に出てくるんだ。

 初めて見た階段の出現の仕方に感心していると、五十嵐さんが口を開く。


「行きましょう」


「で、でも……」


「きょ、今日は行かない方がいいんじゃないかな? ほら、また雨も降りそうだし……」


 灯里と島田さんが気を使って提案するが、五十嵐さんは眼鏡を触りながらこう言った。


「私なら平気です。折角階層を更新できるのですから、行きましょう」


「……」


「分かった、行こう。でも、俺達から見ても五十嵐さんは調子が悪く見える。だから、無理だと判断したらすぐ帰還するからね」


「ええ、いいですよ」


 俺達は不安を抱えたまま九階層へ足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る