バグのせいで護衛対象のおじいちゃんがすぐに死んじゃうんだけど?

天藤けいじ

第1話

 この世界はゲームであると、誰もが知っている。


 剣があり、魔法があり、空にも大地にも海にも魔の物が跋扈する。

 恐らく、コントローラーを握り画面をのぞき込んでいるプレイヤー各位が思うよりも、過酷で住みにくく、とても生きにくい世界。

 それでも人々は営みをやめず、妥協と納得を繰り返し、日々を平和に暮らしている。


 この世界で生活をするもの……自分たちは『キャラクター』と呼ばれていた。


 ロクトバはこのゲームの世界で剣を持ち、魔法を使い、戦うキャラクターの一人であった。

 日に焼けた褐色の肌と、さらさら流れる短い赤髪を持ち、瞳は射貫かんばかりの金に輝く、ちょっと人目を引く容姿をしている。


「ロクトバくん、今日も素敵ね」

「ロクトバくんはいつも可愛いねえ」

「また一緒に遊ぼうね、ロクトバくん」


 などと、お姉さんからご老人、小さなお子さんまで人気は高い、愛想の良い性格だ。


 と、言っても、ロクトバはいわゆる物語の主人公ではない。

 ゲームの中心人物であることは間違いないが、主軸となる人物は、己のほかに存在していた。


 まあメインに据えられた人物なのだから、たやすく死ぬわけはないと割り切って、今日もロクトバはゆったりと過ごしていた。

 行きつけの酒場でいつもの安酒をあおり、看板料理に舌鼓を打ち、ウエイトレスと笑いあう。変わりない日常である。


 その変化のない時間を止めたのは、とたとたとこちらに走り寄ってくる、小さな足音であった。


「ロクトバさんロクトバさん。どうやら主人公さん、依頼を受けるようっすよ」


 今にも歌いだしそうな軽快な声でそう言ったのは、青みがかった銀髪が目立つ、愛らしい顔立ちの少女である。

 カウンター席で飲んでいたロクトバの隣に、ひょこんと顔を出した彼女は、ちらりと背後のテーブルを一瞥した。


 ロクトバも彼女の視線を追って、肩越しに振りかえる。

 いつもと変わらない、切った石を積み上げた壁と、古びた木のテーブル席が並ぶ、酒場の風景。

 その中にひときわ目立つ茶髪緑眼の美貌、赤いマントがやや野暮ったい人物……このゲームの主人公がいた。


「ああ、そうみたいだね。……ん?リューカ、今の主人公くんの名前何になってる?」

「えーと……『ああああい』っすね」

「ふざけてるの?」


 呆然としたロクトバは少女、弓使いリューカに視線を転じたが、彼女は至極真面目な顔で「ふざけてないっす」と告げた。


「いや、リューカがふざけてないのはわかってるよ。僕がふざけてるのかと思ったのは主人公くんの名前だよ」

「前回までは『ポンタタン』だったすよね」

「そこは『あああああ』でしょ、何なのポンにタタンって。リズムなの?」


 このゲームは主人公の名前を五文字以内なら任意で変更できる、らしい。

 もはやデフォルト名が何だったか思い出せないほど、プレイヤーは主人公の名前を頻繁に変更していた。

 そのためロクトバたち街の住民は、主人公のことをそのまま『主人公』と呼んでいる。


 もちろん、強制的に起こるイベント内では『ああああい』だの『ポンタタン』だの、名前とも呼べない名前を呼ばせられるので、裏でひっそりとだが。


「まあそんなことより、主人公さん冒険に行くみたいっすから、お付き合いするっす」

「そんなこと、かなあ……」


 プレイヤーと直接話せるものなら、膝詰めで問答したいところだが、ロクトバにその術は無い。

 釈然としない気持ちで、すたすたと主人公に歩み寄るリューカに続いた。


「やあ、『ああああい』くん。面白そうな依頼を受けてるね。僕たちも同行していいかい?」

「ぜひご一緒させてくださいっす!私の弓、『ああああい』さんのために役立ててください!」


 ロクトバが気楽に、リューカが張り切って声をかけると、主人公はこちらを振り返り「お願いするよ」と白枠に囲われたウインドウを出して返事をした。


 ……基本的にこのゲーム、主人公に台詞はないらしいので、今のはプレイヤーが選んだ選択肢である。

 ちなみに仲間との共闘が必要ない場合は、「悪いけど、今日は一人で受けたいんだ」と言うウインドウが出る。

 この主人公はまだレベルが低いため、滅多にそれは出ないが。


「さてさて、今日の依頼はどんな依頼っすかね?」


 主人公のフォロワーになったために、二人にも受けた依頼の全文が読めるようになった。

 恐らくマップとアイテムの確認でもしているのだろう、動きを止めた主人公を尻目に、リューカがメニュー画面を展開した。


『メニュー画面』。


 現実世界の一般人がその単語を聞けば、一体何のことだと首を傾げるだろう。

 ロクトバ自身、この画面は何だ?と問われれば答えに困る。だがどのゲームでも、だいたい一人くらい、「メニュー画面はBボタンで確認するんだ」と説明するやつがいる。


 この世界の住民はみな、日々Bボタンで開くメニュー画面のお世話になっていた。


 先ほどの主人公の返答ウインドウと同様に、白枠に黒地の画面で構成されており、人々が念じれば目の前すぐに出現する。

 レベルや状態異常などのステータス、現在の持ち物、現在地の確認など、生活に必要な情報が記載されている、ゲーム住民の必需品だった。


 ロクトバもリューカにならい、メニュー画面を開いて依頼内容を読み上げる。


 【依頼、町長の護衛。

 生まれたばかりの孫に会うために、町長はモンスターが徘徊する危険な街道を渡り大都市へと行かなければならない。

 彼を護衛し、無事に孫に会わせよう。報酬100G】


 ……しばし無言の間が通り過ぎ、やがてメニュー画面を閉じたリューカがため息交じりにロクトバを見た。


「……面白そうな依頼、とは?」

「言わないでよ。僕も思ってるよ」


 先ほどの台詞はシステムで設定されたものなのだから、仕方ない。

 面白そうどころか、おつかいピクニックレベルの依頼に、ロクトバも肩の力が抜けそうになった。


「主人公くん、次の街に用事があるみたいだし、ついでに受けたんだね。お小遣いと経験値稼ぎにはちょうどいいんじゃないかな?」

「最近装備も買い替えたみたいっすしねえ。こりゃあ次のイベントに行く準備でしょうかね?」


 このところ主人公はレベル上げに勤しんでいたし、そろそろシナリオを進めてもいい段階である。


 今までのあらすじとしては、故郷を旅立ち冒険者となった主人公が、最初の町で自分たちに出会いうんぬんかんぬん……という所なので、まだほんの序盤だ。

 これからのストーリーはどうなるのだろうな、と考えていると、準備を終えたらしい主人公が歩き出した。


 無口な主人公ゆえの会話のなさに素っ気ないものを感じながらも、ロクトバはリューカとそれに続く。

 酒場の扉をくぐって外に出ると、そこには見知った老人がにこにことこちらを見ていた。


「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」


 柔和な声と、しわが深いが優しい顔立ち。白い髪の毛と髭が特徴的の人物(キャラクター)。

 このとある町の長……という設定のその人物の名はジーサ、通称『おじいちゃん』である。

 主人公パーティが、本日街まで護衛するのが、彼だ。


「おお、おじいちゃん。今日はよろしくお願いするっす。お孫さん生まれたんっすね、おめでとうっす」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「……ん?」


 繰り返された言葉に、ロクトバは首を傾げる。

 この世界は間違いなくゲームだが、キャラクターたちは人格があるし、主人公やプレイヤーの見ていないところで、普通に生活をしている。


 最初の村の住人の如く、「ここはどこそこのむらです」と繰り返すことは、キャラクター同士ではないはずだ。


 不可解に思ったロクトバとリューカだが、顔を見合わせる間にも主人公はずんずんと先に行ってしまう。

 おじいちゃんは何事も無かったかのようにその後をついていくし、二人も続くしかなかった。


「ろ、ロクトバさん。なんかおじいちゃん、おかしくないっすか?」

「おかしい。明らかにおかしい……。なんだこれ、何か嫌な予感がするよ……!」


 赤いマントをひるがえす背中に、「待て」と声をかけたいが、あいにくこちらにはそう言ったシステムは無い。


 大きくない町だが、酒場は中央広場に面した通りにあるので、外に出るにはそれなりに距離があった。

 その途中の、石畳の舗装が途切れる場所。絶妙な段差が設置してあり、先頭を歩く主人公が、一番先にその段差を超えた。


 ───その瞬間である。


 一同の前を、白いひげが特徴的な影が猛スピードで横ぎった。


「え?」

「ん?」


 目で追うのがやっとな、止めることも出来ない速度。

 生きている人間ではありえない速さでそれは、主人公が超えた段差につまづくと、くきりとコケて、ボキりと足を折る。


 ぎょっと硬直する二人の前で、その影は音も無く地面に倒れ伏した。


「お、おじいちゃん……?」


 手足をてんでばらばらな方向に向けて、不自然に倒れているのは、町長……おじいちゃんである。

 現実だったら、猟奇殺人のような角度のおじいちゃんに、ロクトバが「なにこれ」と呟いた。


 ───同時に、二人の前に暗い色のウインドウが開き、悲しげな音楽が流れる。


 【クエストに失敗しました。酒場へ戻ります】


 ぱ、と視界が暗転する。

 そして気が付けば、四人は元の場所……つまりクエストを受注した酒場の前へと戻っていた。


「……え?」

「え?え?」


 何の変哲もない、いつもと変わらぬ酒場の入り口風景だったが、二人はおろおろとあたりを見回していた。

 その隣では、流石の主人公もカメラアングルを切り替えて町を見回しているのか、動きが妙な感じでブレている。


 挙動不審な三人の前にいるのは、相も変わらず朗らかな笑顔を浮かべる、白いひげの老人。

 町長ジーサ、つまりおじいちゃんであった。


「お、おじいちゃ……」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」


 三度繰り返された言葉に、ロクトバは心からぞっとした。

 もはや目の前に見えるおじいちゃんの笑顔が、得体のしれないものに見える。

 言葉を失うロクトバの後ろで、何やらごそごそとしていたリューカが、「あ!」と驚いた声を出した。


「ロクトバさん!メニュー画面、受注クエストのところ確認してみてほしいっす!!」

「メニュー……?いったい何が……」


 果てしなく嫌な予感がしつつも、ロクトバはメニュー画面を開いて黒いウインドウの中を覗き込む。

 ステータス、スキルを飛び越して、クエスト画面をつらつらと読んでいたときに、ふと違和感に気が付いて首を傾げた。


「なんかこれ……違くね?」


 村長の護衛クエスト。その単純な説明文。

 クエスト説明文には、おじいちゃんが街へ息子夫婦に会いに行くため、護衛をしてほしいということがつづられている。

 これ自体は何も変わったところはない。


 問題なのは、町長の……おじいちゃんの目的地が大都市では無いところだ。


「これ決戦地トリスタン要塞って見えるんだけど?」

「見えるっすね」


 冷淡なロクトバの言葉に、同じく冷淡にリューカが頷く。

 どうやら自分だけに見えるものではないらしい、と納得して、再度尋ねる。


「トリスタン要塞ってヤバい魔物がばんばん出てくるところじゃないかい?」

「そうっすね。高レベルモンスターの徘徊地です」


 どうやらこれもロクトバの記憶違いじゃなかったらしい。

 まだ主人公が足を踏み入れたことのない、最終ダンジョンに近い要塞。なかなか難易度の高い地域と有名な土地だった。


 ───まあ、それはそれとして。


「な、んで!そんなところに普通のおじいちゃんが行くんだい!?」

「生まれたばかりの孫に会うために、町長はモンスターが徘徊する危険な街道を渡り大都市へと……」

「クエスト説明文は読まなくていいよ!読まないで!」


 ツッコミつつ頭を抱えそうになったロクトバは、同じくメニュー画面を確認したらしい主人公が、小刻みに震え始めたのを見た。

 コントローラーを握るプレイヤーの手がブレているのか何なのか、ともかく主人公も依頼の異変に気付いたのだろう。


「……これはバグっすね」


 絶望的なリューカの声が、町の喧騒の中に響いた。

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